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vanity records
音楽とメディア、身体や空間の関係性を再編成するために

24 July 2021 | By Yoshitaka Mouri

ここにきて《vaniy(ヴァニティ)》関連の音源と資料が一気にリリースされている。《vanity》とは、《vanity records》。1978年から1981年にかけて、阿木譲が編集長を勤めていた音楽雑誌『ロック・マガジン』が設立したインディペンデント・レーベルである。海外で《Virgin》や《Rough Trade》など既存のレコード会社とは一線を画した新しい独立系のレーベルが登場し、パンクやポストパンク、ニューウェイヴ、テクノ、インダストリアル、そしてさまざまな実験音楽を生み出していたのを受けて、日本で生まれた最初のインディーズのレーベルの一つである。『ロック・マガジン』を通じて音源が募集され、4年弱の間に11枚のLP、3枚の7インチシングル、6本のカセットテープ、そして『ロック・マガジン』の付録のソノシートが製作された*1。

  ラインナップは、パンクやプログレ、テクノやエレクトロ、インダストリアル、実験音楽まで多種多様である。リリースされた音源の多くは音楽雑誌を通じた公募という形式で集められたために必ずしもプロではない無名の若いアマチュアのミュージシャンも数多く参加していた。主宰の阿木譲の個人的な色彩の強いレーベルだった。

『ロック・マガジン』という当時はカルト的な人気を誇った雑誌のレーベルだったので、名前はそれなりに知られているかもしれない。けれども、実際に『ロック・マガジン』の関係者のサークルを越えてどの程度音源が聴かれていたのかはよくわからない。Phewがヴォーカルだったアーント・サリーのファースト・アルバム(『アーント・サリー』1979年)や関西では既にそれなりに活動が知られていたDADAの『浄〜JYO〜』(1978年)以外は、私自身もリアルタイムではほとんど聴いていなかった。「伝説」のレーベルといえばそうなのだろうが、「伝説」の『ロック・マガジン』のさらに限定的なサークルの秘密結社的な存在だったように当時はみえていた。音源を聴くようになったのは、インターネット環境が整備された比較的最近のことである。

2019年になって《vanity》からリリースされた音源が『Musik』、『Vanity Tapes』、『Vanity Box』といった三種類のCDボックスで再発された。これは2011年にはすでに完成していたものの権利関係でお蔵入りになっていたものである。さらに、2020年《きょうRecords》は『remodel』という企画の下で、『Music』、 『The Limited Edition Vanity Records Box Set VAT 1-6』、2021年に『TOLERANCE』、『Vanity Box Ⅰ』、『Vanity Box II』がやはりCDボックスとして発売され、それまでほとんど聴くことができなかった音源の多くが聴取可能になった。さらに今年7月には、《vanity》からリリースされた音源の情報、データ、解説に加えて、その当時の関係者や参加アーティストのミュージシャンのインタビュー、『ロック・マガジン』の当時の編集者の論考を集めた『vanity records』が出版された*2。

先に述べたように、こうしていわば発掘されたアーカイヴがジャンルも参加ミュージシャンも多種多様で玉石混淆である感は否めない。けれども、その混沌としたアーカイブにはこの時代の多くの実験的な音楽の試みが収められ、日本における先鋭的な音楽シーンの発展を考える上で貴重な資料であることもまた疑いない。同時代の海外の動向の影響を受けつつも、国内にとどまらず国際的にも評価できる新しい音楽のシーンを形成していたこともいまでははっきりとしている。最近になって再発されたCDボックスが海外レーベルの主導によって日本国外で高く評価されていることは、このことを端的に示している。『ロック・マガジン』や阿木譲の仕事を含めて40年経ってやっとあらためて《vanity》の軌跡を検証する時期に入ったと言えるだろう。

こうした歴史的な再評価が進む中で、《vanity》から1980年に『R.N.A.O Meets P.O.P.O』を発表したR.N.A. Organismが、『R.N.A.O Meets P.O.P.O』に収められなかった別ヴァージョンのミックス音源集『Unaffected Mixes ±』を2枚組のヴァイナル盤としてリリースした。R.N.A. Organismは、やはり80年代初期の実験的ファンク・ユニット、EP-4のフロントマンだった佐藤薫が初めてプロデュースしたテクノ/エレクトロ/ファンク/実験音楽のユニットである。佐藤薫は、この時期にブラック・ミュージックとパンクや電子音楽、エレクトロなど実験的な音楽から民族音楽までさまざまな音楽をミックスしてかける実験的なディスコ《クラブ・モダーン》(京都)のDJとしても活動しており、R.N.A. Organismはその延長線上にあったと言えるだろう。すでに、『Vanity Box II』の中で同じコンセプトの『Unaffected Mixes』が発表され、2枚組のヴァイナル盤はその別ヴァージョンである。

