Back

人はまっさらで生まれ、喜びや挫折を浴びて育ち、強く気高く終える
ザ・ナショナル最高傑作『I Am Easy To Find』ここに誕生!

17 May 2019 | By Shino Okamura

モノクロのポートレートとしてアルバム・カヴァーに写る女性は女優のアリシア・ヴィキャンデル。と知って、とっさに『光をくれた人』(2016年公開)の熱演を思い出した人は、筆者以外にもいるだろうか。昨年公開された『トゥームレイダー ファースト・ミッション』でのアクション・イメージが強いかもしれないが、のちに夫となるマイケル・ファスベンダーと共演したその『光をくれた人』で彼女が演じるイザベルは、素顔で横たわるこのアートワークのアリシアととても似た強さ、しなやかさ、気高さを伴った女性。明るくまっすぐな心で夫を支え、でも流産などによって心に闇を抱えてしまうイザベル。流れ着いた赤ん坊を我が子として育てていくイザベル。挫折と痛みを背負いながら生命力を湛えて強かに生きていくイザベル。そして……。それはまるでジャケットのみならず、このアルバムの中に刻まれたいくつもの女性像に鮮やかに重なる。このアート・ワークのディレクションを担当した……もとより、『I Am Easy To Find』を監督したマイク・ミルズもどこかでそんな「イザベル」を意識していたのだろうか。

『I Am Easy To Find』はロック・バンドとして今や例外的に世界規模での成功を収めているザ・ナショナルの8作目となるニュー・アルバム。であると共に、マイク・ミルズ監督による短編映画でもある。主に90年代からPV制作やジャケット・デザイン(殊にエールの仕事が有名)など音楽の現場(チボ・マットの2人らによるバター08のメンバーでもあった)で多く経験を積んできた現場叩き上げだけに、ザ・ナショナルの音楽に魅せられ、自ら共同作業を申し出たのも自然なことだったのだろうが、それにしてもこれほどまでに両者の合流がよい結果を生むとは思ってもみなかった。なぜなら、マイク・ミルズの短編映画としての『I Am Easy To Find』は、彼のフィルモグラフィーの中でも代表作としてカウントされるだろう『20センチュリー・ウーマン』(これも『光をくれた人』と同じ2016年公開作品だ)の続編のような趣だが、ザ・ナショナルの深い陰影を湛えた曲がヴィヴィッドなコントラストを与えているし、一方でザ・ナショナルのニュー・アルバムとしての『I Am Easy To Find』は、ロック・ミュージックというフォルムで常に社会と対峙してきた硬派なバンドとしての彼らに新たな持ち札をもたらすことになったからだ。それは、もちろん、女性という存在――。

実際にザ・ナショナルのニュー・アルバムとしての『I Am Easy To Find』の楽曲にも多数の女性がヴォーカリストとして参加している。リサ・ハニガン、シャロン・ヴァン・エッテン、ミナ・ティンドル、ケイト・ステイブルズ、そしてデヴィッド・ボウイやレニー・クラヴィッツのお墨付きをもらったベーシストのゲイル・アン・ドロシー……。クレジットには他にも多数の女性アーティストの名前が並んでいるし、なんといってもヴォーカリストであるマット・バーニンガーの妻でありジャーナリスト/編集者のキャリン・ベッサーが作詞で参加しているのにもハッとさせられるし、「Not In Kansas」の歌詞には女優のアネット・ベニング(そう『20センチュリー・ウーマン』!)、ドイツの現代美術家であるハンネ・ダルボーフェン、R&Bシンガー/ソングライターのロバータ・フラックといった女性たちの名前も登場するといった具合だ。

しかし、だからと言って、今作のテーマは女性というわけではない。あくまで様々な人格のアングルを楽曲に加えることで、見方や思想、解釈や咀嚼の多様さを与えようとしたのではないかと思う。そして、その中から描く“君と僕”の距離、あるいは“君と母親”の距離……。親密であることの真理を問うようなリリックからは、マットいわく「女性の声がほしかったわけではない、人々のアイデンティティの構造をより多く表現したかった」という思いが確かに伝わってくる。

