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girl in red: if i could make it go quiet

2021 / world in red / AWAL
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ポップのもとに守り抜かれる彼女だけのメランコリー

27 May 2021 | By Tsuyoshi Kizu

たとえばNetflixのいまどきのポップなティーン・ドラマなんかを観ていると性的マイノリティのキャラクターが当たり前にたくさん登場するので、時代の変化を見る思いもするし、そういったポップ・カルチャーを見つけにくかった世代のゲイとして日本で育った自分からすると、いまのティーンエイジャーの性的マイノリティ当事者の子たちを羨ましく感じもする。そこには確実に、彼ら・彼女ら・彼人らが日々感じている悩みや痛みが描かれているだろうから。もちろん、だからといってティーンの抱える苦しみは、いまも昔もこれからも変わらず切実なものだろうけれども。

ノルウェーから現れた新星ガール・イン・レッドことマリー・ウルヴェンのベッドルーム・ポップが鮮烈に響くのは、レズビアンである彼女の心情がたしかな固有性とともに描かれているからだ。注目されるきっかけとなったシングル「i wanna be your girlfriend」で歌われるのは、ストレートの友人に対する片想いの苦しみと情動だ――「あなたの友だちになんてなりたくない/あなたの唇にキスがしたい」。その具体性と率直さがガール・イン・レッドである。セクシュアル・マイノリティ当事者のミュージシャンによるラヴ・ソングが珍しいものではなくなっている現在、たとえば「ここには性的マイノリティならではの描写があるけれども、それはジェンダーやセクシュアリティを超えて共感できるものだ」という論調をよく見かけるようになった。そのこと自体は否定しないけれど、果たして本当にそうなのだろうかと自分は感じるときがある。そこで歌われるエモーションがポップの普遍性としてシェアされることは素晴らしいと思うけれども、そこで描かれている性的マイノリティ当事者の具象性が薄められて受容されることには違和感がある。「i wanna be your girlfriend」は何よりも女の子にキスをしたいと思う女の子の歌であり、真っ先にクィア・コミュニティに支持されたのはその固有性による。それはウルヴェンのパーソナルな表現であると同時に、セクシュアル・マイノリティ表象の可視化でもあるのだ。

『if i could make it go quiet』は現在のウルヴェンが持ちうる音楽的語彙や率直なエモーションを可能な限り詰めこんだようなデビュー・アルバムらしい作品で、未完成だからこその輝きを放っている。統一感よりも散らかっていることの魅力があるのだ。インディ・ロックもエモもEDMもシンセ・ポップもいっしょくたになっているのはいかにも今風だし、シングル「Serotonin」にビリー・アイリッシュの兄フィネアスがプロデュースに入っていることからどうしても「ビリー・アイリッシュ以降」として語られる部分はあるだろうが、アレンジやサウンド・プロダクションよりもむしろ「midnight love」や「Rue」といったメランコリックなナンバーに顕著なソングライティングの力に注目したい。自身が抱える切実な想いをキャッチーなメロディに託す思い切りの良さがウルヴェンにはすでにあり、だからこそ、音楽的にはここからどこにでも行ける可能性が感じられる。

ティーンエイジャーや20歳そこそこの若者が抱える自殺願望や抑うつといったモチーフから(それこそ「ビリー・アイリッシュ以降の」)Z世代ならではのメランコリックなベッドルーム・ポップと括られてしまいそうだが、たとえばシンプルなピアノ・バラッドがエレクトロ・ポップへと変貌していく「hornylovesickmess」には若いクィア女性の性欲のくすぶりが綴られていて、ポップスのモチーフとしてはまだまだユニークなものだろう。アウトロの「My Love comes out at midnight」とのリフレインは、性的マイノリティにおける「カミングアウト」と意義的に重なっているように聞こえる。ウルヴェンが本作で解き放っているものは、ポップスの世界で長い間クローゼットにしまわれたものだったから。

時代の変化とともに現在クィア表象が「普遍的なポップ」として受け止められているのだとすれば、それは当事者ひとりひとりの固有性の蓄積の成果である。ウルヴェンはきっとそのことを直感的に理解していて、だからこそ『if i could make it go quiet』は彼女のベッドルームを直接訪れるようなパーソナルで親密な一枚となった。自身の混乱や不安が具体的に率直にカラフルなポップ・ミュージックに託されていることは、「いまどきの若者の危うさ」などではなく、何よりも彼女の強さの表れである。(木津毅)

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