Review

石原洋: formula

2020 / zelone
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2020年、都市/郊外の「シティ・ミュージック」

28 March 2020 | By Yasuyuki Ono

ひとつの風景描写から始めよう。そこはどこにでもあるようなロードサイド。雑草が生えたコンクリートの歩道。広い駐車場があるファミリーレストランや紳士服店。平坦な風景の続く街から朝が来るたび(時に生気を失った目で)電車に乗り、自らを収める場所へ体を荷物のように運び出し、夜になれば重い体を引きずりながら帰ってくる。永遠に続いていくように思われる日々。そんな街の中に無機質にぽつんと聳え立ちながら、憂鬱そうなまなざしで送電鉄塔(群)が私をじっと見下ろしている。

ゆらゆら帝国、OGRE YOU ASSHOLEのサウンドをプロデューサーとして支え、中村宗一郎も所属したWhite Heaven(ファースト・アルバム『Out』が先日リイシュー!)でヴォーカル/ギターを務めた石原洋が23年ぶりに生み出した本作のアートワークを見て、最初に私が想起したのは上記のような情景である。不気味で陰鬱な雰囲気が漂う、のっぺりとした匿名性と、その町に迷い込んだ巨大建築物が表象する、殺伐とした、灰色の郊外生活。

雑踏の中にいるような四方からの話し声、駅のアナウンス、電車の走行音など、様々な生活音がノイジーに混然一体となったフィールド・レコーディングが本作の輪郭を形作っている。それに絡みつくように、まるで此岸に降り立った亡霊が演奏しているような、メロウで、サイケデリックなバンド・サウンドが響き渡る。それらのサウンドをもって本作が内包しているのは、上述したような路上、駅構内、移動インフラのただ中で耳にする、自らの住まう場所(≒郊外)でのサウンド・スケープであるとともに、自身がその町から移動し降り立った別の場所(≒都市/インナーシティ)で蠢く人々と(巨大)機械が発する喧噪のそれでもあるように私の耳に届く。巨大公告ビジョンから流れるタレントのコメントが入った企業広告の音、憂鬱な月曜日の朝にホームへと滑り込んでくる電車の到着を告げる無情な駅の機械アナウンス、オフィスで電話をする同僚の申し訳なさそうな声、最寄り駅までの路上でいつもすれ違う小学生たちの上ずった声。そのような情景を喚起する都市/郊外のサウンド・スケープを本作は描いている。そのザラつき、アヴァンギャルドな趣を漂わせるサウンドが、強いリアリティと生気、安堵感を有して体の中で響き渡るのは、本作の音が(東京という)都市/郊外で私自身が耳にし、体験してきたそれにまさしく類似しているからだろう。

キリンジ – 「エイリアンズ」

かつて、パラダイス・ガラージが『実験の夜、発見の朝』(1998年)において、実験的で異形なウォール・オブ・サウンドに内包させた(と伝え聞く)、漠然とした未来への不安を欲望の即時的な充足で紛らわし続けた都市生活の姿。キリンジが「エイリアンズ」(2000年)で歌った、林立する団地群の上に広がる夕焼け空に引かれた、一本の飛行機雲が示す、郊外の物悲しさと郷愁。私が本作から連想したのは、都市/郊外を行き交い、そこに住まう人たちが鳴らし/聞く音と、それが喚起する情景を時に荒々しく、時に淡い筆致をもって丹念に描き出した上記のような作品だ。そこかしこから湧き出るメランコリアと取り繕われたような高揚感が入り混じった、2020年の都市/郊外が持つ精神性とリアリティを宿すシティ・ミュージックとして、本作は鳴り続けている。(尾野泰幸)

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