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「音楽は居場所のない人たちのためのもの」
Miso Extraが語る理想、“Misoverse”について

04 December 2023 | By Daiki Takaku

Zoomに映るMiso Extraの背景、彼女の部屋の壁には、ポケモンのポスターが貼られている。それに触れると彼女は恥ずかしそうに画角をズラしながら笑っていたが、その音楽を聴けば彼女のルーツの一つである日本から生まれたカルチャーの影響が多分に含まれていることに気がつくだろう。ヒップホップやR&Bなどがミックスされ、曖昧になったジャンルの境界線の上で揺れるサウンド、日本語と英語が混じり合ったリリック。自由で、自然体な音楽から香り立つのは、ポスト・インターネット的な横断性だけではない。

日本人の母とイギリス人の父のもと、香港に生まれ、ほどなくして日本に移住、その後イギリスへ。現在はロンドンを拠点に活動する彼女の掲げる理念は“Misoverse”(ミソヴァース)なるものだ。それについて本人はこう説明する。「私が成長する過程で手に入れたいと願った世界であり、そこでは私はこれらのもの全てになることができ、他の人々が自分の育ちの様々な側面を一つの場所で受け入れることができると感じることが可能になる」。彼女の表現はまさにそんな理念と繋がっている。

直近ではリトル・ドラゴンの「Constant Surprises」のカヴァーとともにシングル「2nd Floor」をリリースしたMiso Extraに、今回のインタヴューでは、どうしてMiso Extraが“Misoverse”なる理念を掲げるようになったのか、その理由についてさまざまな影響とともに語ってもらった。

なお、彼女は複雑なニュアンスの説明が必要な場合は英語を用いていたが、それ以外は日本語を使って答えてくれている。
(インタヴュー・文/高久大輝 通訳/竹澤彩子)

Interview with Miso Extra

──まずはあなたの音楽のキャリアについて教えてください。幼少期からヴァイオリンを習い、歌うことが大好きだったそうですが、どのような経緯で楽曲を制作するようになったのでしょうか?

Miso Extra(以下、M):私の場合、まわりの家族や友達からのサポートがすごく大きくて。そのおかげで自分のやってることに自信が持てた。何者にも捉われず、自分のやりたいことを自由な形で突き詰めてやっちゃっていいんだと後ろから背中を押してもらえる環境だったから。それがそもそもの始まりで。それからは長い旅で、大学の頃から徐々に本格的に始まっていって、大学卒業と同時にコロナのロックダウンに入ったから、時間がたっぷりあって。その間に自分の音楽を突き詰めて、熟成させて、今の形に発展させていくことができた。

──サンプリングしている声や音からMFドゥームやJディラからも影響を受けていることが伝わってきます。トラックを作るとき、あるいは選ぶときに意識していることはありますか?

M:子供の頃に好きだったテレビとかラジオに影響を受けているような、あの感覚を再現してる意識に近いのかも。バックグラウンドだったり間に挿入されるお囃子みたいな音も全部ひっくるめて一つの作品というか、色んな種類のサンプルを取り入れることでリスナーを楽しませるような遊びや仕掛けを仕込んでるような。そういう意味でMFドゥームはまさにその道の天才だと思う。その遊び心の部分は音楽においてもすごく大事な気がする。

──日本語と英語が混ざり合ったリリックも魅力的です。二つの言語を扱う上で、意識してることはありますか?

M:考えてやってるというよりも自然とそうなっている感じかも。子供の頃に観ていた日本のアニメで流れていた曲は日本語で歌われている中に、英語のフレーズがちょくちょく入ってくることが当たり前にあるでしょ? だったら、その逆バージョンで英語の曲なのに日本語のフレーズが入ってきたっていい。自分にとってはそのほうがむしろ自然体の言語感覚に近いし、ライムも断然面白くなる。自分にしっくりくる上に、言葉のリズム的にも意味的にももう一段階新たな扉が開けるような感じで……それで言うと、日本語の詩って本当にすごい! 音読みと訓読みがあるから、それをダブル・ミーニングで使ったり、そこから歌や詩にさらに奥行きが生まれていって……すごく面白い。

──日本語の音楽はどんなものを聴いてましたか?

