Review

Saba: Few Good Things

2022 / The Orchard / Pivot Gang
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それでも、〈ある〉ものに目を向けて

16 February 2022 | By Sho Okuda

──ラベルを剥がして軽やかに

2018年12月10日、《渋谷WWW》にて来日公演を行ったSabaがその日の観客の印象に残したものは、何よりもその卓越したラップのスキルだった。《Pitchfork》で8.7点を獲得するなど高い評価を獲得したアルバム『CARE FOR ME』は、従兄弟であり音楽仲間でもあった故John Waltに捧げられた、メランコリックでありながらセラピューティックでもある作品だ。そのような、意味にこそ人々が価値を感じるような作品をプロモートするツアーとあっては、同作の収録楽曲を順番どおりに披露し、最後はアルバムの最終曲でもある「HEAVEN ALL AROUND ME」で締め、作品を追体験させるのが順当といえば順当だろう。しかし、この日の最後に彼はアグレッシブな「LIFE」を選び、上半身裸でステージ上を跳び回った。

それから約3年が経ち、次なる作品『Few Good Things』のリリースに際し、Sabaは同作を聴くにあたってのお願い事項をテキストにまとめて公開した。曰く「しっかり聴いてくれ」と。また「俺の音楽は悲しみや苦しみだけじゃない」とも。

思えば「LIFE」を最後にパフォームしたあの日から、Sabaは自分の音楽にラベルを貼られることに辟易していたのかもしれない。それだけに、とでも言えばよいだろうか、『Few Good Things』を聴いて真っ先に感じられるのが、その軽やかさだ。ドラムよりもストリングスが印象的な表題曲などは質感からして軽いし、「One Way or Every N***a With a Budget」や「Come My Way」でみせるブレスなしのフロウには”effortless”(楽々とした)という形容詞が似つかわしい。映画『ブラックパンサー』のヴィランをもじったと思しきタイトルの「Fearmonger」は、彼自身も「作ったことがないタイプの曲」と認める実験的な楽曲だ。とりあえず、コンセプトやら「悲しみ」やら「苦しみ」よりもそこに心を奪われる時点で、彼は自らに貼られるラベルを剥がすことに成功しているといえるだろう。

──〈ある〉ものに目を向けて

「無いものよりも得たものに目を向けよ」とはよく言われることだが、言うは易く行うは難しだ。しかし、それが一時的にでもできるようになるきっかけというものがある。Sabaにとって、その一つは2012年、すなわち物事が今よりもシンプルだった時代(a Simpler Time)への追憶だったはずだ。意中の女の子とケンドリック・ラマーやキッド・カディの音楽について語り合った時代。アルバムのリリースの約1週間後に一般公開されたショート・フィルムでは、彼の祖父が同様に、ギャングの抗争に銃が使われなかった時代を追憶している。過ぎ去った日々が美しく感じられるとき、今あるものにも気づける。だから彼は「必要なものは全部持っていた」と歌う。

あるいは「Make Believe」で語られている、友人をオーバードースで亡くす経験。友人の死はSabaを失意の底に落としたが、その経験は同時に彼にとって、嫉妬の対象としていた人物が実際にはイメージしていたのと違うことに気づく契機となった。上述のショート・フィルム内でも、彼は「ウォルトが死ぬまで、他の家族のことは身近に感じられなかったよ」と彼は祖父に打ち明けている。だから彼は「母さん、夢みたいだよ」と歌うだけの強さを手に入れる。

一語では「ほとんど…ない」という否定的なニュアンスを持つ”few”だが、何も無い状況では”few”すら使われない。つまり、〈ある〉のだ。『Few Good Things』は、〈ある〉ものに目を向けることでしなやかな強さを手に入れた、27歳のSabaの成長記録だ。(奧田翔)


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