Back

第3回
台湾ライヴも大盛況!
菅原慎一が選ぶ、改めて聴きたいアジアポップのベスト・ディスク10

16 March 2020 | By Shinichi Sugawara

15年以上のキャリアを持つ台湾のシティ・ポップ・バンド「雀斑 Freckles」のヴォーカルであり、「Skip Skip Ben Ben」としてもワールドワイドに活躍する「バンバン」こと林以樂(リン・イーラー)。すでにリリースされていて話題を集めているが、近年の筆者のソロ仕事やシャムキャッツでの活動を見ていた彼女から声がけがあり(ありがたい)、彼女の新作7インチ・シングル『假期(VACATION / バカンス)』にゲスト・ヴォーカルで参加をした。彼女の音楽家史上もっともR&B、ハウスに接近した仕上がりで、後半のラップ・パートを担当しているのは、TBSラジオ“アフター・シックス・ジャンクション”に筆者がゲスト出演した際、パーソナリティの宇多丸氏もえらく気に入ったという逸話を持つ、台北の若きインディ・バンド「我是機車少女 i’mdifficult」のボーカル凌元耕(アーネスト・リン)だ。
このプロジェクトは、国境と世代を超えたコラボレーションを実現していて、リリックも中国語・日本語・英語のミックスという体をなしており、なかなか素晴らしいものになっていると思う。

昨年12月に、アーネストのプライベート・スタジオでレコーディングを敢行したが、その作業はとてもエキサイティングだった。まず、下地となるトラックと歌メロの譜割をバンバンが考え、その上に乗る日本語のリリックを筆者が書き、一定のルールを保ちながらメロディに乗せて歌入れをしていく。バンバンが提案した楽曲テーマは、“もし人生最後の日が「假期(バカンス)」だったら、何をして過ごす?”。バンバンが歌う箇所は中国語なので、同じメロディラインでも微妙に響き方のニュアンスが変わってくる。意味合いを加味しながら、言語感覚の気持ちいポイントを噛み合わせていく作業だ。アーネストは英語でリリックを書いた。ラップを録音するのは初めてと言っていたが、アメリカに留学経験もある彼の本気の発声に思わず息を飲んだ。
ちなみにアーネストはアメリカにいた時、“夢を語れ”という名前のラーメン・ショップでアルバイトをしていたという。スタジオの壁にはその店のペンキ画ポスターがすごい存在感を出しながら鎮座していて笑った。 凌元耕(アーネスト・リン)のプライベート・スタジオにて、そのアーネスト(背中)とリン・イーラーによるレコーディングに向けたセッションの風景。



——————

菅原慎一BANDも参加した台北でのライヴ・イベント《不標準朋友 Imperfect Friends vol.3》のフライヤー。ナイアガラ・トライアングルを思わせるウィットあふれるデザイン。



2月14日、バンバンのバンド「雀斑 Freckles」が台北で年に一度開催しているライヴ・イベント《不標準朋友 Imperfect Friends vol.3》に、菅原慎一BAND名義で出演してきた。実はこの経緯として、『假期(VACATION / バカンス)』のプロジェクトが進んでいくなかで、“たくさんの人がこの3人のコラボレーションを目撃する機会を作りたいね”と話をしたことが発端にある。

筆者とバンバン、そしてアーネストの交友関係から、何組かのバンドのボーカルにゲスト・ヴォーカリストとして参加してもらうことにした。というわけで「雀斑 Freckles」は楽曲ごとにボーカルが変わる、この日限りの特別編成でのライブとなった(菅原バンドは通常バージョン)。

その布陣はこんな感じ:
伍悅(「海豚刑警イルカポリス」)、曾稔文(「DSPS」)、徐子權(「sillyorange」)、凌元耕(「我是機車少女」)、洪申豪(「透明雜誌」、「VOOID」)

