Review

Sofia Kourtesis: Madres

2023 / Ninja Tune
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いつか帰る場所へ

28 February 2024 | By Haruka Sato

「Madres」では“家に帰ろう”というフレーズがくり返される。その背中を押すのは、風の音や鳥の声。太陽の光がたっぷり降り注いでいる。勇気や自信のような、大げさかもしれないが自分を愛することができるような気持ちが少しずつ満ちていく。それは安堵にも似ているのかもしれない。

クルテシスは「Madres」について言う。「この曲は私の母、彼女の母、母である私の姉妹、母である私の兄弟、そしてコミュニティの母であるすべてのLGBTQIA+メンバーについて歌っています。Madresに性別はありません。Madresは愛する人を守るのが大好き。もし迷子になったら、母の声に従ってください。いつだってあなたを連れ戻してくれます」

故郷はペルーのリマ。自身のクィアネスを理由に学校から追い出され、10代の頃ベルリンへ移住した。母親は南米の先住民族を保護する活動をしていて、父親はプロボノの弁護士だった。クルテシス自身は、ペルーのジェンダー平等、同性愛者の保護、安全な中絶へのアクセスを求めるアクティヴィストだ。マヌ・チャオが参加した「Estación Esperanza」の冒頭は、ペルーで行われた反ホモフォビア・プロテストのデモで録音されたものである。これは「多くのアクティヴィストたちが活動を代表する声をもっと必要としている」と話すクルテシスが、活動の力になるためのひとつの方法だ。

意見としての声だけでなく、音としての声への関心もあるだろう。声は、より日常的な政治性を含み持つ音だ。「Madres」には語りや歌唱が何層にも重なる部分がある。「Moving Houses」はポエトリー・リーディング風で、その声は徐々に細切れになり、シンセのフレーズに取り込まれていく。母の活動を元にした「Cecilia」や、エル・カルメンのコミュニティーの美しさを歌った「El Carmen」などでは人々の声が楽器が演奏したフレーズのように使われている。

『Madres』はあたたかい。日中の日差しも、夕日も、出てきたばかりの涙も、故郷を思う気持ちも、力になりたいものがあることも。ペルーで録音した音やカホンなどのパーカッションに、様々な光を湛えるシンセも。楽曲名にもなっている《Funkhaus》は、クルテシスがベルリンに来たばかりの頃からの重要な居場所だ。フォー・オン・ザ・フロアが鳴り響く「Funkhaus」や、おぼろげなコーラスが宙を漂うダブステップ「How Music Makes You Better」の、水中のような音の響きは守られた空間のよう。リマとベルリン、ふたつの場所を行き来し、「私のハートはとてもラテンアメリカ的だが、動力はドイツ的」と話すクルテシス。「Cecilia」では、四つ打ちと、ボンボのような打楽器の疾走感あるラテン的なビートに乗って、メロディアスなベースとや金物がやさしく響き、ラップのサンプル、浮遊するコーラス、人々のかけ声、蜃気楼のような弦楽器が手をつなぐように移り変わる。

このアルバムに関するストーリーがある。クルテシスが闘病中の母の手術ができる医師とのコンタクトをSNSで試みたところ、連絡を取ることができ、母の命が救われた(「Vajkoczy」はその医師の名である)。そうしてクルテシスは母と生活を続けられることになり、アルバムは母親とその医師に捧げられることになった。生活が続くというのは、些細なことであり重大なことだ。「Si Te Portas Bonito」の「あなたは私と話がしたいでしょう」と歌い感情を確かめることも、落ち着いたきらめきのシャッフルの「Habla Con Ella」で歌われる、友人と出かけたときに気分を良くするための話もそのひとつ。

『Madres』のあたたかさの向こう側には、なにかを追い求めることの決してなめらかではない岩肌がのぞいている。空を悠々と飛びながら鳴く鳥の声、一歩ずつ踏みしめる足音、オクターヴを行き来する電子音も、何かを探しているようだ。ベルリンへ自由を、アクティヴィストとして未来を、医師へ母の命と二人での生活を。Madresはそうやって歩を進める人々を、共に歩くように祝福するように、いつか帰る場所へ導いている。(佐藤遥)


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