Review

Jorja Smith: falling or flying

2023 / FAMM
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もう落ちても飛んでもいない
──「地に足をつけた」ジョルジャ・スミスの再出発

30 October 2023 | By Nami Igusa

ジョルジャ・スミスというと、デビュー・アルバムの名声とは別に、2年ほど前にちょっとした批判を集めていたことで記憶している人もいるかもしれない。ガーナ人プロデューサー、GuiltyBeatzとコラボした「All of This」というシングルについてだ。南アフリカ発祥のハウス・ミュージックの派生ジャンル「アマピアノ」を想起させるテキストとともにリリースされたシングルだったのだが、その実、部分的に要素が取り込まれているだけに過ぎなかったことに加え、現地のアーティストを起用していない(ジョルジャ自身はジャマイカ系)という点から、主にアマピアノの当事者たちから非難を浴びたのだった。西欧社会に軽視され、決して経済的に恵まれているとは言えない現地コミュニティのライフスタイルと深く結びついて発展してきた文脈があるアマピアノを、名声のあるイギリス人である彼女がその形だけを利用した上でそのジャンルを名乗っていることが、敬意の欠如として受け止められたからである。

率直に、意外だと思った。そもそも、彼女が一躍注目されるきっかけとなったナンバー「Blue Light」(2016年)はイギリスにおける黒人の不当な扱われ方に対する恐怖やメランコリーを歌った曲であり──無論このナンバーに関しては彼女自身も当事者であるイギリス国内の人種問題について扱ったものではあるが──ともかく、ジョルジャ・スミスは元来、誰かが不当に扱われることへの配慮と慎重さを持ち合わせている人だと、少なくとも筆者は感じていたからである。

さて、2021年の夏頃、まさにこの件で非難を浴びたのと時期を同じくして、彼女は若くして出てきたロンドンから故郷のウォルソールに戻ったのだそうだ。くだんの炎上が直接関係したかどうかは定かではない。ただ、彼女自身もロンドンにいた頃を「落ちているのか飛んでいるのか」わからなかった=『falling or flying』と振り返っているように、20歳そこそこという若さで名声を得、常に何らかの新しさを求められ評価にさらされていた環境が、彼女に本来の自分を見失わせてしまった可能性は否めないだろう。“地に足がついていなかった”、と言える状況だったのかもしれない。

そんな彼女が故郷に戻り2年をかけてゼロから制作したのが、実に5年ぶりとなった(まだ)セカンド・アルバムである今作。90年代のR&Bやヒップホップへのオマージュを感じさせるクラシックなソウル・レコードとして受け止められた前作のイメージを脱ぎ捨てるように、リズム・セントリックなサウンド、音楽性にガラッとシフトしたことがまず新鮮に感じられた。地に足を打ちつけ鳴らすようなリズムに、ヒヤリとした質感の滑るようなギターのリフレインが耳に残る「Try Me」に始まり、トライバルなヨレたビートの「She Feels」、ヒリヒリとしたUKガラージ〜ハウスに振り切った「Little Things」と、冒頭から立て続けに「スモーキー、メロウ、クラシック」という従来のイメージを打ち破り、サウンドからして強さや解放を表現してみせているのも実に象徴的である。それでいて、地元の友人を含むプロダクション・デュオ、DAMEDAME*が多くの楽曲の制作に絡んでいることからも窺えるように、(ビッグネームのプロデュースのような)自分を大きく見せるような虚栄が限りなく少ないのも今作に漂う顕著なムードである。もちろん、オケを取り入れたリッチなアレンジも要所要所で施されており、素朴というよりはゴージャスかつ洗練されたサウンド・メイクなのは確かだ。が、それでもなお、今作はこれまでになく生々しく剥き出しな印象を抱かせるのである。

これまで彼女の作品ではあまりフィーチャーされてこなかったアコースティック・ギターの強いストロークが随所に鳴らされていることも、そう感じさせるのかもしれない。それに加えて興味深いのが、歌唱の仕方にも微妙に変化が見られる点だ。長いセンテンスをメロディアスにアップダウンするR&Bディーヴァ風の歌唱だったこれまでに比べ、今作では押韻を強調した比較的短めのセンテンスをパーカッシブに吐き出すように歌うのである。いずれにせよ、どこかミステリアスな空気をも漂わせていた前作に比べると、ダイレクトな身体性が強く伝わってくるのが今作の耳を引くポイントだ。

前述の通りトライバルなリズムも使われているが、J Husとの「Feelings」や、比較的リラックスしたナンバーの続く後半の頭にあたる、ジャマイカのレゲエ・シンガーLila Ikéとの「Greatest Gift」といった作中のコラボ・ナンバーがそうであるように、どちらかというとレゲエやスカ、ダンスホール、すなわち彼女のルーツであるカリビアン色が強く印象に残るのも特筆すべき点だろう。ウォルソールへの帰郷と地元のミュージシャンとの共作による原点回帰に加え、こうしたもう一段深い自身のルーツへの眼差し、そして身体性の強調……、そこには「自分は自分のもの」という、この5年間での彼女自身の人生における発見が見て取れるようにも思える。常に新しさを求められ、他の誰かの要求に応え、満足させることを期待され、彼女が見失っていた“自分”。「Try me」の<I don’t have to tell you what I’ve changed>というリリック然り、自分を評価できるのは自分だけなのだ、という境地に5年かけて至ることで、彼女は“ジョルジャ・スミス”として、やっとデビュー・アルバムに続くアルバムを出す準備ができたのだろう。

今作のリリースにあたり、ジョルジャが「ロンドンは好きではない」とはっきり言葉に出しているのを目にして、その率直な物言いにちょっと驚いたのだが、それは「誰かの期待に応じていい顔をしない」ということが彼女の今のポリシーとして確固たるものとなった証拠なのだろうし、今作はその宣言とも取れるかもしれない。これほど“地に足がついた”セカンド・アルバムは、なかなかお目にかかれないのではないだろうか。(井草七海)

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