「本当に美しい音楽を作りたいなら
自分たちはダン・キャリーを選ぶだろう」
Wet Legが語る思いもよらなかったアルバム制作と
ピュアなインディ・ポップ魂
実は、ダン・キャリーが手がけるバンドを感情的になって聴いたことがない。彼がプロデュースしたスクイッドやブラック・ミディ、ブラック・カントリー・ニュー・ロードといった今をときめくバンドが鳴らす音は刺激的だし、聴いていてなるほど、と感心させられることはある。だが、どこか自分の心とは距離があって、対岸で演奏しているバンドを眺めるように、どこか他人事のように聴いてしまうのだ。仕事として再生するけれど、自分にとっての日々の音楽にはならない。でも、このワイト島出身の女性2人組、ウェット・レッグは違った。音が鳴った瞬間、思わずステージの前へ向かってしまうような感情にかられたのだ。
最初はなぜダンがプロデュースを? と思っていた。音楽的な複雑さもないし、テクニックもあるわけじゃない。ついこないだギターを手にしたと言われても信じてしまうほどローファイで、サウンドも新しくもない。でも、何だか楽しそう、という言葉ではうまく伝わらないフィーリングがウェット・レッグには満ちている。きっとダンもそんな彼女たちのユーモラスなフィーリングに触れて、プロデュースを引き受けたのだろう。彼女たちの音楽にはにはいつの間にか消えてしまっていたピュアなインディー・ポップ魂が宿っているような気がしてならない。このインタヴューでは、そんな彼女たちの「アルバムできちゃったよね~最高!」っていうノリの片鱗を感じ取ってもらえるはずだ。
(取材・文/油納将志 通訳/坂本麻里子)
Interview with Wet Leg
──このデビュー作は、ブレイクのきっかけとなった「Chaise Longue」のリリース前に完成していたそうですね。リリース後の大きな反響を考えると、あなたたちにまつわる色々な声を聞くことなくアルバムを完成させたのは良かったんじゃないでしょうか。
Rhian Teasdale(以下、R):……うん、そうだと思う。後だったら、ただでさえ怖かったアルバムのレコーディングに取り組むのが余計におっかなくなっていたんじゃないかな。アルバムのレコーディングは……相当に大きな、とんでもないチャンスだったし。でも、同時に私たちの誰ひとりとして、こう……(もったいぶった口調で)「ものすごい、壮大な作品」(苦笑)をレコーディングしようとしてはいなかったんだよね。私の心の中では、レコーディングなんて手の届かなそうな遠いあこがれ、っていうような位置づけだったから。もちろん、いつかやれたら最高だなと思っていたけど、いったいどうすれば自分たちに実現できるか見当がつかないみたいなものだった。だから、自分としてはとっくにもう、「アルバムをレコーディングできる」ってだけでかなりの大ごとだったし、その意味で、外の世界からのインプット、聴き手は私たちを気に入ってくれるかな? なんていうような懸念を一切無しにレコーディングを済ませたことは、あなたの言う通りで良かったと思う。
──昨年の6月15日に「Chaise Longue」がリリースされてからは、ジェットコースターに乗っているようなスピードの毎日だったんでしょうね。
Hester Chambers(以下、H):いや、ほんとそうで。でも、とにかく、ものすごく楽しかったー! ギグもたくさんやってきたし……英国以外の国にも行けたしね。だから、うん、本当に楽しかった。とは言っても、ここまで素早く物事がトントン拍子で進むなんて、自分たちでは想像すらしていなかったけど。とにかく自分は、良い波に乗っかろうとしてる(笑)
──怖くなることはないですか? バンドにまつわるバズはすごいですし、レヴューも軒並み良くて、「現在、世界最高の新人バンド」なんて形容で語られているし。
H:その手の大げさなコメントは特に、「実は長続きするものじゃないでしょ〜」みたいな。だって、今ってまさに、良い音楽が本当にいくらでもリリースされ、作られている時代なわけで。だから、そういうコメントをたくさんもらえるかよりも、「うわっ、とんでもない量!」って感じるくらい、良い作品であふれかえってる状況があるんだし、その角度から考えれば自分たちは本当にラッキーだなぁ、と思う。これだけ色んなものが起きている中で、人々が私たちを信じてくれるというか、私たちの音楽にも耳を傾けてくれているってことだし。
──そんなとんでもない半年で、いちばんの経験はなんでしたか?
