第6回
菅原慎一・選 2021年アジアのベスト・ソング
中国の電子音楽界を代表するハウイー・リーが、『鸟岛 (Birdy Island)』のトラックメイキングに際し、生の楽器を実際に演奏して録音したことは、この時代を象徴するトピックなのかもしれない。AIによる監視社会を予見すると、今やエレクトロニックなロマンは存在しないと思えるし、いかに人間的な感性やグルーヴが重要かを教えてくれる気がしてならない。もちろん、それはアジアに限ったことではない。しかし今はアジアを見ると世界が見えてくるのだ。
ウイルスの席巻により、皮肉にも人びとは同時進行を強いられている。その中でアジアの音楽家は内在化と深化を試み、ルーツとアイデンティティを再発見し、その価値の詰め込まれた胃袋をひっくり返して世の中にひらいてみせた。それは(たとえば対西洋というような)武器のように刺々しいものではなく、とても柔らかい「ケア」的なものと捉えられる。社会へのケアを実践することで、それが自らへのケア(セルフケア)にも繋がっているような例があった。
2021年、いかがでしたか? アジアのミュージック・シーンは、規制や自粛の最中にあってもとても活発だった。僕たち日本人が、一番元気がなかったかもしれない。皆さんご存知のように、ますますK-POP、BTSの活躍が目立つ1年だったが、ここではそれ以外の小さな(だが重要な)潮流を、実際に楽曲を聴きながら捉えてみたいと思う。
Fds/4eva
「Hidey」
今年出会ったバンドでもっとも衝撃だった、フレンズ・フォーエバーという名の香港で活動する5人組。『アトロク』(TBSラジオ『アフター6ジャンクション』)出演時にこの曲をかけたところ、宇多丸氏は「音悪いけど、それがいい」と言ってくれた。個人的に、SP-404で簡単にできてしまうロウ・ファイなビートものが大の苦手なのだが、これはそんな世間の流行りに対するカウンターなのと思う。このコンプの効いたざらつき、ローファイな質感は、先人達がガレージで演奏していた生のバンドの感覚を呼び起こすし、現在の香港において、ウイルスも政治も抜きにしてひたすらジャムるという行為の尊さを感じずにはいられない。ネット上で聴ける楽曲は全部でたったの4曲だが、ギュウギュウ詰めのベニューでレコ発をしているのをインスタで目撃した。その後もフェスに出まくって、会場を沸かし続けているようだ。そもそもフェスがそんなにやってるなんて、普通のニュースではこっちに入ってこない情報である。メンバーは楽器演奏に長けている。00年代から活躍するSSWの林二汶 Eman Lam周辺にいたスタジオ・ミュージシャンらによるメンバー構成のようだ。
Se So Neon
「Jayu」
とても大きい曲。楽曲タイトルは【自由】。表現者にとって永遠のテーマともいえるお題に挑んだ3人だが、なぜこんなにも真摯に響いてくるのだろう? プロデュースはシリカゲルのKim Hanjoo。彼の徹底したモダンなアレンジが、自由という言葉から連想される平易な発想(例えば「夢想主義」とか「ユートピア」とか)から見事にすり抜けることに成功している。冒頭からからボーカルを含む全ての素材にキツめのエフェクト。不安定な和音を積むシンセ。電子音楽にも精通するHanjooなりのアプローチだが、それらは太古なロック精神(そんなのあるのか分かんないけど)に相反するだけではなく、むしろ新たな融合をみせ、見たことのない自由な世界を形づくった。1:39までの長いイントロダクション的なシーンを経てから、メンバーの得意とするデッドな響きのドラミングと、ミュートの効いたベースが、薄いシャッフルビートでロールする本編へと突入すると、まるでドロドロした溶岩が蒸発するような快感に包まれる。コーラス部分への導入は「A Day In The Life」(レコーディングではHanjooが生ピアノを入れた)のオマージュか。現代で最もかっこいいロックバンドのひとつ。
Howie Lee
「羽毛能指 (Feather Signifier)」
