Review

安部勇磨: Fantasia

2021 / Thaian Records
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パーソナルな体温をもった作品のなかに宿る
「素敵な文化」へのリスペクト

12 July 2021 | By Dreamy Deka

never young beachのフロントマンにしてソングライターである安部勇磨のファースト・ソロ・アルバム。太陽の日差しのような生命力にあふれるグルーヴのイメージが強いネバヤンとは明確に一線を画した、しみじみと素の歌の良さが伝わってくるシンプルな音像の作品である。曲を聴いても、歌詞を読んでみても、何かを高らかに訴えるものではない。しかし、目に見えないウィルスを恐れ、息苦しいマスクをつけて他人との触れ合いをひたすらに忌避する毎日においては、このさりげなさにこそかけがえのない価値がある。久々にふらっと遊びに来てくれた気のおけない友人との会話のような歌、高まる動悸を落ち着かせてくれるリズム。コーヒーでも淹れてじっくりと耳を傾けてみれば、いつの間にかこの作品と自分の間に、とても親密で特別な関係が築かれていることに気がつくだろう。

一方で、この作品を聴き込めば聴き込むほど、いい歌を集めただけのソングブックという枠を超えた作品を作ろうという、音楽家・安部勇磨の意思も強く感じずにはいられない。
都会の喧騒を遠くから俯瞰するような歌詞、嘉本康平(DYGL)や市川仁也(D.A.N.)をはじめとする気鋭のミュージシャンと共に練り込んだであろう密室感のあるグルーヴ。時折り漂ってくるエキゾチカと湿り気を帯びた土の香り。こうしたアルバム全体を貫く特徴が伝わえる世界観をあえて端的に指摘するならば、彼が敬愛し今作にもミックスで参加している巨人・細野晴臣のソロ・デビュー作品『HOSONO HOUSE』(1973年)の継承と発展、ということになるのではないか。

とは言えここで希求されたのはいわゆる「日本語ロックの始祖」、「フォークロックの名盤」としての細野作品ではない。若き日の細野とティン・パン・アレーの面々が、古今東西のアメリカ音楽と日本的な情景を掛け合わせることで生み出した異形のサウンド。そしてそれが50年近い歳月の後に、アメリカにおいてレコードがリイシューされ、《Ptichfork》で称賛されることになる「偉大なる逆輸入品としての『HOSONO HOUSE』」である。

その象徴とも言える楽曲が、4曲目に収められた「素敵な文化」だろう。日本の年末年始の風物詩である餅つきをモチーフにしたこの曲はおそらく、『HOSONO HOUSE』にて細野が節分を歌った「福は内、鬼は外」へのオマージュだ。スライド・ギターとソウルのリズムという米国音楽のフォーマットに乗りながら、餅つきという伝統的な営みをフラットに観察し、新鮮な喜びを見出していく眼差しは、完全に異邦人のそれである。つまりこの“餅つき”を、太平洋の向こう側で“発見”された細野晴臣の音楽(とそれに連なる日本のポップ・ミュージック)と読み換えることも可能であり、各国各地に存在する多様な文化に対するリスペクトという普遍的なメッセージをも読み取ることができる。

そうした文脈で見ればこのアルバムは、彼の地における細野チルドレン、例えば細野晴臣のライブにゲスト出演したマック・デマルコや、今作にもギターでゲスト参加しているデヴェンドラ・バンハートの諸作品と血を分けた兄弟であると同時に、安部勇磨というアーティストが彼らと並び立つ才能の持ち主であることの証明でもある。そしていつの日か、このパーソナルな体温を持った作品が太平洋を渡り、素敵な文化の交易が行われたならば、こんなにロマンチックなことはない。(ドリーミー刑事)



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細野晴臣『HOCHONO HOUSE』
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