Review

Blake Mills: Jelly Road

2023 / A New Deal Records
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ギターと歌がそこにあるだけの不思議

08 August 2023 | By Shino Okamura

もしかすると私が聴きたかったブレイク・ミルズのアルバムはこれかもしれない。アコースティック・ギターの音色が、まるで水滴のごとく次々とグラスから溢れてはこぼれ落ちるような「Suchlike Horses」の最初数秒を耳にしただけで、なぜかそう確信した。これは久しぶりにミルズが今一度ギターに向き合ったアルバムであり、歌を捉えようとしたアルバムに違いない、と。

5分12秒のこのオープニング曲の話をもう少ししよう。ギターの音と同時に囁くように“Suchlike(こんな感じ、のような)”といきなり呟いたあと、次に肉声が聞こえてくるのは半分にさしかかろうかというタイミングだ。つまりこの曲には歌詞がある。でも、最初2分ほどはギター・インスト。なのに、歌がもうそこで待機しているような、というか、じわじわと言葉がギターに近づいてくるような気配を感じることができた。そして次の言葉は“Let’s pick horses/cactuss kiss kiss……”。歌というよりまるで朗読のように単語をポツリポツリと乗せていく。それも声にかなり強いリヴァーブがかかっている。そして言葉を追っていくうちに前半の瑞々しいアコースティック・ギターはいつのまにか影を潜め、トラックはアンビエントで幻想的な音風景に切り替わっていった。もちろん、シンプルな歌もの作品ではない、一筋縄ではいかないアルバムではあるのだろう。それでも、これは彼がサイモン・ドーズでの活動を経て、ジェスカ・フープ、バンド・オブ・ホーセス、ジェニー・ルイス、ルシンダ・ウィリアムスらの録音やステージに参加した頃のライヴ感ある、言い方を替えるならその場の空気に乗っかっていくような生っぽさが核にあるアルバムだと思う。

誤解を招きそうなのであらかじめ書いておくと、ミルズがギターそのものを放棄したことはない。それどころか、最初に出したソロ名義作『Blake Mirrors』(2010年)はかなりレイドバックしたフォーキーな内容だったし(「Hiroshima」という曲もある)、アラバマ・シェイクスの『Sound & Color』(2015年)でプロデューサーとして注目される前にリリースした『Heigh Ho』(2014年)では、より洗練されたギタリスト/シンガー・ソングライターとしての境地を伝えてくれた。言ってみれば、その最初の2作品の後にこのアルバムが自然と連なりそうな……という意味で本作に対して「ミルズが今一度ギターに向き合ったアルバムであり、歌を捉えようとしたアルバム」なのではないかと書いたわけだ。

だが、実際には『Heigh Ho』の後は、2020年に『Mutable Set』をリリース。これがヴォーカルはあるものの、ギター・シンセを多く用いて音響処理を楽しんだような、さりげなくエクスペリメンタルな作品だった。そして、ベースのピノ・パラディーノと制作したインスト・アルバム『Notes With Attachments』(2021年)で驚愕たらしめたことは記憶に新しいわけで、去年にはそのピノと共に来日もしたので公演を生で観たという人も多いだろう。筆者も掛川で開催された《FESTIVAL de FRUE》でのパフォーマンスを観て、その全く見慣れないユニークな形のギターに釘付けになった。だが、ミルズ本人はピノや、共演者のサム・ゲンデルらとアイコンタクトを重ねながら結構楽しげにプレイしている印象で、セッションで作られた作品ではなかった『Notes With Attachments』の曲を生で演奏するとこんなにくだけた雰囲気も醸し出すのかと少し拍子抜けした覚えもある。もちろん、あの時演奏したのは『Notes With Attachments』の曲ばかりではなかったけれど。

なので、『Mutable Set』と『Notes With Attachments』をイレギュラーな作品だとはもちろん言わないし、当然『Heigh Ho』〜『Mutable Set』〜『Notes With Attachments』〜そして本作と続く流れは地続きなわけだが、それでも今作が“再び”ギターと歌に向き合ったアルバムであるということに異論のある人はいないだろうと思う。そして、そんな本作に力を貸した……というかほとんど共同制作のように作詞・作曲・プロデュース……と作業全般で対等に関わったのがクリス・ワイズマンだ。