ロック・ミュージックの可能性なんてものはわからない。そして、ダイナミズムとセンシティヴィティ、重厚さとカジュアルさをそれぞれ併せ持ち、さらにはそこにブライトでポップな広がりさえ携えるようになったこの『I Am Easy To Find』が、純然たるロック・アルバムであるかどうかもわからないし、果たしてそんなことはもはやどうでもいいことかもしれない。だが、前作『Sleep Well Beast』(2017年)のリリースとそれに伴う第60回グラミー賞【最優秀オルタナティブ・ミュージック・アルバム】の受賞、大々的な世界ツアーと2017年11月にブリュッセルにて行われた初期の代表作『Boxer』(2007年)完全再現ライヴ、そしてそれをパッケージ化した『Boxer (Live in Brussels)』(2018年)の発売……と歩みを止めることなくこうして次なる新作を発表した今のザ・ナショナルは、ロック・バンドとして無敵であり最強であり屈強であることは間違いないだろう。

今回電話インタビューに応じてくれたのはスコット・デヴェンドーフ。同じくザ・ナショナルのメンバーであり双子の兄弟であるブライアン・デヴェンドーフとベイルートのベン・ランツとのユニット=ランゼンドーフとしても活動するスコットとの対話は実に快活な雰囲気だった。しかしその前に。YouTubeで公開されているそのマイク・ミルズの短編映画としての『I Am Easy To Find』(リンクは下記)をまずは堪能してほしいと思う。記事を読むのは、僅か30分ほどのその映像に身を預けてからでも全く遅くはない。(取材・文/岡村詩野)

前作『Sleep Well Beast』時のインタビューはこちら
【INTERVIEW】
世界に誇る最強バンドであるために〜
アーロン・デスナーが語るザ・ナショナルが無敵の理由
http://turntokyo.com/features/interviews-the-national/

YouTubeで無料公開中! マイク・ミルズが監督した短編映画『I Am Easy To Find』

Interview with Scott Devendorf

――マイク・ミルズが監督した同名短編映画の制作はどのような経緯で決まったのですか?

スコット・デヴェンドーフ(以下、S):そもそもはマイクが僕たちの音楽のファンでね。彼がザ・ナショナルの音楽にインスパイアされた映像作品を作りたいと僕たちにコンタクトをとってきたことがきっかけなんだ。こちら側ももちろん彼の作品のファンだったからオッケーして。僕個人で言うと、『20センチュリー・ウーマン』と『人生はビギナーズ』(2010年)が特に好きでね。で、マイクに会ってみたら、彼は人としても素晴らしくて、仲の良い友人になった。それから、マットとマイクがセリフと歌詞の情報を共有するようになって、お互いの作品が出来上がっていったんだ。映画のストーリーは、登場人物のライフについて。25分くらいで短いし、超ドラマチックなわけでもなく、普通に人生で起こることを表現しているのが僕たちの作品と似ているなと思った。メランコリーなところなんかもそうだな。それを元に、音楽を作っていったんだ。彼が映画の音楽を仕上げる頃、僕たちも作品作りでスタジオに入っていたから、マイクをスタジオに呼んで、映画のための音楽のプロデュースを手伝ったんだ。そういう過程で、“マイク・ミルズ・ヴァージョン”のザ・ナショナルの音楽が仕上がった。僕らのアルバムの抽象的ヴァージョンというかね。僕たちの新作は映画のサントラではないけど、アルバムと映画は繋がっている。マイクは映画監督だけど、彼は音楽も大好きですごくいいテイストを持っているし、僕らの世界観を広げてくれたんだ。

――ということは、マイク・ミルズとザ・ナショナルは今回のプロジェクトのために初めて会ったということですか? 

S:そうなんだ。彼がコンタクトをとってくるまでは会ったことはなかった。連絡のあと、彼が前のアルバムのツアーの時のロサンゼルスのショーに来たんだ。そこで話して、彼がかなりスイートだったから意気投合したんだよ。

――彼のこれまでの作品にはどのような印象を持ってましたか? 

S:もちろん観ていたよ。どれもストーリーが本当に素晴らしい。特に『人生はビギナーズ』は70年代半ばの彼の経験の話で、母親のストーリーもすごく興味深いんだ。人間の経験が美しく語られていると思ったよ。すごくパーソナルで人間っぽいところがいいと思う。マットと僕はずっと前に一緒の学校に行ってグラフィック・デザインを学んでいて、大学卒業後はグラフィック・デザインの仕事をしていたんだ。で、マイクも実はグラフィックデザイナーのトレーニングを受けていたらしいよ。だから、彼にはレコードやポスター、バッケージのデザインも手伝ってもらったんだ。あのペンキが塗られたようなデザイン。それによって総合的なヴィジョンができてすごく良かったと思うね。