R:(ふたりとも嬉しそうに顔を見合わせて考えている)そうだな、自分に思い浮かぶのは、やっぱりライヴ絡みの体験だと思う。いくつか思い浮かぶギグがあって……1月にアイドルズのブリクストン・アカデミー公演のサポートを担当したんだけど、あれはもう……とにかくめちゃ楽しいギグだった。バンドとしてだと、演奏を終えてステージから引っ込んだところでお互いに「今夜、どうだった?」と聞き合うと、同じギグなのにメンバーはそれぞれにかなり違う経験をしていた、なんてこともたまにある。でも、ことあのライヴに関して言えば、全員が「うん、すごくエンジョイした!」、「マジ楽しかった!」ってノリだったし、とにかくほんと、プレイしててすごく良い気分で(照れ笑い)。うん、ひたすら気持ち良かったっていうか、良いフィーリングだった。
H:(笑)。そうだなあ……これもギグの話になるけど、パリの観客が印象的だった。私たちが初めて英国以外でプレイしたときだったし、会場に来たお客さんはもう、ほんと盛り上がりまくりで。(目を丸くして)っていうか、こんなのあり? みたいな。あんなにエキサイトしてるギグを体験するのは、自分も初めてだった。場内は暑くて熱気ムンムン、あのとき、私たちのギグで初めてクラウド・サーフィングも起きて(笑)。ステージからダイヴするお客も続出。誰かがぶつかってきて、私のマイク・スタンドを倒されちゃったり……いやほんと、あれはマジな「大騒乱」だった(苦笑)
──アルバムが完成してからすでに約1年が経過しました。客観的に聴くことができるだけの時間が経ったと考えますが、ご自身でどのような作品になったと思いますか?
R:アルバムのレコーディングをやり遂げたことをとても誇りに思っているし、自分たちは次に何をやるだろう? って、すごくエキサイトしてもいる。だけど正直、「振り返ってじっくり考える」ことはあんまりできないっていうのかなぁ。というのも、もう済んだことだから。だから今の自分は、次の作品に取り組むことの方にものすごく興奮してるってとこじゃないかな。今のバンドの顔ぶれとやるんだと思うとワクワクさせられるし、1枚目が出たことで2枚目にも取りかかれるわけだし、すごく楽しくなるだろうと思ってる。
──アルバムのサウンドは90年代のオルタナティヴ・ロックからの影響も感じられますし、一方で特にザ・レインコーツやザ・スリッツ、デルタ5など、80年代のポスト・パンクに通じるところもあります。ジャンルレスに様々な音楽を聴いてきたことがアルバムから感じられますが、ふたりの音楽遍歴について教えてください。
R:私は、小さい頃はミュージカルの音楽を聴いてた。とにかくミュージカルのお芝居に夢中で(苦笑)。かなりダサいよね、それって。で……15歳くらいだったかな? 姉のiPodで音楽を聴くようになって。両親は特に音楽が大好きってわけじゃないから、家ではそんなに音楽は流れていなかった。でも、私には姉が3人いるから、彼女たちのiTunesを使ってPJハーヴェイとかアヴァランチーズ、ビースティ・ボーイズ、それからシガー・ロスなんかを聴いてた。で、17、18歳になった頃にSpotifyが出て来て。それこそ世界中のすべての音楽にアクセスできるようになったし、新たなとんでもないものが出現した、すごい、信じられない!みたいな(笑)。そこから、北欧やアイスランドの音楽をたくさん聴き始めたんだ。エフタークラングやムームとか。でも、キングス・オブ・レオンやザ・ストロークスなどのロックも聴いてたし、その一方でフォーキーなデヴェンドラ・バンハートやジョアンナ・ニューサムといった類いのものもよく聴いてた。だから――
──かなりの混ざりぶりですね(笑)
R:だよね(笑)
H:私も同じかな。大きくなっていった頃、私の母親は四六時中音楽を流していて、彼女の聴いていた音楽には本当に影響された。ニック・ドレイク、ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、ジョニ・ミッチェルとかはいまだによく聴くし、そうした音楽はすべて自分の中にしっかりと定着している。それに、兄がいるんだけど、彼がハマっていたのはロックやメタル寄りのサウンドで、デフトーンズとか。この手の音楽が今でも好きだし聴くけど、大きくなってからは、リアンと同じように良い音楽はいくらでもあるし、とにかく自分がクールと思える音楽をとにかくたくさん聴いてきた感じかな。
──制作する前にイメージしていたアルバム像と完成した作品に違いはありましたか?
R:とにかくすべてがあっという間に起こったから、私自身はあんまり……いや、自分たちでもしっかり考えていなかったんじゃないかな? 要するに、(改まった口調で)「というわけで、いよいよアルバムを作ることになりました! 自分たちはこれこれ、こういうサウンドにしたい!」みたいな風に考えなかったと思う。アルバム作りのプロセスの初期段階ですら、私たちがプロデューサーを誰にしようかとか話していたくらいだから。A&Rのジョーダンが「君たちで軽くプレイリストでも作って、お互いに参照し合ったらどうかな? そうすれば僕にも、君たちが一緒に仕事したさそうな人たちにコンタクトを取りやすくなるから」と言ってくれて。とにかくその提案に飛びついた、っていう。私自身は、誰とやりたいか、アルバムをどんなサウンドにしたいか、具体的にわかっていなかったから。こんな感じの音にしたい、という参考例をプレイリストにしたのは良かったと思う。スタジオ初日は、半分くらい出来上がってた楽曲をバッグに詰め込んでとにかく現場入りした、っていう感じだったし。
H:デモの段階でもう、すべての楽曲にアイデンティティが備わっていたと思うよ。とにかくデモを元に、ダン(・キャリー)の素敵なスタジオに入って録音したんだ。
──ダン・キャリーを起用したのはあなたたち、それともレーベル側だったのでしょうか。
H:さっきも話に出たA&Rのジョーダンが色々とプロデューサー候補を探してくれて。ジョーダンから「ダン・キャリー」の名前を示唆されたときは、私は「えーっ、マジに〜〜っ!? 冗談でしょ、それ?」みたいなノリだった(笑)。すごく彼を尊敬していたし、そもそもすごくファンだったから。彼が手がけたフォンテインズD.C.が決め手で、瞬時に頼めるなら「彼にお願いしたい」と思った。本当に美しい音楽を作りたいなら、自分たちは彼を選ぶだろう、と。だから彼に実際に会ってみたところで、これで決まり、考えるまでもない、そんなところだったんじゃない?