M:アニメのオープニング曲(笑)。あとお母さんが聴いていた曲とか。いとこがよくCDを送ってきてくれて、そのコンピレーションCDを聴いたり、特に自分から探しに行ったという感じではなくて、ただ、そういったものを日常的に耳にしてるうち自然に。とはいえ、西洋の音楽なりサウンドに親しんできているから、もしかするとビートはそっちの影響の方が強いのかも。もちろんその中にも自分の中にある日本的な部分がチラチラ顔を出してきたりもするけど……あと、お母さんが演歌をたくさん聴いていて(笑)。その影響もあって、私が歌詞の中で使ってる日本語のチョイスとか、曲によっては相当激情型だったりして。

──演歌まで……!

M:いろんな影響を受けていて、めちゃくちゃと思われるかもしれないけど、その「めちゃくちゃじゃん!」というものから新しいものや美しいものが生まれる可能性がある。そう、そうなの(笑)。

──さきほども話にありましたが、日本のアニメでお気に入りの作品はありますか?

M:やっぱりスタジオジブリ作品。あと大好きなのは『名探偵コナン』。他にはなんだろう……『ドラえもん』とか、小さい頃ね。『ゲゲゲの鬼太郎』もよく観てた(笑)。あと『ワンパンマン』とか。コンセプトも含めて、結構面白い曲が入ってる。

──日本のアニメのどういったところを気に入っていますか?

M:特にヒップホップにはアニメとかアジアのものが入り込んでいて。ウータン・クランもそうだけど、日本のカルチャーとヒップホップは隣り合わせというか、すごく密接に絡んでいる気がする。私はヒップホップが好きだから、「わー、この人もアニメ好きなの? 私もアニメ大好き!」みたいな。入り口は違ってるかもしれないけど、両方ともアニメ好きという着地点は一緒で、そこで繋がっている。私的にアニメがクールだと思うのは、際限なくイマジネーションが広がっているところ。自分が空想好きだから放っておくと頭の中がワイルドに暴走しちゃう(笑)。次から次へと色んなアイディアが浮かんできて、いつでも白昼夢状態(笑)。のび太がドラえもんと冒険するような図を自分の頭の中でも想像していて、それがいろんな形で自分からはみ出して実際に現実の中でも作品として具現化している。そこがアニメの偉大な力で、無限に想像力を膨らまして遊ぶことができる。しかも子供だけじゃなく大人にも効果を発揮していて。私もそうだけど普段西洋のカルチャーにどっぷりな環境で暮らしてると、大人にはそういったイマジネーションで遊ぶ場が少ないんじゃないかと感じてしまうこともあったりして。「いい大人が空想に耽るなんて逃避だ」という空気が漂っているというか。アニメの世界ではそのイマジネーションが思いっきり炸裂していて、その中で自由に遊べるから、そこがすごく素敵だなって。

──なるほど。

M:自分がアニメ観て楽しいと思った感覚をそのまま自分の音楽でも再現したい。アニメの大げさな効果音とか、瞬間的にクスッと笑っちゃうような、あのノリを自分の音楽を聴いてる人たちにも起こそうとしていて……。あと「え、今の何?」的な、わからないけど気になる要素をヴィジュアルでも音楽でも取り入れることで実践している。それは意図的にやっていることで、シリアスではなく、遊び心というか。

──Instagramに『AKIRA』のイラストも投稿していましたけど、そういったSF的な漫画、アニメからの影響もあるんですか?

M:SFも大好き。ディストピア的世界観にもすごく惹かれる。楽しいことも大好きなんだけど、それと同じくらいシリアスな面もあって(笑)。だから未来についても考えてしまうし、そこから自然とディストピア的なイメージと結びついていったり……でも、なんだろう……SF作品って人間の心理構造をそのまま映し出してるような気がする。未来の東京でバイクを乗りまわしてる絵面自体がそもそもクールすぎてヤバいし(笑)。未来図としてすごくそそられる。

──先ほどのアニメの話と、“Misoverse”という理念は繋がっていますよね。小さい頃イギリスに渡って学生をやってるときに、それこそアジア人に対する差別や偏見のようなものも経験されてると思うんですが、それに対して、ご自身のアイデンティティを肯定できるようになったきっかけはあるんでしょうか?