――ザ・ナショナルはそもそも映像やアートにとても自覚的なバンドですよね。『High Violet』に収録されている「Sorrow」を105回も繰り返し演奏した6時間をまとめた、アイスランドのラグナル・キャルタンソンによる映像作品『A Lot Of Sollow』が公開されたこともありました。ザ・ナショナルにとって、映像作品、もしくは映画、動画はどのような存在だと考えていますか? 理想的な映像との関係を聞かせてください。

S:マットが一番映像に興味があるんだ。だから映像でもストーリーを伝えようとする。メンバー全員映画は好きなんだ。僕個人は、映画と音楽が平等にコラボしている作品が好き。音楽がディテールを伝えるもの。オーケストラの音楽で映像やバトルをドラマティックにするとかじゃなくて、まあそれはそれで良いんだけど、音楽が何かを感じさせるものが好きだな。大げさにいえば、バックで流れている音楽に気づかなくても、知らないうちにその音楽によって何かを感じさせられているような。『The Revenant(蘇えりし者)』は見た? ディカプリオの。

――もちろん。あのサントラはブライス・デスナーが坂本龍一、アルヴァ・ノトと共に手がけていますよね。

S:そうそう。あの作品の音楽はいいよ! ああいうのがいいな。

"マイクが撮った『I Am Easy To Find』を観て僕は号泣してしまった。すごく感動したんだよ。人が生まれて、亡くなるまでに色々なことがある。あの作品には人生が詰まっていたんだ"

――では、ザ・ナショナルの音楽の世界と、これまでのマイク・ミルズの作品の世界に共通するところがあるとすれば、どういうところだと思っていますか? 

S:パーソナルなストーリーがある。それだと思うね。しかもどちらもドラマティック過ぎない。あとは、リアルなところ。どちらも要素として人間味というものがあって、それが作品に欠かせない要素となっている。そして、それが人に何かを感じさせるんだ。人生と繋がっているからね。問題や醜いこともそのまま書かれている。そういう問題や醜いことがあるからこそ、良いものも生まれるわけで。それがリアリティであり、マイクの作品でもナショナルの作品でも、そのリアルさが表現されているんだ。

――マイクが撮った『I Am Easy To Find』を観て、どのような印象を持ちましたか? 客観的に映像で描かれたザ・ナショナルの世界は、あなたが持ち続けてきたザ・ナショナルというバンドの印象にどのような新たな気づきをもたらしてくれたと言えますか?

S:実は作品を見たあとに僕は号泣してしまったんだ(笑)。すごく感動したんだよ。人が生まれて、亡くなるまでに色々なことがある。あの作品には人生が詰まっていたんだ。あの作品では、一人の俳優が年齢が異なる同じ人物を演じる。彼女は若くてすごく才能があるんだ。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年公開)じゃないけど、わかりやすく言えばそんな感じ。だから、一つのシーンじゃなくて、その全てをつなげた作品全体が素晴らしい。

『I Am Easy To Find』ニューヨークでの上映会の様子。ザ・ナショナルのマット、ブライス、マイク・ミルズに加えて、ジュリアン・ベイカーも登壇

――一人の人間ドラマとして描かれていますからね。ザ・ナショナルもバンドとして長いキャリアを重ねてきていて一人の人生のドラマが積み上げられているかのようです。

S:ああ、僕たちはチャンスがあればいつも違うことをしてる。一つの楽しいことをずっとやっているのも悪くはないけど、新しい経験は新鮮で楽しいからね。いつもは自分たちのための音楽を作っているけど、その他のことに挑戦できる機会を与えられたらそれにもトライすることにしているんだ。そうやってキャリアを重ねてきたよ。例えば去年、僕らはアニメ『Bob’s Buskers』とのコラボで「Save The Bird」って曲を提供したんだ。感謝祭に合わせて発表されたんだけど、関係者を知っていたからそれで話が回って来てね。とても楽しかったよ。

――さて、そろそろアルバム『I Am Easy To Find』の話に移りましょう。そもそも作業の出発点はどういうヴィジョンだったのでしょうか?

S:コンセプトというか、いつも僕らは自分の経験と、それの抽象的ヴァージョンって感じで想定してるんだ。僕ら…というか歌詞を書くマットは愛や喪失、別れ、繋がり…といった色々な人生で起こる普通のことを書くリリシストだけど、自分自身のことだけではなくて、友達や家族といった他の人間の視点からもストーリーが描かれている。特に今作は人と人との繋がりがテーマの一つだと言えるね。そういう意味で、コンセプトは人生経験。マットは、映画のストーリーのことも考えていたと思うよ。もちろん、映画は彼についてではなく、登場人物について。マットは、そこに自分のアイディアや経験を落とし込んだんだ。すごく複雑に聞こえるかもしれないけど、意外とシンプルなんだよ。

――作業はいつスタートしたのですか?

