Review

Lana Del Rey: Chemtrails Over The Country Club

2021 / Interscope / Polydor
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「風の時代」の吟遊詩人
――あるいは、ノマドランドのラナ・デル・レイ

14 April 2021 | By Toshiaki Yamada

ラナ・デル・レイの新作『Chemtrails Over the Country Club(以下、COTCC)』が素晴らしい。予想を遥かに上回る深遠な内容に感服しながら、僕はその歌声から耳をそらすことができない。2010年代のディケイドで押しも押されぬポップ・アイコンへと登りつめた彼女は、前作『Norman Fucking Rockwell!』(2019年)からわずか1年半のインターバルで発表された本作をもって、ジャンルやカテゴライズを必要としない、より普遍的なシンガーソングライターへと完全にシフトしたと言っていいだろう。

ラナ・デル・レイの真骨頂はその歌詞にある。これまでもロック/ポップ史の名フレーズやクリシェ、固有名詞を引用してつづれおりのように重層的なリリックを紡いできた彼女は、昨年秋に本作から先行公開された「Let Me Love You Like A Woman」で満ち足りた愛の言葉とともに「LAを離れる準備はできている」と宣言した。かつて《Q》のインタビューで「次になにを書くか星座を読んで考えているの」と語った彼女が、西洋占星術で言うところの「風の時代」が2020年末に訪れることを意識しなかったはずがない。物質的な豊かさが重んじられてきた「地の時代」から精神主義的な「風の時代」への約200年ぶりの変遷がラナの価値観に影響を与えたというのはうがった憶測だろうか。

「Wild At Heart」ではさらに具体的に、カリフォルニア史上最悪の山火事迫る高級住宅地カラバサス(有名人が多く住むゲーテッド・コミュニティ・エリア)からの闇夜の逃避行が語られる。ラナにとってハリウッドとの決別は彼女がこれまで築いてきた世界観の変容、崩壊であり、パラダイム・シフトを意味する。LAを離れて彼女が向かった先はアメリカ中西部だった。「Tulsa Jesus Freak」の舞台はバイブル・ベルトのバックルとも呼ばれる敬虔な町オクラホマ州タルサ、「Not All Who Wander Are Lost」ではネブラスカ州リンカーンで「途方に暮れているわけではなく旅を欲しているの」と呟く。彼女はさらにテキサス州オースティンへと南下してカントリー歌手ニッキー・レインと「Breaking Up Slowly」で悲哀を歌う。“ハートランド” を巡る旅が本作にこれまでになくフォーキーでアメリカーナの風合いを纏わせることになったことは間違いない。

前作『Norman Fucking Rockwell!』発売直前、アメリカでの連続銃乱射事件を受けて急遽制作・配信された「Looking for America」のなかで「自分なりのアメリカというものを探し続けている/それは私の胸の中のただの夢」と祈るように歌った彼女がいよいよ新しい約束の地を探すための地図を広げる。BLM運動や陰謀論、トランプ政権の終焉とコロナ・パンデミック、と歴史的出来事が渦を巻く世界に訪れた「風の時代」の始まりに、ラナ・デル・レイは現代のトルバドゥール=吟遊詩人としてアメリカ再発見の旅に出たのだ。

『COTCC』リリースの翌週に日本公開された映画『ノマドランド』は住居を持たずキャンピングカーで寝泊まりしアメリカ合衆国各地で日雇い労働をしながら旅する人々を描いたロード・ムービーだ。中西部のゴースト・タウン化した町を出発した主人公の目前に荒涼として険しく、しかし神々しい大自然の風景が朝日に照らされ、夕日に染められていく。淡々と進む物語を眺めるうちに僕の脳内でラナの歌が自動再生されていることに気づいた。この映画から受け取った物質主義に対するアンチテーゼと精神主義的「風の時代」についての思考がシンクロしたからかもしれない。先の見えない旅を続ける「ノマド=放浪者たち」は、それでも夢を捨てない。アメリカン・ドリームとは果たして何かということを改めて考えさせられるが、答えはいつも風に吹かれていて、うまく掴むことができない。

何かと物議を醸す発言の多い彼女だが、その本質は生み出される音楽にこそあるということを、この濃密な45分間が証明する。星読み発言の前述《Q》インタビューでは「いつだってアルバムのクローザー(最後の曲)とオープナー(1曲目)が決まればどこへ向かうかはっきりする」とも語った。果たして『COTCC』のオープニングトラック「White Dress」はシンガーとして名声を得る以前の自分を振り返る歌であり、そして最後は無報酬で歌う無名のストリート・ミュージシャンを讃えるジョニ・ミッチェルのカバー「For Free」だなんて、緻密で完璧な構図に鳥肌が立つ思いだ。すでに次の作品が完成し夏にはリリースされるというからさらに驚かされる。本作は当初『White Hot Forever』というタイトルが噂されたが、その創作意欲は文字通り「熱烈に燃え続ける」のだろう。小さなボヤや炎上などクソくらえ、とほくそ笑みながら。彼女が次に向かう旅の行く先が楽しみでしかたない。(山田稔明)

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