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DJ Seinfeld: Mirrors

2021 / Ninja Tune
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ハウスミュージックの儚い美しさをすくい上げる

24 September 2021 | By kenji Komai

2016年、スウェーデンはマルメ出身の青年アーマンド・ヤコブソンはある夜、いつものようにYouTubeを漁っていたところ、ボブ・ゲルドフが別れた妻ポーラへの思いを吐露したBBCのインタビューにたどり着き、いまの感情に驚くほどフィットしていると、書き溜めていたピアノのフレーズとリズムを重ねSoundCloudにアップ。翌朝目覚めると5万回の再生を記録していた──以上が繰り返し語られている、DJセインフェルドの誕生譚だ。再放送で熱狂していたアメリカのシットコム『となりのサインフェルド』から何の気なしにつけたDJネームで期せずしてローファイ・ハウスの寵児となった彼は、このトラック「U」をクローザーに据えたファースト・アルバム『Time Spent Away From U』を発表し、いきなり世界各国をツアーで飛び回る狂騒に放り込まれる。しかし、数年前に脳卒中で倒れたオペラ歌手の父親の看病のため地元マルメに帰り多くの時間を過ごしたことが契機となり、自己を見つめ、新しいスタイルの開拓へと舵を切ることになった。4年ぶりとなるセカンド・アルバムは、その人を食ったユーモア・センスや、アイディアを数時間で形にしてアップロードしていく即効性と荒々しさは後退し、オプティミスティックなムードに満ちている。

90年代のR&Bグループ、エレメンツ・オブ・ライフによるアニタ・ベイカー「Sweet Love」のカバーをサンプリングした「Walking With Ur Smile」や、詩人サラ・ライオネスがYouTubeで発表していた伝言メッセージ・スタイルのポエトリー・リーディングを引用した「These Things Will Come To Be」。『U』から続く、声をあくまでソースのひとつとしてエフェクトをかけ再構築し、エモーションを際立たせグルーヴさせる手腕は相変わらず群を抜いているが、さらに今作では「She Loves Me」「The Right Place」など、シンガーをフィーチャーしヴォーカルを委ねる楽曲にも挑戦しており、その「うたごころ」の卓越さがより際立っている印象だ。

スピーカーを持たず、いくつかのリファレンス・ポイントを設けてヘッドフォンだけで作品を完成させる創作スタイルは変わらず、今作はミキシングも自ら手がけており、多彩かつきめ細やかな音のテクスチャーには清涼感さえ漂う。「Tell Me One More Time」のようなメインストリームのハウスのムードを湛えたナンバーもあり、誤解を恐れずに言えば、カフェあるいはアウトドアにもハマるポピュラリティを獲得している。きっと彼は、多くのクラブが休業を強いられたコロナ禍における必然としてダンスミュージックの機能性を放棄したのではなく、むしろ、いかなる場所でも体験できるものとして、ハウスミュージックの儚い美しさをすくい上げようとしているのではないだろうか。ローファのだとイ・ハウスというカテゴライズから脱却した彼のプロデューサーとしての磨き上げられたスキルは、ポップとアンダーグラウンドぎりぎりのところを果敢に攻めている。(駒井憲嗣)

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