Review

Lucy Liyou: Dog Dreams

2023 / American Dreams Records
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夢と現実の境界で響くアンビエンス

02 August 2023 | By tt

韓国にルーツを持つフィラデルフィアのサウンド・アーティスト、Lucy Liyouのデビュー作『Welfare』(2020年)のシグネチャーを1つ挙げるとするならば、今日ではTikTokやYouTubeの音声などでも馴染み深いだろうテキスト・トゥ・スピーチ(TTS)を用いた機械的で時に無頓着にも聞こえる声と、韓国の伝統的な口承文芸「パンソリ」影響下の(Liyou曰く)“言葉や物語を音色的にも感情的にも複雑化させるような”特有の発声だろう。そこにフィールド・レコーディングやシンセサイザー、YouTubeから入手した豚の泣き声までがコラージュされた大胆かつ緻密なプロダクションは、何ともユーモラスで複雑な物語性を演出していたように思う。

『Welfare』はLiyou自身のジェンダーにまつわる事柄も含む家族との関係などの非常にパーソナルなテーマをもった作品である。その中で、どこか無頓着にすら聞こえるTTSの発声を大胆に採用していることや、例えば最終曲「Some From of Kindness」のTTSの発声から徐々に肉声が重なっていく録音のバランスの緻密さからは、サウンドのプロダクションと同様、或いはそれ以上に、どのような声で作品のテーマを表現するかというLiyouの音楽家としてのこだわりを感じることができるのではないだろうか。

Lucy Liyouの最新作『Dog Dreams』では『Welfare』で多用されていたTTSによる音声合成は鳴りを潜め、その代わりにLiyouによるR&B影響下の生身の歌が随所に散りばめられているのが大きな1つの特徴であり、前作からの大きな変化であると言えるだろう。

ミキシングによって拡張された唾液音と本作の共同プロデューサーNick ZancaとLiyouの対話(声)、エレクトロニクス、アコースティック・ピアノの演奏が重なり合いながら始まる、14分にも及ぶタイトル曲「Dog Dream」は“空想的な白昼夢”とでも言えそうな繊細かつ幻想的に始まるトラックだが、中盤から現れるLiyouによる生身のエモーショナルな歌唱には現実に戻されるような生々しさがあり、この曲に夢と現実の境界が曖昧になるような何とも不思議な印象を与えている。

「April In Paris」の、フィールド・レコーディングとピアノを背景にした、微かに聞こえるくらいの囁くような歌唱(或いは語り)は、どこか抽象的に感じるサウンド・デザインと相俟って、ヴァーノン・デュークのジャズ・スタンダードを再解釈したというアンビエント・ジャズ・ナンバーにおけるアンビエントの要素をより強化しているように思える。余談ではあるが、曲後半に現れるインタヴュー音声のサンプリングはLiyouにとってのアイコンでもあるマライア・キャリーのインタヴューである。

ラジオ音声とオルガンのようなシンセサイザー、鳥のさえずりが混ざり合いながら進んでいく「Fold The Horse」のクライマックスにおけるLiyouの歌唱は、本作における最もエモーショナルでロマンチックな瞬間である。その意味では前作『Welfare』との違いを最も感じることのできる象徴的な1曲と言えるのかもしれない。

本作のタイトルにもなっている『Dog Dreams』は、韓国語で「개꿈(gaekkum)」という慣用句であり、この言葉は“空想的な白昼夢”、“無意味な夢”から“悪夢のような恐怖”まで様々な意味を持っている。これはLiyouが様々な種類の夢を見ては報告をしたときの母親の口癖(この場合は「考えるまでもない、無意味でバカバカしい夢」という意味)に由来している。Liyouのジェンダーに関する事柄と家族との関係や歴史は本作においても重要なテーマの1つとなっている。また「April In Paris」では性的暴行に関する記憶と考察をテーマにしているという。表現方法として、(断片的にではあるが)ある種のエモーショナルな歌への傾倒に至った、その真意のほどは未だ計りかねているが、正に夢の中にいるような抽象的でかつ幻想的なアンビエントの中にあって、その歌声は本作におけるシリアスさと呼応するように切実に響いている。(tt)


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