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特集
【マンチェスター その青き憂鬱】
Vol.1
aya、Space Afrikaから辿る途切れない街の引力

19 October 2022 | By Suimoku

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2021年、Space Afrika『Honest Labour』とaya『im hole』という2枚のアルバムが立て続けにメディアから絶賛を得たことで、両アーティストが拠点とする「マンチェスター」という地名が浮上した。今回、『TURN』がその地を取り上げる記事を組んだのも、おおむねこのような流れを受けてのものと思われる。他のカルチャーとの連携なども含めた記事は他筆者が執筆してくれるとのことなのだが、一方で、その奇妙なサウンドを生み出しているマンチェスターという街はこれまでどういう音楽を生んできたのだろうか、という疑問も浮かんでくる。

この地のポピュラー音楽といえば一般的には、古くはホリーズやジェリー&ザ・ペースメーカーズといったバンドたち、そして、70年代後半にパンクの波を受けてからはバズコックス、ジョイ・ディヴィジョン、ザ・フォール、ザ・スミス、ハッピー・マンデーズ、そして何よりもオアシス、あるいは808ステイトやオウテカ、ケミカル・ブラザーズ……といった名前が真っ先に思い浮かぶ。だが、ここでは、あくまで現在のサウンドを通してとらえ直すような形で「マンチェスター・サウンドの系譜」らしきものを描いてみたい。もちろん、その音楽は外界から隔絶されて発展したわけではないため、このような歴史の語り方は「偽史」的性質を帯びざるを得ないが、現代のサウンドから遡行したとき描き出されるある種の色彩感、あるいは、興味深い音楽を生み出し続ける街の「引力」のようなものを捉えてみたいと思う。

1.
まずは、音楽評論家の坂本哲哉が同地のシーンを整理した「深化するマンチェスターの実験/電子音楽」(『ミュージック・マガジン』2022年2月号「2022年はこれを聴け!」)を参照したい。この短くも優れた記事で、坂本はマンチェスターから現れたSpace Afrika、Blackhaine、Michael J. Blood、Rat Heartなど「実験/電子音楽の新たな地平を切り拓こうとする」アーティストたちを紹介したうえで、Space Afrikaの影響源としてマンチェスターの先輩であるDemdike Stareやアンディ・ストット、そしてその作品を発表してきた《Modern Love》の影響を重要視する。その系譜はさらにアンディ・ヴォーテルやレイランド・カービー(ザ・ケアテイカー、V/Vm)など、かの地の実験的なミュージシャンたちへとつながっていくという。

ここで言及されている《Modern Love》とは、マンチェスターのレコード店《Pelicanneck》(世界的なオンライン・レコード・ショップ《Boomkat》の前身)のスタッフによって2002年に設立されたレーベルのこと。そのカラーは先鋭的・実験的なもので、90年代にベーシック・チャンネルによって提示された、ディレイをかけられて反復するパッド音、ホワイト・ノイズ、くぐもったキックなどを特徴とする“ダブテクノ”の流れを受けつつ、その新しい流れを示す存在として紹介されてきた。

《Modern Love》のサウンドが現在のマンチェスター・アンダーグラウンド・シーンを見るうえで重要なのは間違いなく、たとえば、ayaは自らの音楽の影響源にこのレーベルの名前を挙げ、Space Afrikaは当初、このレーベルのサウンドに直結するようなダブテクノ寄りの音楽性からキャリアを始めている。

《Modern Love》から作品を発表したアーティストのなかでは、日本でもカルト・ヒーロー的な地位を得たアンディ・ストットがなんと言っても有名だが、Sean CantyとMiles Whittakerからなるプロデューサー・デュオであるDemdike Stareもレーベルを象徴する存在で、《Modern Love》および傘下の自レーベル《DDS》から刺激的なリリースを続けてきた。Demdike Stareは2009年の『Symbiosis』で、ダブテクノのサウンドをダーク・アンビエント~インダストリアル方面に推し広げるようなサウンドを展開したあと、2013年からの『Testpressing』シリーズではドラムンベース~グライムの解体・再構築に向かうなど、ダンス・ミュージックへの愛と豊富な知識をもってそのサウンドを拡張し続けている。たとえば、2016年の傑作『Wonderland』を聴けば、そのざらつき、くぐもったサウンドと歪でポリリズミックなグルーヴの組み合わせに、ayaやiceboy Violetと通底する感触を見出すことができるだろう。特に、いささか唐突なほどのリズム・チェンジを挟む異色のトラック「Animal Style」は、ayaの「dis yacky」などと並べて聴くべき一曲で、BPM90程度のビートが流れるうえにBPM140のダンスホール的リズムが重なり、ポリリズミックに絡み合いながらトラックが展開していく。直接的な人脈的つながりでいえば、Demdike StareのMiles WhittakerはエンジニアとしてMichael J. BloodやRat Heart Ensembleといった新世代プロデューサーの作品に参加し、テクニカル面でその最新のサウンドを支え続けている。(*1)


(*1) 同時に、彼らが《Modern Love》内の自レーベル《DDS》のオーナーとしてもセンスを発揮し、10年代前半からMicachu(MIca Levi)、Shinichi Atobe、Equiknoxx(Equiknoxx Music)などの音楽を紹介してきたことも見逃せないだろう。最近では90年代シカゴのDJ、Jamie Hodgeによる『Born Under A Rhyming Planet』のリイシューが話題となったのも記憶に新しい。

