Review

Mali Velasquez: I`m Green

2023 / Acrophase Records
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ベタを貫徹する勇気と才能が生み出した快作

21 November 2023 | By Yasuyuki Ono

あえて大局的に言及するならば、2010年代後半以降のインディー・ミュージックを牽引したのはフィメイル・シンガーソングライターたちだった。フィービー・ブリジャーズ、ミツキ、サッカー・マミー、ルーシー・ダッカス、スネイル・メイル、ジュリアン・ベイカー、ベッカ・マンカリ、スカルクラッシャー、クロード、ジア・マーガレット、カサンドラ・ジェンキンス、エイドリアン・レンカー……あげればきりのないくらいの才能が、ブルックリンを中心としたUSインディー百花繚乱の時代のあとに一気にシーンの中心へと登場してきた。それらの多様な音楽性をひとくくりに単純化することはできないけれど、自らの出自、他者との関係、孤独といったセンシティブでメランコリックなテーマを中心としたリリック、自身を“上手く”制御しようと葛藤しながら不安定にゆらぐエモーティヴなヴォーカル、シンプルに生々しく録音されたアコースティック・ギター、アンビエント感を高めたフォーク・サウンド、鋭利かつ美麗に研ぎ澄まされたエレクトリック・ギターといった特徴がそれらの音楽群にはあった。しかし特定の意匠の隆盛は必然的に定型化という傾向を生む。それは表現の固定化、陳腐化(これをやっておけばいい)という側面を生むけれど、そのシーンの影響力と真似せずにはいられない強い魅力を示してもいる。

ナッシュヴィルを拠点として活動するシンガー・ソングライター、マリ・ヴェラスケスがこの度リリースしたデビュー・アルバム『I`m Green』は上述したような近年のフィメイル・シンガーソングライターの系譜に連なり、ともすればそれらを総括してしまえるような広がりと深さを有した作品だ。

アルバム・オープナー「Bobby」や「Shove」での一歩踏み外せばどこまでも転がり落ちていきそうなバランスでコントロールされたヒリつく歌声と、それを支えるように逞しく鳴るアコースティック・ギターと唸る実験的なエレクトリック・ギターの音色はまさにエイドリアン・レンカーのソロ・ワークのような生気と妖気を感じる。「Tore」は、キャッチーなメロディーに乗せて、ビッグ・シーフのようなファズ・ギターとフリーキーに踊るシンセサイザーを挿入しポップに構築されている。弾き語りのようなシンプルな前半部分から、パーカッションとエレキ・ギターを中心にサウンドに厚みを持たせつつ熱狂的かつ壮大に展開させていく「Clovers」や「Medicine」は、まるでフィービー・ブリジャーズ「I Know The End」やジュリアン・ベイカー「Turn Out The Lights」を思い出すかのよう。「Turn Red」では、小鳥がさえずる音やバンジョーの音色を交えることで、オルタナティヴ・ロック・テイストなサウンドの中にも朴訥とした、フォーキーな雰囲気を担保しているし、アルバムの最後を飾る「Death Grip」はシンセサイザー・ドローンを通奏低音としながらアコースティックに構築されたアンビエント・フォークとなっている。いずれの曲もマリ・ヴェラスケスの力強く、表現豊かな歌声を軸としながら、上述した近年のフィメイル・シンガーソングライター作品群で特徴的だったようなサウンドの意匠を適切に抑えつつ、ウェルメイドに制作されている。

本作を文頭で記述したような近年のフィメイル・シンガー・ソングライターたちが残してきた作品のトレースだと見る向きもあるだろう、しかし、本作が、マリ・ヴェラスケスが優れているのは、状況を俯瞰し、時にクレバーに数多のサウンド・カラーを自由自在に駆使し、時に自らの経験や境遇を刻印したリリックをエモーショナルに歌い、演奏しながらまとまりのある一作として成立させていることだ。ベタをベタに貫徹すること。その才能と勇気が本作に唯一無二の迫力と魅力を与えている。(尾野泰幸)

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