Review

Cassandra Jenkins: An Overview on Phenomenal Nature

2021 / Ba Da Bing Records
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言葉=希望を湛えた、瞑想的で幽玄なアンビエント・フォーク

22 February 2021 | By Yasuyuki Ono

人がそれぞれにもつ特定の一連の状況を、知り、理解しているなんて私たちは言いません。自分自身の状況も分からないことだってあります。しかしながら、普遍的な意味で、開かれた対話がものの見方や着眼点を広げたり、感情的な変化や救済への道を拓くかもしれないということを私たちは信じています。もし、デヴィッドが私たちに教えてくれた一つのことがあるとすれば、それは、言葉=希望ということでしょう。

これは、2019年8月12日、その5日前に報じられたデヴィッド・バーマン自死の報を受け、所属レーベルである《Drag City》が自社のホームページに寄せた追悼文に収められた一文である。シルバー・ジューズでの活躍はもちろん、同年各誌から絶賛の評をもって迎えられた新プロジェクト、パープル・マウンテンズによるファースト・アルバム『Purple Mountains』(2019年)をリリースし、ツアー初日を数日後に控えていた矢先の出来事であった。

深い悲しみが世界中にひろがるなか、同ツアーに帯同するはずだった一人のシンガーソングライターが、この出来事により喚起された感情を一つのきっかけとして、作品を作り上げていく。それがカサンドラ・ジェンキンスによるセカンド・アルバムたる本作『An Overview on Phenomenal Nature』である。

ジェンキンスは、両親ともがウェスタン・スウィング、フォーク・ミュージシャンであるニューヨークの家庭に生まれ、自身もプレイヤーとして音楽を始めていく。《The New Yorker》の編集アシスタントを務めながらも、音楽活動をしていきたいという思いを強めていたころ、 エレノア・フリードバーガー(ザ・ファイアリー・ファーナセス)のソロ・バンドへベーシストとして参加。クレイグ・フィン(ザ・ホールド・ステディなど)のバンドにも参加しながら、ミュージシャンとしてのキャリアを進めてきた。2017年には浮遊感のあるシンセサイザー・サウンドとヴォーカル・エフェクトをフィーチャーした、アンビエント/サイケデリック・フォークを基調とするファースト・アルバム『Play Till You Win』を自主レーベルからリリース。そして、パープル・マウンテンズのツアーに帯同することが決まり、リハーサルも終えていたタイミングで上述の報がジェンキンスのもとへと飛び込んでくる。パープル・マウンテンズのツアー・キャンセルと、自身にとり大きな存在であったバーマンの死を受け、ジェンキンスはノルウェーへと向かう旅客機に飛び乗る。そこが、それまでにあった楽曲ではなく自身の喪失感を織り込んだ本作『An Overview on Phenomenal Nature』を構成する新たな歌を作り上げる出発点となった。加え、クレイグ・フィンのソロ・ツアーへのオープニング・アクトを含めた参加を控えていたタイミングでもあり、そこで歌うための楽曲を友人でもあるジョシュ・カウフマンと共に作り上げることになる。スタジオに入ったときには大方が断片としてでしかなかった楽曲群は、カウフマンの導きのもと、約一週間でアルバムとして完成することとなった。1)

以上が、本作とジェンキンスの音楽活動の概略的な背景である。なんといっても、このタイミングで同時代的なフォーク・ミュージックにおける重要人物のひとりとなっているジョシュ・カウフマンをプロデューサーとして迎えたことが、本作のサウンドの素晴らしさを支えている。カウフマンについては、《STEREOGUM》が昨年末、端的に総括を行ったように、2020年にカウフマンはザ・ナショナルのデスナー兄弟(特にアーロン・デスナー)がサウンド・メイキングにおいて主要な役割を果たし、ボン・イヴェールもフィーチャーリングに迎えられたテイラー・スウィフト『folklore』、『evermore』二連作に参加。さらにはディス・イズ・ザ・キット『Off Off On』、2021年グラミーにて「最優秀アメリカン・ルーツ・パフォーマンス」と「最優秀フォーク・アルバム」の複数ノミネートを獲得したボニー・ライト・ホースマンによる『Bonny Light Horseman』といった良作でもプロデューサーを務めた。近年《Merge》から意欲作を立て続けに発表しているヒス・ゴールデン・メッセンジャーの作品群への参加も注目すべき出来事としてある。

本作のサウンドに着目していけば、本作ではカウフマンによる上記のプロデュース作品でも印象的であった広がりのある空間的なフォーク・サウンドが主軸。加え、要所でもちいられるストリングス、ホーン、シンセサイザーの展開によって、作品全体に厚みのあるプロダクションが展開されているが、そのうえで作品全体が湛える静謐さを損なうことのない構築性は本作におけるサウンドの最大の特徴であるといってよい。また、本作で強い印象を残すのは、ヴォーカルの録音処理。リップ・ノイズや息遣いさえも聴こえてきそうなほどに距離の近さを感じる処理がなされることで、歌声のみならず、様々な人の声が録音音声やジェンキンス自身のスポークン・ワードといったかたちをとり登場する本作において、その(歌)声が伝える生々しい身体性を損なうことなく、作品の中で生かすことに成功している。それは、ジェンキンスの過去楽曲である「Honda’s Well」にフィーチャリングとして迎えられたこともある、エイドリアン・レンカーが『Songs』(2020年)に収めた歌声に似た質感でもある。