R:ダンと一緒に仕事ができて、自分たちは本当に運が良かったんだと思う。彼はほんと“魔法使い”なんだよね、すごくコズミックな人で。本当の意味でのコラボレーションだなっていう手応えがあったし、レコーディングの間じゅう、ずっとそう感じられた。うん、あれは本当に強烈な旅路だったな。
──ワイト島で生まれ育ったことが、アルバムに何かしらの影響を与えていますか? 6曲目の「Convincing」での“他の女の子たちは気にすると思う? 夜の間に私もひと泳ぎしたら 夜の渚で 濡れた足 発光プランクトンめ”という一節はロンドンのバンドには書けないものだと感じたのですが。
H:たしかに、ロンドンじゃ発光プランクトンにはお目にかからない!(笑) 思うに、ついつい自分に起きたことや、自伝めいたところのある歌詞を書きがちっていうのは、ある程度は避けようがないんじゃないかな。書いてみて分析してみたら「あれ、これ、ちょっと意味があるよね?」と思ったりね。一方で、単純にすごく楽しい、完全に無意味なことを書くこともある。私たちとしては「声に出して歌ってるとひたすら楽しい〜!」、単にそれだけだったりするし、一方で、聴いた誰かさんの心に響くかもしれない、そういう歌詞もあるわけで。そこもまた、アート全般に当てはまる“美しさ”のひとつなんじゃないかな。夢中になって吸収すれば、その人の好きなやり方で、どんな風にだって共感・理解してもらえる、っていう。素敵だし、同時に一種妙でもあるよ(照れ笑い)、自分の書いた歌詞に人々から関心を持たれて、あれこれ解釈されるっていうのは。
──なるほど、当方の解釈としては、夢の中で「これは夢だ」と気付いている状態、Lucid Dreamのような印象も抱いたのですが?
R:うん、うん。それは良い解釈じゃないかと思う。思うに、歌詞がどれもそういう感じなのはたぶん、かなり現実に根ざしてはいるんだけど、そこからコントロールが効かなくなっていって、あらゆる類いのイマジネーションやおかしなイメージに横滑りしていくからじゃないかな。
──年齢のことを指摘して失礼かもしれませんが、ふたりとも若いとは言えない30歳手前のデビューになりました。学校を出たばかりで18歳でデビュー、なんて人もいますが、それに較べれば比較的歳上だな、と。
R:うんうん(笑)。
──だからでしょうか、歌詞はハッピーなフィーリングと、年齢と経験がもたらす冷静な視点が混在しているように思いますが、いかがでしょうか?
R:そうだと思う。昔の自分が書いた歌、それこそ17歳くらいの頃の歌を振り返ってみると、どれもやたらと、当時の自分が頭の中で想像していた色んなこと――「誰かと恋に落ちるとこんな感じかな」、「何かを失うのって、たぶんこんな気持ち」とか、とにかく「きっとこうなんだろう」って想像をめぐらせていた感じで。もうちょっと歳を重ねることで、若い頃よりも多くの視点が身につくわけで、そのぶんもっとたくさんの人々と繫がりを持つことができるようになると思う。かつ、頭で考えただけじゃなく、すべて歳月や経験を経た上での、本心だし。
──アメリカやメキシコも含むツアーがスタートしますし、6月にはワイト島フェスティヴァルにも出演します。年末まで大忙しになりそうですね。
R&H:(笑)イェーイ!
R:すごくおかしいんだよね、だって、自分たちのカレンダーを見てみると、もう今年いっぱいスケジュールが詰まってるじゃん、みたいな(笑)。とにかく、楽しいと思えることを色々経験できればいいなと思ってる。だけど、やっぱり一番大きいのはファースト・アルバムのリリース、そしてアルバムがどう受け止められるか、じゃないかな。うん、とにかくアルバムが好評でありますように、と自分たちでも願ってるし、楽しいギグもたくさんプレイしたいし、常にグッド・タイムだといいな、と。日本に行くことがあったら、温泉に行きたい!
H:だね!
<了>
Text By Masashi Yuno
Photo By Hollie Fernando
Interpretation By Mariko Sakamoto
Wet Leg
Wet Leg
LABEL : Domino / Beatink
RELEASE DATE : 2022.04.08
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