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「特定のジャンルのしきたりや決まりきった技術に縛られたくない」
トータスのジョン・マッケンタイアの変わらぬ頑固かつ柔軟な流儀

01 August 2022 | By Shino Okamura

ジョン・マッケンタイアとサム・プレコップによる初のコラボ・アルバム『Sons Of』が素晴らしい。両者はもちろんザ・シー・アンド・ケイクでの盟友だが、ジョンはもちろんトータスの中心人物として、そしてプロデューサー/エンジニアとしても長きに渡り第一線に居続ける重要人物であり、サムもソロとしてコンスタントに作品を出し続けている素晴らしいソングライター、サウンド・クリエイター(2020年発表の『Comma』がオリジナルとしては最新作)。約30年もの間、フレンドシップを築き続けているそんな両者が初めて共同名義でリリースしたアルバムが『Sons Of』である。

即興ライヴ演奏の素材をもとにいくらかの音を加えたり処理を施したりして完成されたこのアルバムは、非常にミニマルで規則的なエレクトロニック・ミュージックと言っていい。だが、歌のない電子音楽の範疇に入る作品ながらも、ヒューマンで時にはウィットに溢れてさえあるフレーズや風合いが全編を覆っていて表情豊かな楽曲集でもある。ちなみに、今作で彼らが主に使用している機材は以下の通り。Sequential Circuits Prophet-5、Elektron Analog Rytm mk II、Nord Drum 3P、Teenage Engineering PO-32 tonic、Roland KD-7、SND ACME-4 Advanced Clock Management Engine。ビートマシン、パーカッション・シンセ、ドラム・マシンなどを自在に組み合わせる彼らだが、機械制御に身をまかせることもなく、その構造に抗うこともなく、軽やかに互いにビートやフレーズでキャッチボールをし合う様子は実に有機的だ。

トータスやジョン・マッケンタイアのことを今だに“シカゴ音響派”とか“ポストロック”という文脈で捉える向きが少なくないことに少々ジレンマを感じるのは、直接的ではないにせよ、彼らが90年代にいち早く展開していた、演奏、アレンジ、録音、音処理全てをひっくるめてコンポジションとするような作曲感覚が今日当たり前のように定着しているからに他ならない。この辺りの話はまた機会を改めたいが、ともあれ、現在はシカゴを離れ自身の《Soma Electronic Music Studios》と共にポートランドに拠点を置くジョンに急遽メールでインタビューを行ったのでお届けしよう。ジョン・マッケンタイア現在52歳。来年2023年はトータスの出世作『TNT』のリリースから実に25年という節目になる。


(インタビュー・文/岡村詩野 協力:Sawawo from Pot-pourri)

Interview with John McEntire


──今、改めてサム・プレコップとデュオとしてアルバムを制作しようと思った理由、そのいきさつなどをおしえてください。

John McEntire(以下、J):僕たちは2017年から、ごくたまにだけど、デュオでライヴを行っていたんだ。そのほぼ全ての公演を録音してきたけど、昨年(2021年)の秋にシカゴで公演を行うまでは、ロング・プレイヤー(LP)として何かをリリースするという考えはなくてね。そのライヴをベースに「A Yellow Robe」という曲を作ったのが、このアルバムの作業の発端だったんだ。そこでさらに2曲をリモートで制作し、もう1曲はライヴのアウトテイクをベースとして使用した。そこからなんだよ。

──あなたとサムは2019年にMapstationとのスプリット作品として「Kreuzung」をリリースしていますが、あの時の作業の感触、できあがった作品についてのあなた自身の手応えはどのようなものだったのでしょうか? それが今作に反映されていると言えますか?

J:あの作品の出来ばえには僕もサムも興奮したよ。あの作品が、これからも演奏を続け、さらにアーカイヴを研究してリリースできるような作品を作るためのインスピレーションを与えてくれたことには間違いないと言えるね。このアルバムは、その最初のひらめきの集大成と言っていいと思う。

──2019年の秋のヨーロッパ・ツアーや近いところでは2021年11月のシカゴでのパフォーマンスの音源がベースになっているようですが、実際に届けられた今回のアルバム『Sons Of』は非常にポップで有機的、コンフォタブルでさえあるエレクトロニック作品になっています。実験性の高いパフォーマンス音源からどのようにここまで変化していったのか、その過程をおしえてください。

J:ライヴ・セットは完全に即興で行われているんだ。そして、これからもライヴは即興でやるだろうね。ただ、アルバムの素材を準備するうちに、リリースに適した楽曲にするためには、更に多くの作業が必要であることに気づいたんだ。つまり、いくつかの曲は即興演奏がベースになっているとはいえ、ポスト・プロダクションの作業がかなり必要だということにね。つまり、実作業はリモートで行われたわけ。だから僕とサムは何度も案を出し合い、それぞれが追加(編集)しながら進めていった。それはかなり長いプロセスだったよ。例えば、「A Yellow Robe」には改めて録音した素材が含まれている。あと、僕の記憶が正しければ、「A Ghost At Noon」は基本的に100%ライヴだけど、オーバーダブはないものの、若干の編集が加えられているかな。

──参考にした過去の作品や他アーティストの作品などがあったらおしえてください。特にエレクトロ系であなたが音作りや音質の点において優れていると考えるのはどのような作品でしょうか?

