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「このままだとコーヒー・ゾンビになっちまうぞ」
グダグダ社会を揶揄するジム・ジャームッシュ監督作
『デッド・ドント・ダイ』

18 June 2020 | By Yasuo Murao

長い自粛要請期間が過ぎ、6月に入ってようやく映画館が再開された。そこで気になる一週目の映画の興行成績を調べた時、そこで燦然と輝いていたのが初登場で2位を記録した『デッド・ドント・ダイ』だ。ジム・ジャームッシュ監督が初めてゾンビに挑戦したことで話題になった本作。不景気になるとホラー映画がヒットする、という俗説があるが、コロナのパンデミックで明日をも知れない日々のなかで、観客がゾンビ映画に何を求めたのか、と考えると興味深い。もし、そこに血みどろのバカ騒ぎで憂さ晴らしを求めていたとしたら、戸惑いながら劇場を出た観客も少なくないだろう。ここで笑いのネタになっているのはカリカチュアされた現代社会であり、破滅に向かう人間達の姿だからだ。

物語の舞台はアメリカの小さな田舎町、センターヴィル。平和そのもの町で、動物が失踪したり、スマホや時計が壊れるという不思議な現象が発生。町をパトロールする警察署長のクリフ(ビル・マーレー)は、町の異変に胸騒ぎを覚えていた。そんななか、内臓を食いちぎられた女性の変死体がダイナーで発見される。前代未聞の事件にクリフは困惑するが、部下のロニー(アダム・サンドラー)は「ゾンビの仕業かも」と呟く。そして、その不吉な推理は的中。墓場から次々と死者が蘇り、ソンビとなって住民を襲い始めた。クリフとロニーは銃やナタを武器にしてソンビと死闘を繰り広げる。

これまで時代とともにゾンビ映画は変化を遂げてきたが、『デッド・ドント・ダイ』の設定はオーソドックスで、同じく田舎町を舞台にしたジョージ・A・ロメロ監督のゾンビ・クラシックス『ナイト・オブ・ザ・リヴィングデッド』(1968年)を彷彿させるところがある。ジャームッシュはジャンル映画的なフレームを使い、そこに独自のヒネりを加えていくが、そのひとつが個性的なキャラクターだ。本作のスクリーミング・クイーンにしてヒステリックな女性巡査、ミンディ(クロエ・セヴィニー)。森で暮らす世捨て人、ボブ(トム・ウェイツ)。人種差別主義者の農夫、フランク(スティーヴ・ブシェミ)。ホラー・オタクの雑貨屋、ボビー(ケレイヴ・ランドリー・ジョーンズ)。そして、きわめつけは謎めいた葬儀屋のゼルダ(ティルダ・スウィントン)だ。ゼルダは遺体に派手な死化粧を施す独自の美意識の持ち主で、日本刀を巧みに操る武道の達人でもある。

そんなアクの強いキャラクター達に囲まれて、クリフはまともな反応をする常識人。ためらいなくゾンビをナタでぶった切る、無表情で得体のしれないアニーとのやりとりで、じわじわと笑いを生み出す引きの演技にマーレイの名人芸が光る。そして、力が抜けたビルとアダムの掛け合いが物語に心地よいリズムを生み出し、ジャームッシュ・ファンにはおなじみのオフビートな味わいを醸し出している。とはいえ、ホラー描写に手抜きなし。ゾンビの食事シーンやゾンビ退治シーンはしっかり描かれているし、キュートなセレーナ・ゴメスが血まみれになって食べられている姿を、無駄に繰り返し見せるサービス・カットもある。

Frederick Elmes / Focus Features © 2019 Image Eleven Productions, Inc.


