Review

Avalon Emerson: & the Charm

2023 / Another Dove
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まだ開けたことのない扉、けれど馴染みのある音

12 July 2023 | By Koki Kato

1人のDJ/プロデューサーがはじめて歌に取り組んだアルバムをリリースした。それは、電子楽器を使ったエレクトロニックなものであり、ギターやチェロといった生楽器を採用したサウンドであり、ドリーム・ポップやシンセポップを思わせるインディー・バンドのような音楽である。アヴァロン・エマーソンが、また興味深いプロジェクトに踏み出した。2018年にエマーソンが仲間と立ち上げた、Bandcampでの購入を促すユーザー参加型のプレイリスト・サイト〈Buy Music Club〉に続いて、である。もし新しく結成されたプロジェクトと〈Buy Music Club〉の活動の共通点を挙げるならば、アルゴリズムなどに抗いながら、人間の手によって選択され、つくられる音楽をエマーソンが重要視しているということになるだろう。

過去、ベルリンを拠点にベルクハインやパノラマ・バー、各地のフェスティヴァルなどでDJとして活動し、プロデューサーとしては本人名義や、AnunakuとのユニットであるA+Aとして《Young Turks》=現在は《Young》のサブ・レーベル《Whities》=現在は《AD 93》からリリースしてきた。ハウスやテクノとそこから派生する多くのサブジャンルを参照しながらダンス・ミュージックに取り組んできた人だ。

けれど、例えば2018年にメキシコで行われた〈Mutek〉でのアヴァロン・エマーソンのDJミックスで、歌とオルガンが印象的なサーペントウィズフィートの曲「messy」がミックスされていたことを思いだせば、オルガンを思わせるシンセサイザーのバッキングにゆったりと歌われる今作の「The Stone」と繋がりを感じるかもしれない。また、2020年にリリースされた〈!K7〉のシリーズ『DJ-Kicks (Avalon Emerson) [DJ MIX] 』で、アメリカのインディー・バンド、ザ・マグネティック・フィールズの「Long- Forgotten Fairytale」を自身の歌唱でカヴァーしていたことを思い出せば、エマーソンのDJの活動の中には、バンドや歌への興味がそこかしこに表れていたことに気づく。

《AD 93》を主宰する旧知のNic Taskerと立ち上げた新レーベル《Another Dove》からのリリースとなった本作は、たしかにエマーソンのこれまでの活動を活かしている。シンセサイザーやプログラミングされたビートが印象的で、「Hot Evening」や「A Dam Will Always Divide」を聴いているとカリブーでも知られるダン・スナイスの楽曲を思い出したりもする。

と同時に、エマーソンの声にかけれらた深いリヴァーブ(それはディレイかもしれないし、声がオーバー・ダブされていることで発生した効果にも思える)が、アルバム全体の抽象度を高めながら、楽曲中のビートとビートの間を埋めていることも本作の特徴だ。これは、彼女がDJを行うときにテクニックの一つとして、ディレイを用いることにこだわりを持っていることとも無関係ではないだろう。

一方で、例えば「Sandrail Silhouette」で、エマーソンのパートナーでもあるHunter Lombardが弾く空間系のエフェクトがかけられたギターのバッキングが、重要な記号としての役割を持っている。それは、エマーソンのフェイヴァリットであるコクトー・ツインズのようにも聴こえてくる。どこかで聴いたことのあるドリーム・ポップ、という感覚を与える要素が、散りばめられている。

この作品は、実験によって新しいサウンドを作り上げたようなアルバムというより、オーセンティックな部分が多い作品だと思う。本作のプロデューサーのブリオンことNathan Jenkinsが、2022年にカーリー・レイ・ジェプセンの「Far Away」や「Bends」で取り組んだプロデュースと本作とを結ぶことができると思えるほどに、馴染みのあるシンセポップになっている点もその理由の一つだろう。そして、安心感のあるメロディは、エマーソンがジェフ・トゥイーディの著書『How To Write One Song』を手に取ったというエピソードからくるものかもしれない。

とはいえ、保守的な作品ではない。「Etombeb In Ice」の歌詞から引くならば、一つの扉が閉まっている間に、もう一つの扉が開いたということなのだ。コロナ禍でDJをすることができなくなって、新しい扉を探すのではなく、すでに視界に入っているもう一つの扉を開けるということ。それは、DJがレコード棚からハードディスクから、あまり選曲していなかった楽曲を引っ張りだしてくることとも似ているかもしれない。知っていてもまだ開けたことのない扉を、開ける積極性。それは、人から人へ音楽の聴き方を提案していく〈Buy Music Club〉のような、システムによってではなく、それぞれの人間が感知している範囲内で相互に音楽を伝えていくエマーソンの美学とも、地続きであることを示している気がする。(加藤孔紀)

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