Review

滝沢朋恵: AMBIGRAM

2023 / HEADZ
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聴き手のすぐそばで鳴る歌とギター

01 February 2024 | By Dreamy Deka

シンガーソングライター、滝沢朋恵5年ぶりのアルバム『AMBIGRAM』。「異なる方向からでも読み取ることができる文字」という意味のタイトルに相応しい、不思議な遠近感を湛えた作品である。

日本のフォークロアの流れを汲むポップ・ミュージックという点では折坂悠太、浮、東郷清丸との親和性を感じさせるし、親しみやすくも予測のつかない節回しという点においてはかつてユニットを組んでいた柴田聡子の名前が浮かんでくる。そしてどこまでもブライトなメロディは往年の遊佐未森や大貫妙子を彷彿とさせ、さらに海外にまで視野を広げれば、エイドリアン・レンカーやマキシン・フンケといった姿もその景色の中に捉えることができるだろう。

しかしこの作品は、それらのアーティストたちに名を連なるものであることを声高に主張するわけでもないし、いたずらに射程距離を伸ばそうという目論みがあるようにも感じない。あくまでも歌は聴き手の耳元で、演奏は小さな部屋の中で、そして録音はその親密な空気と温度を封じ込めることだけに集中しているように思われる。

そうして生まれた、幅広い音楽的要素と相反するベッドルーム的な親密さの間に広がる空間。その中にささやかな、しかし一人ひとりにとっては特別な宇宙がある。それは幼い頃に枕元で読んだ絵本のようでもあり、小さな窓から広い景色を見せてくれる理想的なインディー・ミュージックのありようと言うこともできるだろう。

滝沢はサード・アルバム『amphora』の発表後の2019年より活動拠点を地元の北海道に移したとのことだが、海を挟んだ東京の煌びやかな光を遠目に眺めつつ、その中から自分に必要なものだけをじっくりと内側に取り込んでいったのだろうか。本作のアレンジはフォークを基調にしつつ、ポストロック、エレクトロニカ、EDMのテイストまで参照先は多岐に及んでいるが、すべての音が滝沢の歌にとって必要なものであるという一点に収斂している。

それはドラム&パーカッションのイトケン(大友良英スペシャルビッグバンド、蓮沼執太フィル、柴田聡子等)、二胡の吉田悠樹(NRQ)、フルートの池田若菜(THE RATEL、ex吉田ヨウヘイgroup)といった手練のミュージシャンが参加した演奏もまた然り。滝沢の歌声が作り出す空気の起伏にぴったりと添った、良い意味でプロフェッショナリズムを感じさせない、この作品の中だけで通じる言語を持ったプレイに徹している。そしてポストプロダクションと録音を手がけた宇波拓の見事な仕事ぶりも、作品にオリジナルな温度をもたらしている。とりわけ鈴木健太(山二つ)とのデュエット曲「まほう」のシンプルを極めた先の呪術性すら感じさせる音響処理は何度聴いても鳥肌が立つ。

2023年の最後にリリースされたこの作品。要所にモダンな意匠もまといながらも、聴き手のすぐそばで鳴る歌とギターは時間の介入を拒む。それはあまりに慈悲のない2024年の冬を過ごす私たちはもちろんのこと、これから先も長きにわたり、この音楽を必要とする人たちに発見され続けることになるだろう。本作にもその面影を宿している金延幸子「み空」が半世紀の時を超え、今なお聴き継がれているように。(ドリーミー刑事)

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