M:そもそも音楽自体、居場所のない人たちのためのものという面があると思う。それに音楽は学びでもある。音楽を通していろんな人の声に触れることができるから。誰だって悩みの一つや二つ抱えていて、そんなとき音楽がものすごく力になってくれる。自分の掲げている“Misoverse”は、まさにその象徴みたいなもので……ある種の逃避場所というか、せめてこの世界の中では自分は自分のままでいい、安心して自分が自分でいられる場所。差別に関してはリアルに現実として存在している。ただ……結局、自分が誰と付き合うかによると思っていて。ちゃんとそういう人たちと繋がることで、自分自身についてより深く理解できるようになるし、時間をかけてじっくり自分というものと向き合えるようになる。その点、自分には音楽があってラッキーだった。あるいは音楽以外にもクリエイションという形で自分の内側にあるものを外に出せる機会があって。そのおかげで自分が自分であることを受け入れられるようになった気がする。より自分らしい自分として、しかもそれをクリエイティヴな形に還元して外に発信することによって。

──例えば少し前、トラヴィス・スコットの「K-POP」という曲が日本と韓国がごっちゃになってるような内容で批判を受けたことがありました。誤解が文化盗用や搾取に繋がりかねない一方で、そういった軽やかさが様々な文化の入り口になっているとも感じます。あなたの日本的なルーツに乗っ取った表現は別として、横断的な表現、特にご自身のルーツにないものを表現に取り入れるとき意識すべきと思うことはありますか?

M:それはディープすぎる質問(笑)。うーん、どうなんだろう……たぶん、そういうことやっちゃった人もたぶん侮辱する意図はなかったんだろうなと思う。そこにあえて一歩踏み込んでみたことに意義があると思うし、それによって「あ、こういう反応が返ってくるんだ」と学んだことにも意義がある。自分がやらかしちゃったことについて、何が間違っていたのか学習したという経験そのものがね。ただ、それよりももっと大事なのは直接訊いてみることじゃないかな。自分がよく知らないカルチャ―を取り入れるからには、自分よりももうちょっとそれについて近しい距離にいて理解している当事者の意見を聞いてみる。そこからもっと深い対話が生まれていくはずだから。本当にお互いにもっと話し合うことが大事なんだと思う。迂闊にそう言うものに手を出す前に「それだったら何の問題もないよ」「それはちょっとマズいよ」というのを。

私個人としてはあえて無闇に手を出したりはしないかな。とはいえ、今インターネットですべてのカルチャーや情報が一緒くたになって入ってくる時代だから、その背景にある深い文脈に気づかずにその表層だけをうっかり取り上げてしまう可能性もある。だから異文化に関わることをするなら、なおのことその背景にある意味を自分から理解しようとする姿勢が必要だと思う。そうでなくても、そのカルチャ―の当事者と対話を持つことはものすごく大事。

──最近ではリナ・サワヤマやobject blueといった日本にルーツのあるアーティストの活躍も目立ちます。現実でもインターネットでも、あなたの周辺に日系のアーティストが集まるコミュニティやアジアにルーツのある人々が集うコミュニティなどはありますか?

M:もちろん。object blueとは最近初めて会ったんですけど、超いい感じ。2人ともESEA(East and South East Asian Heritage)というところの開催している、3日間のアジア系向けのライティングのワークショップに参加していて。アジアにルーツを持ついろんな人が集まって一緒に音楽を作る企画でね。別々の組だったんだけどランチのときに合流して、ランチはずっと一緒で(笑)。それとは別に、自分がアジア人の女性として曲を書いて発信してることをきっかけに、他のアジア人女性からもちょくちょく連絡をもらうようになったりしていて。純粋に自分のやりたいことや興味あることを追求して、それをオープンにしたことで、自分のまわりに人が集まってきた。そこからどんどんコミュニティの輪が広がっている。少なくとも自分のまわりでそのネットワークや自分達のルーツを継承していこうという動きがどんどん大きくなってるのを実感していて。自分からも積極的に働きかけようとしてるし、自分と似たようなバックグラウンドを持っていそうな人に自分からアプローチしていっているから。だからコミュニティは永遠に広がり続けていく一方、というか(笑)。自分をさらけ出して、世界に対して自分は何者であって何をやってその背景にはどういう意志があるのかをオープンにしていくことで、人々が引きつけられていっている感じ。

──そうしたコミュニケーションはアーティストとして活動していく上で力になっていますか?

M:すごく力になっているし、ものすごくインスピレーションをもらってる。こうやって自分と同じようなことをやってる人がいるんだって、同じコミュニティの中で頑張ってる人たちの存在を知ることで。それは自分自身の自信も強化してくれる。

──ライティングのワークショップは参加しようと思えばすぐに参加できるくらい定期的に行われているんですか?

