Review

Jerry Paper: Free Time

2022 / Stones Throw
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いまこの世界を生きる苦悩

16 May 2022 | By Kento Murata

ジェリー・ペイパーのライヴを2019年の初夏に渋谷《www》で見た。ワンピースを着て歌い踊るジェリーを見て、自由で楽しそうでいいなあと思った。しかし、そんなジェリーにも「自由」をめぐる様々な苦悩があったようだ。新作のタイトルはずばり『Free Time』である。

新作を楽しむために、ジェリー・ペイパーの来歴を簡単に紹介しよう。本名、ルーカス・ネイサン。1990年、LA生まれ。10代までLAで育ち、18歳でNYへ移動してから本格的な音楽活動を開始した。ここ数年はまたLAを拠点としている。2012年から現在の名義で活動、そのサイケでメロウな宅録ポップは日本でも耳の早いリスナーの間で話題となり、これまで4回の来日公演も行っている。2019年には、近年マイルド・ハイ・クラブなど良質なインディ・ポップも多数リリースする信頼あるレーベル《Stones Throw》と契約。新作『Free Time』は移籍後3作目のアルバムとなる。前作『Abracadabra』はコロナ禍直後の2020年6月にリリースされたが、制作はコロナ禍以前に行われたらしい。つまり今作がコロナ禍に入って制作された最初の作品である。

しかし、今作を語る上でコロナ禍以上に重要なのが、2020年8月にジェリーが「ノンバイナリー」であることを発表したこと。ジェリー自身が、今作について「ノンバイナリーとして、今この世界を生きることをテーマにした」という趣旨のことを語っているのだ。つまり、『Free Time』は一つのテーマに沿って織られた、ある種のコンセプトアルバムなのである。以下、ジェリーが自身のツイッターに投稿したコメントに基づき、主な収録曲からその流れを追ってみよう。

無理解な他者に囲まれながらも自分らしく生きる意志を力強く歌ったロックソングの「Kno Me」でアルバムは幕を開ける。「Just Say Play」や「Shaking Ass」は、自由を手に入れるためにPLAYしよう、踊ろうと叫ぶ、今作を象徴する曲たちだ。中盤には、人類の未来を憂う厭世的な「Myopitopia」、自身の行いへの後悔が詰まった「Duumb」と、少々ダークなモチーフの曲も並ぶ。「DREEMSCENES」では自分が見た奇妙な夢を詳細に綴ると、「Gracie III」ではパートナーへの愛を歌い、最後は「Flower, A Square」で再びノンバイナリーとして生きることを、今度は1曲目と異なり静かに歌い上げて締め括る。全体を通して、いまの世の中を生き抜く困難さ、精神的に自由でいること、そのために踊ること、自らの夢の世界に入り込むことなどを題材としているのだ。

このように様々な葛藤をテーマとする一方で、自由を求めて音と戯れるジェリーのセンスは、今回も実に軽やかに躍動している。ダンサブルな「Just Say Play」は、ボビー・オローサやドラン・ジョーンズなど近年のヴィンテージ・ソウル復興派に近いグルーヴを感じるし、「Shaking Ass」などアコースティックで中南米のノリもときどき感じさせる様は、国内では細野晴臣のトロピカル3部作や坂本慎太郎のソロ作も彷彿させる。冒頭の「Kno Me」をはじめ、全体で飛び交っているキテレツな音色のシンセが生むポリリズムは、もちろんスライ・ストーン的な密室ファンクを思い出すもの。つまりは、古今東西のいま心地よいリズムで溢れているのだ。「Myopitopia」や「Second Place」あたりは、宅録でシンセポップを作っていた初期のジェリーの『Big Pop for Chameleon World』などの作品も連想させる。個人的なベストトラックはさわやかな西海岸ポップ風の「Gracie III」で、サイケでグルーヴの増した80年代ドゥービー・ブラザーズ的な印象もあった。

正直に言えば、「いまこの世界を生きる苦悩」というテーマに、リスナーとしてどこまで入り込めたかは分からない。しかし、そうしたコンセプトを知る前にサウンドだけを聴いて、どこまでも自由に奏でられるリズムや音色に心が癒されたのはたしかだ。サウンドはコンセプトを超える。箱庭的フリーポップをちくちくと作っては世界中に届けてくれる音楽家たちがいることに今日もありがとう。この葛藤を超えた先に、本当のマスターピースが完成する期待も込めて、星4つ★★★★☆です。(村田健人)

※フィジカルはヴァイナルのみの発売

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