Review

Evita Manji: Spandrel?

2023 / PAN
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大きな喪失を経て作られた本作が我々に問いかけるものとは

28 February 2023 | By tt

アテネをベースに活動していた(現在はロンドンに移住)音楽家、Evita Manjiが2020年にリリースしたEP『Neptune』は、現在に繋がるエクスペリメンタル・ミュージックの要素を含みながらも、DJやクラブ・ミュージックにまつわる全ての事に没頭していたと語るManji自身が受けた当時の影響を反映した、実験的かつ享楽的なダンス・ミュージックとしての性質も帯びていた作品だった。そこから2年以上のインターバルを経て届けられたデビュー・アルバム『Spandrel?』であるが、本作においては前述のダンス・ミュージックの要素は以前に比べて希薄になっていると言えるだろう。

バロック・ポップを軸にラテンやデンボー(Dembow)、ハイパーポップなどに目配せをすることによって作り上げられたこの魅力的なミュータント・ポップ作品は、かつてのパートナーであるソフィー(SOPHIE)やアルカ(Arca)といった先達からの影響を感じさせるものであり、例えばプレストンのラッパー、Rainy Millerによるドリルとエレクトロニック・ミュージック、エクスペリメンタル・ミュージックを融合させた2022年の傑作『Desquamation (Fire, Burn. Nobody)』のような作品との同時代性を感じるものでもある。その中で、本作におけるManjiのシグネチャーを挙げるとするならば、時には親しみやすいくらいポップに、また時には、かつて所属していた教会の聖歌隊を思わせるスピリチュアルに変化するボーカルであり、ある種の歌への傾倒ということになるだろうか。

“進化の副産物であり、実際には目的を果たさないが、私たちの一部である何か”という進化生物学に由来する言葉『Spandrel?』をタイトルに冠し、コンセプトとして自分たちの、どの要素が生存に不可欠で、どの要素が単なる過剰物なのかを問うことを掲げたという本作は、Manji自身が現実に直面した主に2つの喪失の経験が制作の大きな鍵となっている。

1つは、2021年夏にアテネで起こった山火事である。人間だけではなく動物にまで甚大な被害を及ぼした大規模火災は、同時期にギリシャ全体を襲った猛烈な熱波と合わせて近年より問題視されている気候変動の産物と言えるだろうこの災害を契機に、Manjiは自身のプラットフォーム《MYXOXYM》からコンピレーションをリリースし、その収益を動物のリハビリテーションと自然の生息地に戻す活動を行う慈善団体《ANIMA》に寄贈している。本作においても自然破壊や気候変動に伴う自然や動物の喪失は、例えば「Oil/Too Much」が原油採掘が地球に与える影響のことについての曲であるように、アルバムにおける重要なモチーフの1つだ。

もう1つは、Manjiのパートナーであり、音楽活動における重要なメンターであったソフィーの死である。身近で起きた喪失を契機に、Manji自身、「ずっとやりたかった方法で、自分の感情をすべて音楽に注ぎ込むことができるようになり、自分を本当に表現することを恐れたり、自分の芸術の正しい道をまだ見つけられていないのではと疑問を抱いたりすることも、ようやく無くなった」とインタヴューで語っており、例えば「Body/Prison」や「Lies」を始めとする楽曲には、自身が経験し、インスピレーションを受けたという死や悲しみ、自由意志や時間に囚われている人間までもがモチーフとしてリリックに織り込まれているという。

気候変動や死といった我々が直面する様々な問題について、時に哲学を盛り込みながら、あらゆる角度から問いかけてくる本作は、真意に容易に辿り着くことを拒むような難解さを孕みながらも、残された我々がその問いに答えを出す日を悠然と待ち続けているかのように、その佇まいは厳かである。(tt)



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