高次元の電子海に憧れるジャズ・ミュージシャンたち、ドルフィン・ハイパースペースと「ハイパーネイチャー」の躍動
水族館でハイテクニックなパフォーマンスを魅せるイルカたち。group_inou「THERAPY」のMVに登場する、イルカのイルカくんの企業PRにおける大躍進。Microsoft Officeのアシスタント、カイル君の復活劇。なぜイルカはこれほどまでに愛らしく、少しのノスタルジーを伴うポップ・アイコンとして君臨し続けるのか。加えて、ゲームファンにとって「ドルフィン」といえば、ニンテンドー ゲームキューブやWiiのソフトを他OSで起動させる優秀なエミュレーターを連想するかもしれない。
そんなインターネットとゲームの文脈が交差する地点に突如として現れ、アニメーターのMilly Cohenが手がけたイルカ型ジャケットで日本の音楽ファンをざわつかせたのが、ロサンゼルス発の気鋭ジャズ・デュオ、ドルフィン・ハイパースペースだ。前作『What Is My Porpoise?』から2年、日本のゲームやアニメに深い造詣をもつ彼らが、ニュー・アルバム『ECHOLOCATION』をリリースした。本作には、彼らがゲームやアニメのBGMをジャズのアプローチによってどう再構築しようと熟考を重ねてきたかが、鮮明に刻まれている。聴けば「なぜ電子の海にイルカが似合うのか」という問いの答えの一端にも触れられるはずだ。
2000年代後半からニコニコ動画で流行した「演奏してみた」文化には、MIDIの電子音をギターやベースなどの生楽器で忠実に再現するおもしろさがあった。近年人気をあつめるゲーム音楽のフル・オーケストラ・コンサートにしても、基本的には「平面の楽譜や既存の世界観をなぞる」アプローチが主流だ。また、ノスタルジックな架空のゲーム世界を表現するヴェイパーウェイブというジャンルにしても、演奏自体は既存音源のサンプリングやDTMの枠内にとどまることが多い。対して、ドルフィン・ハイパースペースの試みは明確に異なる。彼らは、ゲーム操作における奥行きや予測不能な展開、アニメのキャラクターがもつ躍動感、そしてプレイヤーが物語に対して抱く自由度までも、ジャズ特有の即興性と緻密な電子プログラミングの融合によって再構築している。生楽器演奏による生々しい息遣いや揺らぎが、無機質で正確なシーケンスと衝突し、融け合うことで生まれる奇妙で立体的なグルーヴ。それが彼らの真骨頂だと考える。
メンバーであるアルト・サックス奏者ニコール・マッケイブと、ベース奏者ローガン・ケインは、ともに南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校出身で、ジャズを専攻していた。ライブ演奏もこなすが、二人とも電子音を活用してプログラミングを行う。レコーディングにも参加した同学校出身のルイス・コールやアーロン・セルファティ(Aaron Serfaty)、サンダーキャットのバンドやハービー・ハンコックのツアーにも帯同経験のあるジャスティン・ブラウンなど、怪人ドラマーがライブに登場し演奏することもある。しかしメンバーの二人がアコースティックギターやフルート、オカリナ、ドラムまで自ら演奏する多才さをもち、あくまでごく一部の役割のみを外部に委ねているという点もおもしろい。あるときは、あえてドラムレスのシーケンスのみをバックに、剥き出しのサックスとベースがサイバーに交錯する演奏スタイルを見せるのもポイントだ。
アルバム全体は、まるでひとつの広大な仮想空間を模索していくようなスリリングな構成となっている。先行曲「BIG FISHY」では総勢16名のジャズ・オーケストラを率い、オーケストラル・ヒット一歩手前のユニゾン・メロディと金属的なドラム音が響く。「The Life of a Bee」では、同じくジャズ・オーケストラを率いるメンバーたちの音がさまざまに交錯し、蜂が飛び交う様子を立ち上げる。任天堂本社のある京都を意識したであろう「Kyoto」では、二人のフリー・ジャズ的な演奏もさることながら、バイオリン奏者バッド・スナックス(Bad Snacks)を迎え、ピチカートなどの多彩な奏法とエフェクトを用いている。その結果、ゲームステージに広がる景色やキャラクター、障害物、そして地面の起伏までもが伝わってくるような三次元空間を彷彿とさせるのだ。
ほかにも、個性的な象徴とのエンカウントが続く。グラミー賞に6度ノミネート経験のあるピアニスト、ジェラルド・クレイトンが参加する「Green Chimneys」。イルカのごはんになるマイワシをローガン・ケインとルイス・コールの二人で表現した「Sardine Jam Session」。イカ、タコ、アンモナイトなどの頭足類をメンバー二人だけで描き切る「Never Give Up on Cephalopods」。
さらに本作には、今後、奇跡のイルカ四部作として語り継がれるであろう楽曲群も入り混じっている。Jon Hatamiyaのトロンボーンとジャズ・オーケストラがイルカの鳴き声をユーモラスに模倣する「Dolphins are Cute」。冒頭からレースゲームを連想させる「Dolphin Samba」。得体のしれない敵との遭遇をフリー・ジャズの混沌へと変換する「The One Evil Dolphin (About Which We Can Make No Conclusions)」。そして、ジャージー・クラブのビートから優美に展開される「Dolphin Mode」。本作には、こうした聴き手の想像力を掻き立てる全15曲が揃っている。先述のMilly Cohenによる3DCGアニメーションMVとあわせて聴くことで、彼らの脳内にある仮想空間の解像度はさらに明確になるだろう。
楽曲を構成することと、自らの身体で演奏することの両方をどこまでも楽しむ姿勢。デジタルの海で生命の躍動を描きだす彼らの音楽は、イルカ(Dolphin)と高次元(Hyperspace)を組み合わせたユニット名が示すとおりだ。それは現実の自然環境(エコ)やオカルト的な意味合いではなく、テクノロジーと肉体、そしてジャズ界とも交差する「ハイパーネイチャー」の構築である。無機質な電子の海を回遊する知性をもった有機体であり、超音波(echolocation)を駆使して高度な意思疎通を図る水生哺乳類であるイルカという存在こそ、この新世界への入口にふさわしい。彼らの音楽は、その果てしない仮想空間に対する大いなるリスペクトとして完成されているのではないか。(ぽっぷ)

