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Molly Nilsson: Extreme

2022 / Dark Skies Association / Night School
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エクストリームな世に差し込む、「個」の光

17 February 2022 | By Riko Maeda

靄がかった音像に淡々と鳴るドラムマシン、枯れた味わいとムーディーさをあわせもった歌声。80年代ニュー・ウェイヴ/シンセポップの特にビターでゴシックな部分を参照しつつも、悲しみにとどまらないささやかな祝祭感があるサウンドを聴かせてくれるシンガー・ソング・ライター、モリー・ニルソン。ストックホルムに生まれ、現在はベルリンを拠点に活動している。2008年に自室で音楽を作りCD-Rでリリースを始めるようになってから最新作まで、一聴しただけで彼女の音楽と分かるようなシグネチャー・サウンドを作りあげてきた。

彼女には十数年来にわたってブレない美学がある。まず、作詞作曲から演奏、録音までをすべて自力で行う。そしてすべての作品を自主レーベルの《Dark Skies Association》からリリースする(2013年からはグラスゴーのインディペンデント・レーベル《Night School Records》をパートナーに二人三脚している)。昨年、ジョン・マウスがアリエル・ピンクとともに親トランプ派の集会の場にいたことが報じられると、かつてジョン・マウスがカラオケ・カヴァーした自身の楽曲「Hey Moon」をすぐさま7インチで発売。アンチ・ファシズムの立場を改めて表明し、その収益をすべてBlack Lives Matter団体に寄付していたことも記憶に新しい。孤高でありながらときに仲間とともに歩み戦う、そんな姿勢がまぶしく映る。

初期の作品では孤独というパーソナルな感情にフォーカスを当てていたように思うが、次第に過去をノスタルジックかつニヒルに見つめる視点が加わり、近年の作品ではこれからの未来を生きるためのヴィジョンを投げかけるようになった。前作『Twenty Twenty』(2018)は、2017年秋に開催された一夜限りの来日公演を終えた彼女が、空港の出発ロビーで目にした「2020」という垂れ幕に(それが東京オリンピックの宣伝だとは知らずに)インスピレーションを得たものだ。2020年が大波乱の年になったのは言うまでもないが、〈不確かな春が/すべてを変えた〉と歌う収録曲の「Blinded By The Night」をはじめ、滅びゆく世界の中でも呼吸のできる場所を探すようなこのアルバムは今聴き返すと予見に満ちていたとも思う。

10枚目のアルバムとなる最新作の『Extreme』でも彼女は先述した美学を崩すことはないが、一方でこれまでになく明るく肉体的なサウンドであることに驚いた。ジャジーなブルースからレイヴィーなダンストラックまでどの収録曲もバラエティに富んでいて、聴いていてまったく飽きがこない。過去作からの変化を大きく印象づける音の一つが、メタリックに歪んだギターだ。1曲目の「Absolute Power」では空間を切り裂くようなパワーコード・ギターとアップビートなツーバス・ドラムが鳴り響き、ブルース・スプリングスティーン並みに熱いスタジアム・ロックを展開している。歌詞を拾うと〈この私が/宇宙の中心にあるブラックホールと戦う〉と力強いミッションを打ち出していることが分かる。〈ついに一人になった/過去もなく未来もない〉というフレーズはパンデミック下の精神的な孤独を想起させると同時に、これまでの彼女にはあまりなかった「現在」をはっきりととらえる視点がある。

パンチのある音と言葉で訴えかけるだけではない。プリファブ・スプラウトを彷彿とさせるシルキーでメロウなサウンドにのせて〈自分の子宮が好き/中に来て/生きてるって実感する〉と歌う「Fearless Like a Child」は米テキサス州で中絶を事実上禁止する法が発効されたことへの抵抗の意志を見出すことができるが、あくまでも女性の身体の主体性に寄り添う。「Avoid Heaven」では〈自分に休息をあたえる〉〈完璧になれるのは死んでから〉と前向きになれない日々をやさしく抱きしめる。ラスト・トラックの「Pompeii」は彼女の集大成ともいえるハイライト・トラックだ。ポンペイとは約2000年前に火山灰で埋没したローマの古代都市のことだが、この曲ではかつてそこに生きた夫婦の姿を、現代のロックダウンした街での生活に重ね合わせる。ハウシーなピアノが飛び跳ねるバック・トラックの音量が次第に大きくなり、閃光を放つように幕を閉じるまでのひと時は、楽曲の悲劇的な背景とは裏腹にアルバムの中で特に高揚感をおぼえる瞬間の一つだ。

あらゆるものの二極化が加速する現在の“Extreme”な世界におけるモリーの戦い方は「個」であることを前提とし、集団への帰属意識に安易に回収されるものではない。大きな力に抵抗することを呼びかけながらも、何よりも尊重されるのは個人の身体やメンタルヘルスだ。誰もが大きな視点では取りこぼされてしまいそうな個人的な悲しみを抱えていたり、抱えきれなかったりする。モリー・ニルソンは、そんな個人的/社会的な混迷の中でもあたたかな光をもたらすようなポップ・ミュージックをシェアするのだ。(前田理子)

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