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坂本龍一: 12

2023 / commmons
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最小限であることはたえず美しい

26 January 2023 | By Yusuke Sato

坂本龍一の音楽を前にして言葉を並べることにいまどんな意味があるのだろう。そこには選び抜かれた最小限の音が並んでいるだけである。そして最小限であることはたえず美しい。

21世紀に突入して以降その傾向を強めてきた坂本龍一の音楽は、2017年発表のアルバム『async』で一つの頂点を迎える。闘病が伝えられる最中届けられたその音楽は、彼の美学が独善的なまでに貫かれており、聴き入ると同時に、ほとんど遺言のようにも受け止めてしまったこともまた事実である。

実際には、その後も活動のペースを緩めることなく──2021年に公開された彼が音楽を手がけた映画作品は4本にも及ぶ──昨2022年には、サンダーキャットやコーネリアス、デヴィッド・シルヴィアンらが参加したトリビュート・アルバム『A Tribute to Ryuichi Sakamoto – To the Moon and Back』がリリースされるなど、今日に至るまでその存在感はむしろ増していく一方だった。

そんな中、体力的な問題から録画配信という形式がとられた2022年末のピアノ・ソロ・コンサートにおいても、彼のキャリアにおける到達点というほかない至上の演奏が全世界に届けられた。

まず冒頭に演奏された「Improvisation on Little Buddha Theme」では、べルナルド・ベルトルッチ監督作品『Little Buddha』(93年)のテーマを軸に、調性を綱わたりするような即興とは思えぬ厳格さで選びぬかれた音と音によって、配信という距離を超えた緊張を辺りに漂わせる。

選曲面で特に驚かされたのは、2000年に発表されたゲーム作品『L.O.L.』のテーマ曲「Lack of Love」(00年)が、久しぶりにとりあげられたことである。『moon』などで知られる制作会社ラブデリックの開発陣が手がけたゲーム作品であり、その内容を知る人であれば、ゲーム自体が持っていたメッセージ性と、今なお続く現実との問題が、否応なく結びつけられたことだろう。

今回のコンサートのプログラムが、決して過去のヒットメドレーでも、またマニアを喜ばせるためのものでもないことは、この日のために初めてソロ・ピアノ用に変奏されたYMOの代表曲「Tong Poo」の演奏からも明らかである。原曲のイントロにあたる部分を大胆にカットし、一番と二番とで全く異なるアレンジを施したその演奏は、聴き慣れたはずの音楽をきわめて新鮮かつ最適解なものとして再認識させるのに十分すぎるものだった。

そして、この配信コンサートの終了後にはあるサプライズが用意されていた。リリースを控えていた彼の新作アルバム『12』全編を、そのまま先行試聴できる時間が設けられていたのである。

各曲のタイトルにはそれぞれ制作時の日付のみが記されており、もはや外的なイメージに頼る必要などないという、音楽家の意思表示もそこには見受けられるだろう。

また作者自身の言葉にもあるように、“何も施さずあえて生のまま提示”されたその音楽は、言葉の意味する通り、何かを誇示するでも、聴衆の共感を誘うでもなく、ただそこに「ある」ということ──その過程に計り知れない思索が重ねられていることは言うまでもない──が、何よりも純粋で過激なものとして存在しうることをわたしたちに教えてくれる。そして、その最小限の世界で選びぬかれた美しい音を美しいままに提示することのできる音楽家は、いまや世界で坂本龍一をのぞいては誰もいない。

それでも、この古希を迎えた音楽家が、文字通り日々の記録のようなある種の軽やかさを獲得したことに、誰もが晴れやかな喜びを覚えるだろう。本作の魅力をあえて言葉にするならば、それは、遺言めいた「到達点」としての孤高さなどではなく、新たな「通過点」としての鮮やかさにほかならないからである。(佐藤優介)

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