UKのレーベル《Mais Um》から、ファンタジックでユーモア溢れる李化迪(ハウイー・リー)の新作が出た。映画を観た後に体全体を包む幸福なダルさというか、複合的な芸術表現に当たった時に脳がホカホカするような感覚に襲われる。中国大陸の伝統音楽から現代のエレクトロニック・ミュージックまで続く、長い長い音楽の歴史の絵巻物を、何か不思議な力を使って一筆書きしてなぞって、はい、と差し出された感じ。ベース・ミュージックの持つ根源的な快楽性を持ちながらも、もっと情緒的な芸術のパワーを感じるのは、ただデータを打ち込んでソフトで鳴らすのではなく、自ら伝統楽器のコレクションをひとつずつマイキングして録音/構成しているからだろう。DTMの時代、誰でも簡単に「トラックメイカー」になれるようになったが、彼はPCの画面で左から右へ流れるタイムラインではなく、立体的に浮遊しているムードを指揮するようにサウンドをデザインする。同じく30代半ばになったミュージシャンとして僕も深く頷いた彼のインタビューでの発言はこうだ: “I’m getting tired of just very banging sounds”。
L8ching
「那卡西」
L8ching 雷擎(レイチン)は台湾のネオ・ソウルを代表するミュージシャンと紹介されるのが通例となった。2021年も多くの魅惑的なソウル・ミュージックを届けてくれたが、このシングル曲で彼が奏でたのはなんと「流し」=「那卡西 Nagashi」(台湾においては温泉地として有名な台北の北投が発祥地とされている)の物語。歌詞を読んでみると一見変哲もないラブソングだが、ロマンの見出す先、参照する歴史や文化の着眼点がさすがで参ってしまった。フリーキーかつジャジーな演奏。エモのピーク配分……。Leo王、落日飛車、LINIONといった台湾を代表するミュージシャンと共に並走してきた腕利きのマルチプレイヤーの実力を軽やかに見せつける。現代において、ニュー・オリンズと中華歌謡、そして台湾文化の融合をここまで解像度高くやってのける者は、彼以外存在しないだろう。
Yu Su
「Xiu」
中国にルーツを持ち、カナダはバンクーバーで活動するプロデューサー、Yu Su。随所で聴くことのできる琴をサンプリングしたような音は、DX7系のシンセを使うアーティストには定番のサウンドだが、彼女の使い方には説得力がある。ソ(G)から始まる調に転調した中国の宮調式「C D E G A」(メジャーペンタとも言える)を使った反復するフレーズは、世界的に流行しているアンビエント、瞑想系音楽での使われ方とは全く異なる、攻めのための装備だ。1:34あたりから加わる地鳴りのようなベース音からは、何か怒りのようなエネルギーを感じるし、世界中のどのフロアにいても(例えそれが雲の上を飛ぶ飛行機の中でも)、脊髄が反射してしまうグルーヴをもつ。アイデンティティやメンタルヘルスへの眼差しが、単なる優しさや癒しだけに終始しない凄みを感じる。Yu Suは今曲で、5音音階は東洋的な「バランス」を表していることに加え、さまざまな価値観を迎え入れるためのオープンな姿勢(音楽的特徴)をもついることを再証明したと思う。さらにそれがマンド・ポップと呼ばれるシーンではなく、最新のエレクトロ・シーンに身を置いて実現したことがとても素晴らしい。
さて、僕はといえば、来年のとある制作のためにセルフカンヅメを敢行中。先週は某温泉街の旅館へ、今週は地方都市のホテルに滞在しているのだが、お湯が肌に合わなくてカサカサに、さらに追い討ちをかけるように色んなストレスで帯状疱疹になった。死にそうだ! また1ヶ月後にお会いしましょう!(菅原慎一)
■菅原慎一 Instagram
https://www.instagram.com/sugawarashinichi
■菅原慎一 Official Site
https://shinichisugawara.com/
Text By Shinichi Sugawara
菅原慎一 連載【魅惑のアジアポップ通信】
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