J:いや、具体的には本当に何もないんだ。それよりも、僕とサムがリスナーとして長年にわたって消化してきた音楽の集合体、それが全てであり、それが大きく関係していると言える。もちろん、ヤニス(イアニス)・クセナキス、ベルナール・パルメジャーニ、フランソワ・ベイルには多大な感謝の気持ちがずっとあるけどね。

──昨今世界中で注目されている1970年代~80年代の日本産アンビエント音楽からの影響も感じられますね。

J:ああ、わかるよ。ただその魅力の理由を明確にするのは難しいな。どうやら多くの人たちがそうであるように、僕もあの時代の日本のアンビエント音楽は非常に魅力的だと思っている。恐らく間接的には影響があったと思う。僕とサム(の音楽)は、ある特定の時点で私たちの周りに漂っている全てのものの集合体なんだ。だから、日本のアンビエント音楽も好きだけど、何か一つの影響を特定することは私たちの本意ではないんだ。このプロジェクトは非常に前向きな考えを持つものだけど、一方で特定のジャンルのしきたりや決まりきった技術に縛られるものではないし、縛られなくないと考えていてね。だからその影響やリファレンスに関して具体的なことを話すことはできないんだ。ちなみに、今回のアルバムのタイトルはスコット・ウォーカーの曲名からとったものであり、Akito(片寄明人)と組んで作業をいた時のユニットの名前でもあるんだが、実際に私たちははっぴいえんどや細野晴臣など日本の音楽に対しても大ファンで、リイシューされた過去の素晴らしい音楽を発見することをとても楽しんでいる。そして、今もずっとこれからももっと楽しみにしている……ということだけなんだ。

──あなたは現在、機材類をどのように調達しているのでしょうか? ネットで購入することも一般的になりましたが、あなたが機材を購入する上で最も重要視しているのはどういう側面ですか? 

J:中古品は通常《Reverb》を通して購入する。新品の場合は、多くの優れたオンライン小売業者から選ぶことができるし、このサイトで買うことはとても気に入ってるんだ。どういう機材が必要かは本当にその時々によって変わるよ。その特定のプロダクションや一連のプロジェクトのために具体的に何が必要なのかにもよるしね。

『Sons Of』のジャケットにもあしらわれているジョン・マッケンタイアの愛猫。 左がLamarで、バスドラの中にいるのがJaki

──あなたは自身の《Soma Electronic Music Studios》と共に15年間拠点を置いていたシカゴからLAに移り、現在はオレゴン州ポートランドに住んでいらっしゃいます。オレゴン州に越してからも既に数年経っていますが、環境が変わったことであなた自身の作業の姿勢に変化や広がりがもたらされたとしたらどういう部分でしょうか?

 

J:そう、シカゴには実に24年いた。今のポートランドに越してきてからは、スタジオには窓があり、外の自然を見たり光を浴びたりできるようになったよ。でも、それ以外は変わらないよ。シカゴを離れたのは……たぶん、変化の時だったのかな。長い間シカゴにいたので、何か違うものを求めていたのかもしれない。LAにいることが自分のキャリアに役立つと甘く考えていたこともあったんだが、結局僕の場合、地理的にどこにいるかはあまり重要ではないみたいだ。ただ、ポートランドに来たのはパンデミックの直前だったので、まだこの地のシーンについては何も知らないだよね。だから、もっと色々と探したりするようにしないといけないと思っているところだ。

──場所が変わってもクラフツマンシップに変化はない、と。

J:そう、僕は結果……つまり作品がそれ自体を物語っていると思っているからね。そして、それは離れていても変わらないんだ。サムもそうだけど僕の周囲にいる仲間たちには大きなコミュニティがあるけど、そこで共有されているような、制作の目的とアートのヴィジョンには確かに何らかの共通点がある。そしてそれはこれからも当分の間続くと思っているよ。

──トータスの盟友、ジェフ・パーカーも現在はLAに移り、新たな現場、人脈を加えて優れたソロ作をリリースしたり活動のフィールドを広げています。

J:ああ、ジェフは現在活動しているアーティストの中で最も才能があり、エキサイティングなアーティストの一人だ。彼が最近手掛けたり制作を続けている作品に、僕はこれ以上ないほど感銘を受けているよ。

──日本では、LAやイギリスはサウス・ロンドンの新世代、新感覚のジャズ・アーティストがここ10年ほど大きく注目されています。今日、R&Bやヒップホップなどを通過したジャズという文脈が育っている理由をあなたはどのように考えていますか?

J:うん、確かに何か理由があるかもしれない。でも、僕にはそれを推察してちゃんと答えることは難しいな。ただ、今の新しいジャズ・ミュージシャンたちにはフレキシビリティがあって、あらゆるサウンドからの影響を受け入れるオープンさがある。そういう側面が新しいアーティストの在り方を形作っているのかなとも思う。注目しているジャズ系のアーティスト? まあ、やっぱりジェフ・パーカー、そしてマカヤ・マクレイヴンあたりかな。

それと、今のミュージシャン……これは音楽家だけじゃないかもしれないけど、現在の人々はアクセシビリティ(入手可能性)を最も重要視し、あらゆる種類の新しい何かを見つけて自分の作品に取り入れることができるようになったよね。それがデジタルでの音楽の世界の新たなエキサイティングな側面かもしれないなとは思う。ただ、一方ですごくアンビヴァレントではあるんだけど、僕自身はSNSが大好きというわけではない。現在すべてが、SNSでの情報共有や、TikTokや配信サービスで音楽をチェックするような状態になっているけど、プロジェクトごとに専用のプロフィールを作成したり、使い分けたりする方がより作業に集中できるかなと思っているんだ。

<了>

ポートランドに移転した緑豊かな環境の《Soma Electronic Music Studios》で作業をするジョン

 

Text By Shino Okamura


Sam Prekop and John McEntire

Sons Of

LABEL : HEADZ / Thrill Jockey
RELEASE DATE : 2022.07.22


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