M:ん-、そうでもないかな。あ、でも、着実に数は増えていて。そのESEAというコミュニティがライティングのイベントを積極的に主催していて。自分がそこに参加したのはこの前が初めてだから、まだそんなに詳しいわけじゃないんだ。もしかして自分が知らないだけでもっと色々あるのかもしれない。

──以前インドネシアにルーツを持つNo Romeに取材した際、彼は「アジアにルーツを持つアーティストはステレオタイプなイメージと戦わなければいけなくなる」と話してくれました。例えば「アジア人=K-POP」というイメージもそうかもしれません。ステレオタイプを押し付けられていると感じたことはありませんか?

M:……ある、あるね。でも、私の作っている曲を聴いた途端にそのステレオタイプがすぐなくなる(笑)。「あ、こいつ思ってたのと違うな」って(笑)。難しいとわかっているけど、そうしたステレオタイプに立ち向かっていく姿勢もすごく大事だと思う。せっかく前進したのにまた逆戻りすることだってあるし、周りから「えー、〇〇人だったらもっとこうしたら?」と言われたりもする。でもやっぱりそこで自分の直感を信じなきゃ。人からどういうイメージを持たれてようが、自分がやってて違和感を覚えるくらいならやらないほうがマシだと思う。例えば、K-POPやJ-POPが悪いというわけではなくて、自分がK-POPやJ-POP好きでそういう音楽をやりたいんなら全然問題ないけど、それが自分にしっくりこないんだとしたらやるべきじゃないと思う。それは本当に声を大にして言いたい。自分にしっくりする表現でないと。最終的に自分が作ったものに対して心から誇りに思えるようにならない。でないと、自分自身に対して失礼。いや、もしかしたら自分が頑固すぎるのかも(笑)。何が何でも自分のやりたいようにならないと気が済まない。それが自分のクリエイションにおける強みにもなる。

──アーティストとして音楽を作り続けることは、理想的な“Misoverse”に現実を近づけている感覚なんですか?

M:あー、いや、たぶんそういうことではなくて……これはあくまでも私自身にとってのリアリティなんだ。で、他の人の中にもみんなそれぞれのリアリティがあって、それは隣同士で共存している。だから、「“Misoverse”の中に入りたい人はオープン・ドア・ポリシーでみなさんお好きにどうぞ」と私はいつもみんなに言っていて。入るのも自由なら去るのも自由。 みんなウェルカムだし、みなさんこの世界で自由に楽しんでいってねという気持ち。とはいえ今は現実もほとんどがオンラインだったり、自分もオンラインで過ごす時間の方がむしろ多かったりして。そうなると「本当のリアリティって何なんだろう?」とも思ってしまう。こんな話をするとまたややこしいし脱線しちゃうんだけど。ただ、これが紛れもない自分自身にとってのリアリティであることはたしか。他の人にとってのリアリティであるかどうかは別にして。

──ご自身の音楽を“Umami for the ears(耳への旨味)”と表現していたり日本の食文化からも大きな影響を受けていることがわかります。お母さまからの影響が強いと思うんですが、日本の食文化の魅力がどこにあると感じていますか?

M:“Umami(旨味)”自体が日本語で、そもそも英語には“旨味”に相当する言葉がない。だから、そのまま“旨味”という言葉で表現するしかない。現実では難しいかもしれないけど、日本語でも英語でも一番自分がしっくりする言葉で自分自身を表現したくて。英語も全部の意味を把握してるわけじゃないし、日本語も同じように全部の意味を把握してるわけじゃないから必然的に二つの言葉を混ぜて使っちゃう形になるんだけどね。例えば、何か言いたいときに日本語でその単語を何て言うのか知らないときもあるし、英語でその単語を何て言うのか知らないときもある。だから自分のボキャブラリーの中にある言葉をそのまま当てはめて使っている。あと、日本の食文化に関しては、あからさまに日本のカルチャ―において絶対的に重要な要素の一つなわけで、しかも最高(笑)! そんなの使わない手はない(笑)。食文化は日本のカルチャーの中でも本当に重要な要素だと思う。日本料理にはありとあらゆる要素が全部含まれているから。見た目の美しさも味もね。母親にもその大事さを教わってきたわけで……だからもう、それは必然。影響を受けないわけがない(笑)。

