表情を変える美しさ
『Live in London』の文字通り、本作は《Rvng》からリリースされたスティーヴ・ガンとデヴィッド・ムーアのコラボレーション『Reflections Vol. 1: Let the Moon Be a Planet』(2023年)のライヴ音源である(《PLANCHA》から、これらが日本限定の2枚組としてリリースされる)。「I」〜「V」とナンバリングされたトラック名がアルバムの単純な再現ではないことを示すように、そのサウンドスケープは常に変化し続けるような印象を与える。
フォーク〜アメリカーナのスタイルを主軸に、リスナーはもちろん同業からの信頼をひしひしと感じるシンガー・ソングライターのスティーヴ・ガンと、ビング・アンド・ルース名義は坂本龍一がNYのレストランに提供したプレイリストでも確認できる、ミニマル・ミュージックの系譜であるデヴィッド・ムーア。両者はスティーヴの『Nakama』(2022年)ですでに共演しているが、今回はクラシックギターとグランドピアノのみのインプロヴィゼーションが収められた。そもそもニューヨークのハドソンで収録されたレコーディング音源からして非常に即興性の高い作品であり、本作が単なるボーナストラックにとどまらない魅力を持っている。
会場での拍手が鳴り止むと、キャパシティおよそ200人ほどの箱だったとは想像できない瑞々さで、音と音とのやり取りがそっと始まる。ブライアン・イーノや、あるいはポーランドのスワヴェク・ヤスクウケなども連想させる透明感のあるピアノと、ギターのナイロン弦の響きが呼応する。それは熱量の高い応酬ではなく、闇雲に奔放なわけでもなく、ミニマルなコード感の中で立ち現れては消えていくのが心地よい。テーマとなるようなフレーズも登場するが、「セッション」というより風や水面の揺れる音をフィールド・レコーディングしたような、自然由来の景色を想起させるだろう。
時々、ギターのエフェクターをスイッチする音が聞こえる。レコーディング音源から特に強調されているのはエフェクティヴな質感だ。アルバムを通してシマー・リヴァーブや減衰をともなうディレイなどが聞き取れ、例えば「II」では耳を澄ますとモジュレーション系だろうか、シンセのように音が細かく揺れているのも聞こえる。ときにはピアノとギターが空間を埋め、嵐のような巨大な音像が現れるが、不思議とうるさくはない。アンビエントやドローン的な音響感とアンプラグドなニュアンスとが極めてシームレスに繋がっている配慮も感じ取れる。
また、収録されたのはツアーのイギリス公演、《Cafe OTO》での演奏である。レコーディングと比較すればアグレッシブに感じるギターの音響感は、(例をあげるときりがないが)灰野敬二やダモ鈴木、サーストン・ムーアの出演等、エクスペリメンタルな志向を持った名イベント・スペースでのギグだったこととも無関係ではなかったかもしれない。
再生ボタンを何度か押した時、ふと思い出したことがあった。ある日、見慣れた公園の木々の葉が揺れるのを眺めて、なぜか強烈に感動してしまったことだ。葉が風に揺れる動きは絶えずランダムで、それらは何百と連なり、さらに木々たちは何十本も並んでいる。見慣れた景色は絶え間なく折り重なる偶然そのもので、実は一瞬たりとも同じ風景などなかったことに気づく。それはちょうど、静謐な響きが重なったり離れたりして、聞き直すたびに織りなす表情を変えるような、二人の演奏の美しさに似ていた気もする。(寺尾錬)
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