《The Notable Artist of 2022》
#8
Maylee Todd
ヴィジュアルな表現を意識するメイリー・トッドがヤマハ製テノリオンをいま奏でる可能性
ファースト・アルバム『Choose Your Own Adventure』がリリースされたのが2010年、この人は決して新人ではないが、2022年の活動に期待したい。これまで地元であるカナダのトロントでシンガー・ソングライターとして、パフォーマンス・アーティストとして、プロデューサーとして、様々な顔を持って活動していたアーティストだ。同地のレーベル《Do Right! Music》からリリースした2017年の『Acts of Love』までで、すでに3枚のアルバムを発表している。ここ日本では、Kan Sanoの楽曲への参加や2度ほどの来日公演、ラジオ出演などから、彼女の名前や音楽を聞いたことがあるという人は多いかもしれない。
そんな彼女が、長年活動の中心としてきたトロントを離れ、近年、様々なアーティストが集まる場所、アメリカのロサンゼルスに拠点を移した。しかも、来たる3月4日にリリースされる約4年半ぶりの新作は、同地のレーベル《Stones Throw》からのデビュー作になるというから、その動きに注目したくなる。けれど、拠点を移したことやレーベルの移籍だけでなく、注目したいのは彼女が活動当初から使用してきた、2007年発売で現在は生産完了品のヤマハ製の電子楽器、テノリオンを2020年代の今、自身のメインの楽器として鳴らしてみせようとしているところだ。岩井俊雄と西堀佑によって開発され、発売以降ビョークやレイ・ハラカミ、ルビオラをはじめとする音楽家たちによって演奏されてきたこの楽器が、再度、私たちの前に現れた。
これまでの彼女の作品を振り返ってみると、ボサノヴァからの影響とハープの音が印象的な2010年の『Choose Your Own Adventure』、ソウル・ミュージックやアシッド・ジャズを思わせる2013年の『Escapology』といったようにこの2作は、他の演奏家たちと共にスタジオで制作された生楽器によるアンサンブル中心の作品だった。それらとは打って変わって『Acts of Love』(2017年)は、彼女が自宅で制作したという宅録作品で、この時からシンセサイザーなどを使って、エレクトロニック・ミュージックに一気に傾倒していくようなところがあった。
2020年10月にリリースの《Stones Throw》からの最初の楽曲「No Other」は、電子音楽への傾倒はそのままに、テノリオンをメインの楽器として使用していたことに驚きがあった。楽曲のアートワークにもテノリオンの画像を大きくデザインし、さらに翌月11月にはレーベルのYoutubeチャンネルで同曲のライヴ映像を公開。プロデューサーであるKyvitaと一緒に演奏されたこのライヴは、テノリオンを演奏しながらの、さながら弾き語りで、上下左右に配置された16×16のボタンで入力して音を組み合わせて作られたアルペジオと、この楽器の特徴である各ボタンが発光する様子が、視覚を通して音と連動しながら神秘的に響いてきた。
話は変わるが、近年(コロナ禍とそのもう少し前からだろうか)、様々なアーティストがシーケンサーやモジュラー・シンセサイザーなどの電子楽器の演奏を、楽器にフォーカスして撮影、InstagramやYoutubeなどのプラットフォームにアップロードし、それらの映像がリスナーに視聴されているような状況がある。例えばInstagram上で#tenorionと検索するとそういった演奏動画がいくつも出てくるし、メイリー・トッド本人がこのハッシュタグをフォローしていたりもする。演奏方法についての知識を共有するという側面もあるだろうが、ここ数年の動画メディアの視聴頻度の増加と共に、電子楽器の音を視覚的に捉えるという意識が増すことに貢献しているとも感じる。ギターやベースのような楽器に比べると演奏時の動きが小さい電子楽器、その音を視覚を通して認識するという機会が増えている。
そんな折、メイリー・トッドによるテノリオンを使ったライヴ映像では、そのエレクトロニックでスペイシーな電子楽器特有のサウンドが、楽器の発光と共に、視覚をも刺激するかたちで届けられた。トッドは、過去に《Vitual Womb(バーチャルな子宮)》と銘打って生まれ変わりをテーマに、会場ごと演出した体感型のライヴ・パフォーマンスを企画していたり、先ごろ新たにリリースされた新曲「Show Me」では自身で映像を手がけたミュージック・ヴィデオも公開していたりと、ヴィジュアルと音の繋がりに意識的なアーティストと言える。リリースを控える新作アルバム『Maloo』も彼女のアバター名から名付けられたという。
ヤマハのテノリオンの商品ページを覗くとこんなことが書いてある。「ある日車に乗っていたら、雨がパラパラっと降ってきた。フロントグラスに落ちた雨粒を見ていて、この点とこの点を繋ぐと小さな三角形ができるな、こっちをつなぐと大きな四角形ができるな、それを同時に動かすと、ポリリズムができるな、と無意識に思いついて『アッ!』これをテノリオンのスイッチで光らせたり動かせたりしたら面白いのではないか、と気づいたわけです」これは開発を担当した西堀佑によるエピソードだ。
雨の情景から着想されて開発されたこの楽器が、発売から10年以上のときを経て今一度、メイリー・トッドによって、2022年のリスナーの聴覚と視覚に刺激的に映りはしないだろうか。それは、2010年代の宅録全盛と共に起きたラップトップ上で展開される無数のソフト・シンセサイザーやプラグインとはまた別の、過去からやってきたフィジカルで視覚的な電子音楽の可能性に思えるのだ。(加藤孔紀)
Text By The Notable Artist of 2022Koki Kato
【The Notable Artist of 2022】
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