こちらのコラムでも紹介した《PAR STORE》の店主でもあるモンキーこと洪申豪は、透明雑誌をスタートさせる前からバンバンと共に台北の音楽シーンを最前線で見てきた人物だ。彼らの姿を高校時代からライヴ・ハウスに通ったりCDで聞いたりしていた世代が、「DSPS」の曾稔文(エイミー)や徐子權(テル)で、「我是機車少女」のアーネストや「イルカポリス」の伍悅はさらにその下の世代となる。
「雀斑 Freckles」の音楽の元に集まったこの“不標準朋友”たちと、なぜか一緒になって演奏をしている筆者、素晴らしい歴史の中にいるような、不思議な夜だった。

https://twitter.com/sugawaraband/status/1228513751034290176?s=20

最後に出演者全員で披露した雀斑 Frecklesの名曲“不標準情人(不完全な恋人)”

——————

“不標準朋友 Imperfect Friends vol.3”は会場である《女巫店》のシステム上、事前の予約受付はせず当日券のみの対応だったが、開場前からビルの周りに長蛇の列ができるほどの大盛況となった。結果として入場できない人が多数いたようだ。我々は翌2月15日、《PAR STORE》で追加公演を行うことにしたが、そちらも早々にチケットは売り切れとなった。

《PAR STORE》で行われた追加公演の様子。狭い店内にお客さんがギッシリ。



——————

筆者はこの一連の台北での日々を、未だうまく咀嚼することができない。あれは夢だったのだろうか? 何より、バンバンをはじめアーネストや多くの現地のミュージシャンの力により、筆者や菅原慎一BANDは幸運なライブを経験できた。感謝しかない。そして、オーディエンスの歓声、ピュアな視線、若者のパワー、誠実な音楽家たち、彼らの歴史へのまなざし、台湾の未来を真正面から(いや、体の内側から)くらってしまった筆者は、この状況をしっかりと伝えていくべきだと考えさせられてしまったのである。

ライヴ・イベント《不標準朋友 Imperfect Friends vol.3》での一コマ。菅原慎一BANDのライヴも無事終了。

打ち上げはローカルな火鍋店で!



——————

という濃い日々を過ごしていたせいで、書きかけていた【アジアポップのベスト・ディスク2019】という記事を、【今改めて聴きたいアジアのベスト・ディスク10】とまとめ直してみたので公開したいと思う。あくまでも筆者の独断と偏見によるものであり、かつアジアのインディ・ポップという狭いジャンルに絞ったものだが、傑物揃いのリストとなっているので、是非ともチェックしていただきたい。ランキング形式ではなく順不同の10枚。

●我是機車少女(I’mdifficult)

『不是你的春夢(Not Your Wet Dream)』

ボストンで音楽を学び帰国した凌元耕(アーネスト・リン)を中心に、2018年に台北で結成されたエクスペリメンタル・ポップ・グループの1st。クラシックとソウル、ファンク、R&Bを下地に、独自の言語感覚と隙間のあるグルーヴで白昼夢のような世界を表現した。中国語・英語・日本語のリリックがMIXされた「Yume」は、筆者が2019年に出会った全ての楽曲の中で一番リピートしたと思う。



●P.K.14

『你就讓自己漂浮在陌生的城市裡(Let Yourself Float In An Unknown City)』

中国・北京におけるインディ・ロック/アンダーグラウンド・カルチャーを牽引してきた「P.K.14」の最新作。リード・シンガーのYang Haisongはこの伝説的なバンドの顔であるとともに、数々の名盤を世に送り出している《Maybe Mars》のレーベルオーナーでもある。近くて遠いこの大国の音楽家、彼らの作品、思想、そしてその歴史に想いを馳せる時間が我々には必要だ。



●海豚刑警(イルカポリス)

『豚愛特攻隊』

とことんポップに、どこまでもクレイジーに。台湾に彗星のごとく現れたニュー・ヒロイン/ヒーロー。ありそうで無かった男女混成のハーモニーと、アニメから飛び出してきたようなキャラクター。今や飛ぶ鳥を落とす勢いで国内の音楽イベントやフェスに出演し話題をかっさらっているが、未だに日本への来日経験はない。



