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《The Notable Artist of 2022》
#3

Violeta Vicci


トム・ヨークらも魅了されたクラフツマンシップ強いヴァイオリニスト/音響クリエイター

この人のことを気にかけるようになったのは、近年のトム・ヨークやジョニー・グリーンウッド周辺で名前を見かけるようになってからのことだ。トム・ヨークのアルバム『ANIMA』(2019年)に本名の「Violeta Barreña(Witschi)」がクレジットされていて、今のトムがどういうクラシック音楽系演奏者を迎えているのか気になって調べたのがきっかけだった。そのあとは、ジ・オーブだったか、グルーヴ・アルマダだったか……いずれにせよ、「ヴィオレタ・ヴィッキ」と名乗るようになったあたりから、高い技術とセンスを持ったヴァイオリニストであることを知るに至り、なるほど、アメリカでロブ・ムースもメンバーのyMusic周辺がザ・ナショナルやボン・イヴェール界隈と接続しているように、イギリスではとりわけクラシック音楽との接近が顕著なジョニー・グリーンウッドらと近い距離にいることがとても自然に思えた。かつての坂本龍一よろしくジョニーが多くの映画音楽の仕事を重ねていく中で、このヴィオレタのような演奏家が可能性を広げる一助となっていることも想像に難くない。

今後より一層多岐に渡る活躍が期待できるヴァイオリニストでありエレクトロニック・ミュージシャンであるヴィオレタ・ヴィッキ。スイス、スペイン、イギリスの3ヶ国を拠点に活動していて、自身7ヶ国語を操ることができるという。4歳でヴァイオリンを始め、15歳でコンサート・デビュー。ロンドンの王立音楽院と王立音楽大学で学び、ロイヤル・フェスティバル・ホール、ロイヤル・アルバート・ホール、バービカン・センターのほか、イギリス国内及びオーストラリア、オマーン、メキシコ、フランス、チリ、ドイツ、ベルギー、スペイン、スイス、イタリアなど海外公演も多数こなしてきた筋金入りだ。

だが、「バッハと現代音楽が得意」なヴァイオリニストであることを認める一方、カントリーにおけるフィドルや路上演奏的な表現にも柔軟な彼女は、どういういきさつからか、エルボーとステージに立ったり、スティーライ・スパンの50周年記念ライヴに出演したりとポピュラー音楽のフィールドでも活動するようになっていく。トム・ヨーク、ジョニー・グリーンウッド、ジ・オーブ、ヨンシーといったアーティストとの交流が伝わってくるようになったのもここ2年ほどのことで、オフィシャル・サイトによるとフォンテインズD.C.ともコラボレーションをしたことがあるという。ヴァイオリンとクラシック・ギターのユニット=Duo Diezとしても活動しているようだ。

昨今、領域を横断する音楽家、演奏家が決して珍しくはない中で、それでもヴィオレタが興味深い存在になってきているのは、ミュージック・コンクレート的な手法をとりいれたり、あるいはアンビエント〜環境音楽としても堪能できる、いわば音響効果をベースにした作品作りに積極的なところだ。ペダルなどのエフェクターを用いた音色細工を貪欲に行い、繰り返しダビングを行なうことによって、一つのフレーズが幾重にも広がっていく操作性を、彼女は自分自身の演奏に与えていく。そのスタイルは2019年に発表された彼女にとって初となる正式なソロ・アルバム『Autovia』で早くも結実しているわけだが、今改めて聴いても、主となる楽器はヴァイオリンではないものの、クラシック音楽とポップ・ミュージックの架け橋的な存在というより、クレア・ラウジーやサラ・ダバーチのようなエクスペリメンタルでクラフツマンシップの強い感覚を持った音響クリエイターという捉え方が近いかもしれない。ヴァイオリンを弾きながら自ら精霊のような声を発する「Improvisation VI」(バッハ、ウジェーヌ・イザイ、イモージェン・ホルストなどもとりあげた2021年発表のセカンド・アルバム『Mirror Images』収録)あたりを聴くと、生楽器と合成音とが合わさった創作性強い作風が3月に新たなソロ作が出るジェニー・ヴァルを少し思い出させる。

そんなヴィオレタは特にコロナ禍以降、精力的にYouTubeでライヴ・ストリーミングを行っている。共同プロデューサーのダン・ドネガンと、ヴィデオグラファーのベン・K・アダムスと共に企画されている《Live Music in Nature》は、イギリスやスイスなどの美しい自然の中で録音され、弦楽器、声、エフェクターなどを組み合わせた演奏が楽しめる配信シリーズ。雄大で幻想的な風景と技巧的でさえある彼女のパフォーマンスの融合には思わず目が奪われてしまう。オリジナル曲で占められた作品としては、ギャヴィン・ブライヤーズからの影響も感じさせるイギリスのダン・マイケルソンと組んだ『Wood Whistle Bone』が最新。《Nonesuch》や《Deutsche Grammophon》あたりが放っておかなさそうな才媛だ。(岡村詩野)

Text By The Notable Artist of 2022Shino Okamura


【The Notable Artist of 2022】


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