驚かされるのは、1980年の『R.N.A.O Meets P.O.P.O』と『Unaffected Mixes Plus』が全く異なった印象を与えることである。多くの人が指摘するように『R.N.A.O Meets P.O.P.O』は、キャバレー・ヴォルテールのような当時のインダストリアル/エレクトリック・ダンス・ミュージックと多くの共通点がある一方で、『Unaffected Mixes Plus』はより一層過激にミックスされており、最近の音響的/空間的な音楽の展開を先取りしているようだ。実は最初に聴いた時に、再発するにあたり新しく作り直したものだと思っていた。とはいえ、『ele-king』の最近のインタビューの中で、『Unaffected Mixes Plus』も『Unaffected Mixes ±』もあくまでも未発表のテイク集であって基本的には手を加えていないと佐藤薫自身が答えている*3 ので、あくまでも40年前の音源のアーカイヴの中に埋もれていたものとして理解すべきなのだろう。R.N.A. Organismの二つの音源の差は、ヴァニティのオリジナル盤が阿木譲のディレクションの下で作られたのに対し、別テイクはそこからこぼれ落ちたもの、ボツになったものということらしい。

R.N.A. Organismの二つの音源は、音楽に対する歴史や発展という概念について考えさせられる。ポピュラー音楽、特にダンス・ミュージックの歴史は、一般に考えられているように過去から未来へとリニアに一方通行で時間が流れているわけではない。むしろ音楽は過去から現在までデータベースとして等距離に配列されていて、場所や時間、そこにいる人々によって自在に引用される。古い音楽に新しい解釈と魂が与えられて蘇ることも珍しいことではない。音楽を取り巻くテクノロジーは確かに進歩するが、音楽そのものはテクノロジーのように時代とともに進歩するわけではないのだ。R.N.A. Organismの別テイクが現在の音に聴こえるのは、40年前に現在の音を先取りしていたということではなく、むしろこの2020年にR.N.A. Organismを現在の音に聞こえさせるような条件が整っているということなのだ。このことは新型コロナウイルスの感染拡大の中で音楽シーン全体が危機的な状況にある今の状況を考えると、とても示唆的なことに思える。

もう一つあらためて考えさせられたのは、『ロック・マガジン』と《vanity》の時代の音楽をめぐるメディアの環境の特異性である。当時はもちろんYouTubeもSpotifyもインターネットも存在せず、音楽を聴くメディアは基本的にレコードしかなかった。ラジオやレンタル・レコードの音源は限られていた。レコードは十分に高かったので、購入には大きな決意が必要だった。現実的にその多くは友人と共有され、カセット・テープによって流通していた。また情報が交換される喫茶店やライヴ・ハウス、オルタナティヴ・スペース(といってもだいたい狭く暗く汚い空間だった)が重要な役割を果たしていた。

音楽を語る上で、一般のオーディエンスがどのような音楽の受容状況にあったのかを考えることは重要である。《vanity》の音源を聴いていたのは、『ロック・マガジン』のまわりのサークルに属している人、関連した音楽産業の人、そしてそのまわりのコアなファンである。それは、あくまでも小さなサークルだった。そのサークルに属さない多くの『ロック・マガジン』の読者は、音楽を聴覚ではなく、雑誌を通じてヴィジュアルや活字を通じて視覚的に音を想像しながら楽しんでいたのである。『ロック・マガジン』やそれを取り巻く文化が輝いて見えたのは、逆説的だが一般のオーディエンスにとって音源が遠い存在だったからにほかならない。

音楽批評の停滞が言われて久しい。実際、批評的な音楽雑誌の多くは店頭から消え、音楽の評論だけで生計を立てていくことはますます難しくなりつつある。この音楽批評の危機は、一般のオーディエンスが比較的簡単に音楽に直接アクセスできるようになったことと相関関係にある。《vanity》の音源も実際にCDとして再発される前から、おそらく無許可だとは思うがネット上で聞くことが可能な状態になっていた。

もちろん、『ロック・マガジン』のような雑誌も《vanity》のようなレーベルも今の時代には存在することはできないだろう。けれども、その一方でこの時代を単なる過去、時代の一ページとして懐古的に振り返るというのもまた十分ではないように思える。むしろ私たちが今どのように音楽とメディア、身体や空間の関係性を再編成するための手がかりを得る素材として活用すべきなのだ。R.N.A. Organismの音源は、そのことを伝えるために40年間ひっそりとタイム・カプセルに入れられていたように感じられるのだ。(毛利嘉孝)





*1 松山晋也「『Vanity Box』幻の音源が一挙再発~動き続ける音の先端だけをとらえた記録」『ele-king』2020年2月3日
http://www.ele-king.net/review/album/007397/

*2 東瀬戸悟「阿木 譲とVanity」『きょうRECORDS』、2021年1月29日
http://studiowarp.jp/kyourecords/阿木-譲とvanity/

*3 野田努「甦る、伝説のエレクトロ・ノイズ・インダストリアル──佐藤薫、インタヴュー」『ele-king』2021年7月12日
http://www.ele-king.net/interviews/008225/


R.N.A. Organism

Unaffected Mixes ±

LABEL : φonon
RELEASE DATE : 2021.07.16


CDの購入はこちら
Tower Records / diskunion / Amazon



R.N.A. Organism

UNAFFECTED MIXES PLUS

LABEL : Day Tripper
RELEASE DATE : 2021.07.23


アナログ・レコードの購入はこちら
diskunion



vanity records

PUBLISHER : きょうRecords
RELEASE DATE : 2021.07.23


阿木譲主宰レーベル《vanity》のアートワークや雑誌『ロック・マガジン』のアーカイヴ記事などを392ページに渡りまとめたヴィジュアル本


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きょうRecords

Text By Yoshitaka Mouri

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