そして、人間同様、ゾンビも個性豊か。なかでも忘れられないのが、イギー・ポップが演じるコーヒー・ゾンビだ。どう見てもイギーにしか見えないゾンビが、ダイナーにヨロヨロと入ってきて、あの低い声で「コーヒー……」と繰り返しながら人間を襲う(一緒に入ってくる嫁ゾンビは、ジャームッシュの妻、サラ・ドライヴァー)。ゾンビには生前に欲望を抱いていたものに執着する、という習性があり、「シャルドネ……」と繰り返すワイン好きゾンビや、お菓子ゾンビ、スマホ・ゾンビもいる。ロメロの名作『ゾンビ』(1978年)では、スーパーマーケットに群がるゾンビを描いて消費社会を揶揄していたが、『デッド・ドント・ダイ』はその批評精神を受け継いでいる。

思えばコロナ騒ぎで人々がマスクやティッシュに群がって暴力沙汰も起こったが、それはまさにマスク・ソンビやティッシュ・ゾンビ。アメリカで反人種差別デモが広がるなか、暴徒化した人々がスポーツ用品店に押し入ってスニーカーを略奪する様子をニュースで見た時は、スニーカー・ソンビだと思った。『デッド・ドント・ダイ』に登場するゾンビは、理性を失い欲望や憎しみに囚われた人間たちの姿だ。ジャームッシュが同じようにホラーの枠組みを使い、吸血鬼を描いた『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』(2013年)が幻想的なラヴロマンスだったのに対して、本作ではこれまでにないストレートさで現代社会を風刺。無数のゾンビに町が呑み込まれていく様子を、望遠鏡で眺めている世捨て人ボブの姿に、カメラを通じて現実を描くジャームッシュの姿が重なる。そして、その毒気たっぷりの笑いは、悪ふざけへと発展。パロディや楽屋オチが次々と繰り出されるなか、葬儀屋ゼルダの正体には唖然とさせられる。物語が進むに連れてグダグダな展開になっていくのは、世の中がどうしようもなくグダグダだから。ジャームッシュは厭世観を漂わせながらも、ユーモアを通じてグダグダな世界をなんとか愛そうと努力しているようにも思える。

そんな本作のテーマ・ソング「The Dead Don’t Die」を手がけているのは、グラミー賞を受賞したカントリー・シンガー、タージル・シンプソン(映画ではゾンビになってギターを引きずって登場)。ジャームッシュは脚本をシンプソンに送り、ミッド・センチュリー・スタイルの定番カントリー・ソングに仕上げて欲しい、と依頼した。ミッド・センチュリー(50年代)といえばアメリカが豊かだった時代。時が止まったようなアメリカの田舎町で、カーラジオから繰り返し流れる「The Dead Don’t Die」は、ノスタルジックな風情を漂わせている。でも、曲で歌われているのは死者(ゾンビ)たちのこと。「どの街角にも一杯のコーヒーが待っている ある時、俺たちは目を覚まし、その街角が消えたことを知るんだ 死者たちは古い世界を孤独にさまよい続ける 人生が終わった後も来世は続く」。グローバリズムや人間の強欲さで、居心地良い場所がなくなっていく今日この頃。このままだと、コーヒー・ゾンビになっちまうぞ。そんなジャームッシュの警告が、血まみれ臓物と笑いの中から聞こえてくるような気がした。(村尾泰郎)

© 2019 Image Eleven Productions Inc. All Rights Reserved.



『デッド・ドント・ダイ』

TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー中
配給:ロングライド
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ
出演:ビル・マーレイ、アダム・ドライバー、ティルダ・スウィントン、クロエ・セヴィニー、スティーヴ・ブシェミ、ダニー・グローヴァー、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ロージー・ペレス、イギー・ポップ、サラ・ドライバー、RZA、キャロル・ケイン、セレーナ・ゴメス、トム・ ウェイツ
提供:バップ、ロングライド
2019 年/スウェーデン・アメリカ/英語/104 分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch
原題:THE DEAD DON’T DIE
日本語字幕:石田泰子

https://longride.jp/the-dead-dont-die/

Text By Yasuo Murao

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