2.
《Modern Love》のサウンドに通じるような実験的かつダビーでインダストリアルなテクスチャーがある一方、リズムにおいてよく目につくのがドラムンベース~UKガラージの流れを感じる分解されたブレイクビーツで、それが、ダークで無機質な上モノに躍動的なエネルギーを吹き込んでいる。たとえば現在、マンチェスターのアンダーグラウンドを見るうえでの「台風の目」が、LOFT(aya)やMichael J. Blood、Iceboy Violetなどの作品をリリースしてきたFinnの《2 B Real》なのは間違いないが、レーベルの大きな影響源にはドラムンベース以降のベース・ミュージックのサウンドがある。

2010年代末から、イギリスでは「冬の時代」を超えてドラムンベース~UKガラージのサウンドがリバイバルしていると言われてきた。そのなかで、Pinkpantheressなどがオーバーグラウンドな人気を集めたのが記憶に新しいが、リバイバルの流れを扱った《Resident Advisor》の優れた記事「Like A Battle: The Push For UK Garage’s Future」 を参照すると、もともとマンチェスター、シェフィールド、リーズといったワトフォード・ギャップ以北のクラブでは、UKガラージやその派生であるベースラインなどが根強く人気を持ち続けたため「リバイバル」という感覚さえそもそも薄いということが示唆される。

たとえば、シェフィールド出身でマンチェスターを拠点とするFinnは、ジャンルにとらわれることはないと断りつつもUKガラージについてこう語っている。「ガラージはこの地方の言語なんだ。すべてがガラージに何かを負うている。たとえ、ロンドンではそれが一時“死んだ“としても、ここではそうではなかったんだ」。実際に今から5年前、2017年にはグライム・クルー、LEVELZがヴァイラルになり、《Mixmag》が“Manchester Is The Beating Heart Of New Music In The UK”として記事を組むなど、イングランド北部ではベース・ミュージックの伝統は衰えず熱を保ち続けてきたものと思える。

レイヴ以降の、サイモン・レイノルズいうところの「ハードコア連続体」の流れは、FinnやAnzの比較的オーセンティックなサウンドに始まり、BFTTやNahi Mittiなどより複雑で、ミュータント的なサウンドのなかにもたしかに流れているといえるだろう。《Mixmag》が作成したプレイリスト「City Selections: Manchester」には808ステイトのようなレジェンドや、先述した《Modern Love》のアーティストたちに交じってTrevino、Zed Biasといった90年代から同地でベース・ミュージックを鳴らし続けてきたDJの名前が並んでいるが、《2 B Real》のミュージシャンのサウンドを聴いたあと、これらベテランの鳴らしてきた音に遡ってみるのも面白いのではないだろうか。

3.

マンチェスターのクラブ・カルチャーについてさらに遡ると、やはり80年代後半から同地を席巻したマッドチェスターや《The Haçienda》、そしてなにより《Factory》の名前が思い浮かぶ。1976年、工業低迷とともに衰退したマンチェスターでセックス・ピストルズがギグを行ない、それに天啓を受けたトニー・ウィルソンが始めたのがパンク・ロック系のバンドが出演するイベント《Factory Night》であり、レーベル《Factory》だった。そして、1983年に同レーベルからリリースされたニュー・オーダー「Blue Monday」や、ポール・オークンフォールド/アンドリュー・ウェザオールによってリミックスされたハッピー・マンデーズ「Halleluja」がクラブ・ミュージックとロックの垣根を越えてヒットし、さらには、ウィルソンがオーナーを務めるクラブ《The Haçienda》でマイク・ピカリングとジョン・ダシルバがアシッド・ハウスをプレイし始めたことで、マンチェスターのみならずダンス・ミュージックの歴史全体が変わっていくことになる。

《Factory》とダンス・ミュージックのかかわりというならばこのように整理するのが適切だと思うが、いまSpace Afrikaの不穏なダブ/インダストリアル・サウンドを受けて聴き直したいのは、同レーベルの天才プロデューサー、マーティン・ハネットによるポストパンク期のサウンドではないだろうか。ジョイ・ディヴィジョン『Unknown Pleasures』で聴かれる、各楽器の分離を求めて原音を無視した無機質なミックス(『24 Hour Party People』では、ジョイ・ディヴィジョンのドラム・サウンドに満足できないハネットがスティーヴン・モリスに屋上でドラムを演奏させる姿が印象深く描かれる)、ダブの影響を感じさせるリヴァーブ/ディレイ・エフェクトや、スプレー缶をシンバル代わりに用いる奇抜な音響実験などは同地出身のジェネシス・P・オリッジが生み出したサウンドと繋がるとともに、その30年余りあとのDemdike Stareを通過し、さらにその10年後の、Clemencyの空疎なディレイ/リヴァーブがかかったドラム・サウンドに通じるものを感じさせる。そして、このダブ/インダストリアル的な質感、無機質さ、冷たさこそが、どこか「マンチェスターの音」なのではないかと思わせるのだ。そしてそれは、文字通り「工場」の描かれたファクトリー・レコードのロゴやピーター・サヴィルによる構成主義的なアートワークを経て、かの地で19世紀から響く、蒸気機関の反復するリズム、雨がちでくぐもった天気、汚染された大気などをいやおうなく想像させるのである。(吸い雲)

Text By Suimoku

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