それが最も端的に表れているのが、本作のリード・トラックである「Hard Drive」である。ゆったりとした背景音を成すサックスと重層するギター、シンセサイザー・サウンドを基底に、スネア・ドラムのループするリズムに導かれ、ジェンキンスの歌声と絡み合いながら、ジェンキンス自身が録音し、記録したスポークン・ワードが時に本人の声で、時にジェンキンスの声を通して流れゆく。ジェンキンスが《The Met Breuer》(メトロポリタン美術館分館)で出会ったセキュリティー・ガード、トパンガ・キャニオンで出会った簿記係、ニューヨークで運転免許を取った際の担当教習官、誕生日会で出会ったという超能力者。それらの人びととジェンキンスとの(事後的な)対話が、上述したようなサウンドと声の形が生かされた録音をもって繰り広げられる。

曲の後半でその超能力者は「まあ、ここ数か月大変だったようだね。でも、今年はいい年になる」と話す。そこから始まる「ワン、ツー、スリー」というカウント・リピートは、その予知のきっかけを告げるカウントでもある。クライマックスへ向け、シルキーなサックス、霧中に響き渡るようなディレイ・ギターと煌くクリア・ギター、底音として鳴るシンセサイザー、断片的な話し声が重層するなかで脳裏に浮かぶのはゆらめく光の束の姿。簡素なアンビエント・フォークにとどまらない複合的なサウンド・プロダクションと一歩一歩踏みしめるように進むヴォーカル、そしてジェンキンス自身が語る、未来への希望というテーマを携えたスポークン・ワードが楽曲の最期で一堂に会するさまは感動的ですらある。例えば、ここにジア・マーガレットが自身との対話を繰り返し、病からの克服の軌跡をアンビエント・サウンドのもとでドキュメンタルに伝えた『Mia Gargaret』(2020年)の姿を重ね合わせることも可能である。

そのように、デヴィッド・バーマンの死という喪失体験を端緒とした本作は、悲哀の感情に内閉せず、その喪失の受容と再起の過程を描写するということが大きなテーマを成している。その構成要素の一つがジェンキンスが、自らの歌を通じて織りなすリリックのなかでの対話である。例えば「さよなら、パープル・マウンテンズ」というリリックが収められた、ドローン・ライクなシンセサイザー・サウンドと耳元への近さを感じるヴォーカルの並置が冷たくもどこか身体的な印象を与える「Ambiguous Norway」では、「あなたは亡くなったけど、あなたはどこにでもいる」という言葉が何度も何度も自身に言い聞かせるように歌われる。それはまさに失われたという事実を認識し、それでもその大切な人と共に生きる術を探す思考の過程をなぞるようである。加え、実際にデヴィッドの名がリリックに登場する、穏やかなピアノとギターに、ホーン・セクションがアクセントを加える「New Bikini」では、デヴィッドの死に向き合うために友人が伝えてくれた「全てを治してくれる海に行くといい」という言葉をめぐって、母や友人との対話が繰り広げられていく。一度起きてしまった喪失はもう取り戻せない。だからこそ、それをいかに受け入れていくか。それは絶え間ない自己との、他者との対話からこそ生まれ出ていくものだろう。

自身の人生において、困難な瞬間に取り組むことについてこのレコードの大半は扱っています。様々な異なった理由で、多くの人が自身の人生のそんな瞬間にいると思います。それは非常に個人的なことかもしれないけれど、不思議なことにみんな、このレコードに共感してくれているようなんです。

《Pitchfork》にて「Hard Drive」がベスト・ニュー・トラックを獲得し、今まで以上に多くのリスナーの耳に自身の歌が届いたことを振り返りつつ、ジェンキンスは上記のように語った。ジェンキンスがデヴィッドの死を端緒に、数々の対話と思考を繰り返しながら生み出した喪失の受容と再起をテーマとしたこのレコードは、2020年に生じたパンデミックによる身近な生活の変容と喪失を経験したこの世界のなかで生きるということのリアリティを、瞑想的で幽玄なアンビエント・フォーク・サウンドと、まるで目の前で展開しているような気丈な生気を刻印した歌声と作中での対話を通じて示している。それこそ、ジェンキンスが述べたような本作に寄せられた「共感」の一因であり、冒頭に記したデヴィッドが最期に私たちに伝えたかもしれない「言葉=希望」というメッセージは図らずも、ジェンキンスの手によってこのレコードに埋め込まれている。(尾野泰幸)


1)これらの記述は、《Since I Left You》《Northern Transmissions》《Indie Midlands》を参考としている。

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