知名度は高くないがワイズマンは2010年代終盤からコツコツと作品を出し続けている1975年生まれのシンガー・ソングライターで、ミルズよりは10歳ほど年上になる。サブスクなどにはほとんどアルバムがあがっていないが、Bandcampを見ると驚くほど多くの作品を発表しており、去年だけで7作品もBandcampで公開しているし、今年も既に4月にフル・アルバム『I Hope You’re Enjoying Scotland』をリリース。その最新作はヴァーモントで2〜3月にかけて制作されている(そしてすぐさま4月頭に公開)。それだけではなく、テープ・アーティストとしても活動し、また『Nonmusical Patterns and their Musical Uses』という即興ギター演奏についての本も執筆しており、聞くところによると教師としての仕事もしているのだそう(ワイズマンについては改めて紹介する必要がありそうだ)。

ミルズは知人にこのワイズマンの存在を教わり、《Amazon Prime》のドラマ・シリーズ『Daisy Jones & The Six(デイジー・ジョーンズ・アンド・ザ・シックスがマジで最高だった頃)』の音楽を担当することになった際、ワイズマンにも声をかけて共作、その時の作業が今作への足がかりとなったらしい。ちなみに、劇中に登場する架空のバンド=オーロラの曲を全て書いたのはミルズだ。

というわけで、本来であればピノ・パラディーノとそうしたように共同名義でリリースしてもおかしくないわけで、なぜそれでもミルズのソロ名義になったのかはわからないが、ともあれ、そのワイズマンとの作業、交流が、ともすれば実験的、複雑になる傾向にあった(というかそういう側面もある、という意味で)ミルズのネジを少しばかり緩めた結果となったということなのかもしれない。ここでは、曲によってはちょっとレイドバックしてみたり、あるいはふと閃いた過去の蓄積が漏れ出るかのように鼻歌に近い歌を聴かせたりと、かなりその場の空気を生かしたような、ある種気の置けないムードを伝えている。ギターの音色自体はかなりクリーンで透明感に溢れているのも特徴だ。しかしながら、西アフリカのフォークのコード・スケールを感じさせる曲もあれば、トロピカリズモ時代のブラジル音楽の自由な気風に倣ったような曲もあるし、西洋音階とは違うメロディにトライしたような曲、最初に書いたようにアンビエント音楽の手触りもある。歌詞に関してはパーソナルな目線のようでいて、ロード・ムーヴィーのようなアノニマスな物語が刻まれているようにも読めるし……これらのアイデアがワイズマンとの間で自然と生まれ、リラックスした作業の中で一つの道筋となったのだとしたら……これはもう『Heigh Ho』の“次だったかもしれない”ような自然な接続を持つようでいて、自身も制御しないうちに完成してしまったようなフレッシュなシンガー・ソングライター・アルバムと言っていいだろう。ウェンディ&リサのウェンディ・メルヴォワンの名前をそのままタイトルにした曲もあったりしてそのウィットにニヤリとさせられてしまう。

ところで、ミルズは6月10日に行われたジョニ・ミッチェルの復活ライヴでバックをつとめている。これはブランディ・カーライルが指揮をとったバックアップ・バンド=Joni Jamの一員としてだったのだが(そこにはワイズマンも参加していたというが動画では確認できなかった。ちなみにウェンディ&リサの姿はあった)、こうした開放的な場がミルズをまたさらにこれまでにはない新たな試み……誰も、本人でさえも予測できないスタイルへと導くのだろう。ただ、それはきっと、どことなく懐かしかったり情緒を揺さぶられるような歌やギターがそこにある、そんな作品でもあってほしい。(岡村詩野)



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ジャズにとっての、そしてジャズのみならず多くの音楽への示唆〜ピノ・パラディーノとブレイク・ミルズの邂逅が示すもの
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2020年ベスト・アルバム(※ブレイク・ミルズ『Mutable Set』が年間1位)
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