──料理と音楽は近しい関係にあるということですね。

M:まさにそう! 例えば誰かの作った美味しい料理を食べたときに「あー、これ本当に考えて作ってくれてるんだなあ」というのってわかるじゃない? 味も、触感も、盛りつけも、本当に細かいディテールにもこだわって作ってるんだなというのが伝わってくる。それは自分が作ってる音楽にもそのまま当てはまることで、「あー、ここちょっとパンチが足りないから、このスパイスを足そう」とか、そのスパイスとか調味料が、シンセだったりキラキラ音みたいなものに置き換えられてるだけというか(笑)。微妙なバランス、匙加減でもって、みんなも楽しめる空間を作り出そうとしている。そういう気持ちを込めての“Umami for the ears(耳への旨味)”なんです。プラス・エキストラの部分、「これ入れると旨味が倍増する!」みたいな、中毒性のあるクセになる美味しさ。入れるともっと美味しくてハッピーになる感じ。

──ライヴの映像を観たのですが、ライヴと音源では発声の仕方が違ってるように見えました。ライヴと音源制作には意識の違いがあるのでしょうか?

M:今、そこを埋めようとしてる最中というか、今まさに開発段階で。制作現場でやってる音をそのままライヴに落とし込もうとしても限界があるわけで……今レコードの音源に近づける形でライヴの中身を変えてる時期……とはいえ、ライヴとレコーディングとはまったくの別物で、歌ってるときの感覚もアウトプットの仕方もそうだし、そもそも表現の種類が全然違う。レコーディングをしてるときっていうのはリスナー、その人に向けて音を発してる感じ。それがライヴになるとお客さん全体に発信していくような、それこそショウをまわしていく感じなんですよね。もうその瞬間に全身でコミットしながら、全体を盛り上げていくような。

──今後アーティストとしてどのようなキャリアを歩みたいと考えていますか? 参考にしているアーティストなどはいらっしゃいますか?

M:参考にしてるアーティスト……というか、誰か特定の人がいるというより、いろんな人から少しずつインスピレーションを受けてる感じかも。ステージを観て「あ、あれいいな」とか「どうすればあんなことが可能なんだろう?」と思うことはたくさんある。例えばジェイ・ポールのライヴを観たとき、パフォーマンスもサウンドもアレンジメントも本当に素晴らしくて、めちゃくちゃインスピレーションを受けたし、サンダーキャットだったら、ステージでの存在感やクラウドとのやりとりもすごい。だから誰か特定の一人から影響を受けているわけじゃなくて。ただライヴを観るのがすごく好き。それぞれのアーティストの他の人にはないその人だけの特別な魅力は何なのかを分析する。それを自分のライヴにも応用していけるように。

──リリースした作品はすでにたくさんの人の耳に届いていますよね。どのようなリアクションがありましたか?

M:日本のリスナーからの反応がすごく意外だった。私がこれ作ったとき、日本人ウケは一切狙っていなかったし、日本語と英語を織り交ぜた特殊なスタイルだからネガティヴに受け止められるんじゃないかと心配していたくらい。だから、日本の人たちがこれ聴いてくれてるんだ、しかも面白いと思ってくれてるというのは感激で。DMでメッセージをくれたり、X(Twitter)で日本のリスナーから反応があったりすると、すごくほっこりしちゃう。だから、そうした反応に対して自分もできる限り返信するようにしていて……。ここまでのポジティヴな反応が返ってくるとは思ってもみなかったから、というか、そもそも反応があること自体、聴いてもらえること自体ビックリで、本当に本当に嬉しい。

──日本にいらっしゃる予定はありますか?

M:日本には本当に行きたくて、仕事とかとは全然関係なくプライベートでフラッと日本に行って、日本のファンと交流できたら……もし日本に自分のファンがいてくれればの話だけどね! だから、まだ具体的なプランはないんだけど、今はファーストEP『グレイト・テイスト』とセカンドEP『MSG』をコンパイルした日本の特別盤が出ているので、それが日本のリスナーに届くことを祈ってる。

──最後に日本のオーディエンスに伝えておきたいことはありますか?

M:今まで曲を聴いてくれてありがとう! 自分は幸せ者だよ、こんなにもラヴリーな日本のファンに恵まれて、音楽を楽しんでもらって。いつか絶対に日本でもライヴをやりたい。みんなと直接会うのが本当に楽しみ!

<了>

Text By Daiki Takaku


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