●playbook

『playbook』

韓国の音楽アワード受賞経験もあるバンド「silica gel」のギター、ヴォーカル、キム・ミンスによるソロ・プロジェクト。兵役中の空き時間を使って自室のスタジオで作られたという今作は、打ち込みのプロフェッショナルであるミンスの「play」心が満載だ。耳にすっと入ってくる音像は、確かな技術と経験、計算し尽くされた作業に裏打ちされたものだろう。



●SE SO NEON

『go back』

メンバー・チェンジを経てさらにビッグになった「セソニョン」が放ったシングル。アナログのザラッとした質感と、耽美でキラキラとした艶っぽさが同居した大名曲。実はこちらのプロデュースも「silica gel」のメンバー、キム・ハンジョウが手がけている。「silica gel」はメンバーの兵役により活動休止中だが、このようにメンバーが至る所で活動しており、彼らの復活を待ちわびる声は多い。



●陳以恆(Yi Heng Chen)

『但係我袂驚惶(When I Find My Heart Inside You)』

早稲田大学への留学経験もある台湾アーティストのデビュー作。全編が台湾語で歌われた驚異の作品(台湾では一般的に北京語が使われており、台湾語を話せる人はごく僅か)。先に挙げた「我是機車少女」もそうだが、「9m88」に続くようなソウル、R&Bシンガーの台頭が、今後の台湾音楽シーンをどう変えていくのか、とても楽しみ。



●林以樂(リン・イーラー)

『L.O.T』

祈りを捧げるようなピアノの旋律と、反復されるビート。あらゆるジャンルとスタイルを合流させて、全人類を祝福するようなダンス・ミュージックへと昇華させた力作。「雀斑 Freckles」や「Skip Skip Ben Ben」として長い間活動してきた彼女が、はじめて本名名義でこのシングルを発表したことは、とても意義のあることだろう。



●Angel Baby

『Anyiquangin』

もはや「落日飛車」のドラム羅尊龍の……という説明も不要になりつつある、台北の孤高な音楽家集団による1年ぶりの新作。前作『Wabi Sabi』よりももっと歌ごころに溢れているが、それでいて即興性/実験性が高く、独自の路線を突き進んでいる。ボーダーレスな感覚を研ぎ澄ませるとこういう音楽が生まれるのか、という感じ。



●Whal & Dolph

『ใจเดียว』

ここで歌われていることがいったいどういう意味なのかはわからないが、彼らが世に示したいメッセージやムードはしっかりと受信することができる。隠しきれない隠し味程度に、タイ音楽文化独自の訛りや作法を随所に感じることができる。それが嬉しい。2020年はライブが観たい。



●Kim Na Eun

『Waltz』

「parasol」でギターを弾いていたキム・ナウンが、12月に突如として発表した、ささやかな三編からなるウィンター・ソング集。あらゆる<色>が漂白された世界で、一人ダンスを踊っているような。あるいは、ソウルの街を切り裂く透明な風や、しんしんと降る白い雪を連想させる楽曲。ギター/シンセ・ポップなのにどこかニューエイジ的な感触をもつ、美しく不思議な作品だ。


■菅原慎一 Instagram
https://www.instagram.com/sugawarashinichi

■菅原慎一 Official Site
https://someedosomeedo.wordpress.com/

■シャムキャッツ Official Site
http://siamesecats.jp/


関連記事
【連載:菅原慎一の魅惑のアジアポップ通信】
第1回:『古一小舎』〜今後の台北音楽シーンを担う、どう考えても普通じゃないカレー店
http://turntokyo.com/features/serirs-asianpop1/

【連載:菅原慎一の魅惑のアジアポップ通信】
第2回:杜易修(Du Yi Sho)インタビュー〜「“時代は変わってしまった”とあきらめるのではなく、“これから時代を変えていこう”と宣言したい」
http://turntokyo.com/features/serirs-asianpop2/

【REVIEW】
DSPS『Fully I』
http://turntokyo.com/reviews/dsps-fully-i/

【FEATURE】
シャムキャッツ菅原慎一が訪ねる新たな台北の遊び場《PAR STORE》~ex透明雑誌・洪申豪(モンキー)が作った理想のスペースとは?
http://turntokyo.com/features/features-par-store/

Text By Shinichi Sugawara

1 2 3 71