S:前回のレコードのツアーが終わったのが2018年の10月で、11月半ばにはもうスタジオに入っていた。いつもはツアーの後休暇を取るから、僕たちにとって、それはレアなことだった。でもツアー中、すでにマイクにインスパイアされていたから、その勢いでスタジオに入ったんだ。フィルムはすでに出来上がろうとしていたし、それに興奮していたからね。ツアー中に制作して、それをライブでプレイした曲をまた改めて作業し直したり新曲をレコーディングしたりした。言ってみれば、映画へのリアクションで制作が始まったんだ。ツアー中は……そうだな、4~7曲くらい書いたよ。そのうち2、3曲は歌詞が途中で変わったんだ。その理由は、世界観が変わったから。以前は一人の男としての世界観だった。マットは、男を意識しているというわけではないんだけれけど、自分が男だからそうなって当たり前なんだ。だから、これまでの内容は彼についてだったし、彼のカリフォルニア・ライフについてだった、でも今回は、女性も含め多くの視点から世界を捉えることに挑戦した。そっちの方にシフトしたんだ。ストーリーの伝え方も色々、見方も色々とわかったんだよ。

――ええ、今作にはリサ・ハニガン、シャロン・ヴァン・エッテン、ミナ・ティンドル、ケイト・ステイブルズ、そしてスキンヘッドのベーシストのゲイル・アン・ドロシーまで多数の女性アーティスト、ヴォーカリストが参加していますね。マット・バーニンガーはオフィシャルのコメントで「女性の声がほしかったわけではない、人々のアイデンティティの構造をより多く表現したかったけど、同性のシンガーの起用はエゴが許さなかった」と語っていますが、実際にここまで多くのゲスト・ヴォーカリスト、プレイヤーが参加したのはバンドにとっても初めてだと思います。

S:そうなんだ。でも、彼女たちをただのバック・シンガーにはしたくなかった。いわば、作品は演劇みたいなものなんだ。皆がそれぞれの役を演じている。それぞれのキャラとその視点を、曲の中で表現しているんだ。トライしてみて、すごく楽しかったよ。僕たちは男性だけどマイク・ミルズが撮ってくれた今回の映画は女性の人生を描いている。それで、世界全体がシフトしたんだ。他の世界観、違いを理解しようとしてね。だから今回は、マットの奥さんも一緒に曲を書いているんだ。それは歌詞に大きく影響しているし、彼らの関係が曲に反映されている。彼と参加してくれたヴォーカリストたちがそれぞれにストーリーの部分部分を伝える感じだね。

――それこそがマットが言うところの「人間のアイデンティティの多様性」を伝えることになった、と。そうした方向性は音作りにどのように影響を与えましたか?

S:うん、まさにサウンドも少しそんな感じなんだ。全てが一度に起こる必要はないとわかった。色々なパートが存在し、そのパートごとに表現が違っても良いと思い始めたんだ。だから今回は、ストーリーの伝え方が違う。これまでやってきたことを繰り返したくはないし、新しいことに挑戦できて良かった。そういう意味で、映画は今回のアルバムにとって大きなインスピレーションで、すごくうまく機能したと思うね。

――ゲスト参加した女性ヴォーカルとマットとの共演について、どのような感想を持っていますか? リサ、シャロン、ミナ、ケイト、そしてゲイルそれぞれの印象を聞かせてください。

S:『Sleep Well Beast』にも参加してくれているリサは素晴らしいアーティストだよ。僕らのツアーにも参加してくれているし、今回のにも来て欲しいな。才能のあるシンガー・ソングライターで、本当に美しい声をしているんだ。ゲイルはレジェンド。デヴィッド・ボウイのバック・バンドのベース・プレイヤーだったなんて、もうそれだけですごいだろ?(笑) 彼女と共演出来てすごくラッキーだった。ああ、そうそうゲイルはレニー・クラヴィッツともツアーしてるんだ。そんな彼女がなぜか僕たちと作業してくれたんだ(笑)。パリで一緒に演奏する予定で、そのあとはまたレニーのとこに行くみたいだよ(笑)。シャロンは長年の友達でツアー・メイト。ミナはフランス人で一緒にツアーをしたことがあるし、ケイトも素晴らしいアーティスト。彼女は才能があって、地に足がついていて、すごく優しい。彼女のバンド・メンバーも全員そうなんだ。だから今回も参加してもらったんだよ。

――そうした女性陣の参加によって、結果としてロック・バンドとしてのダイナミズムやタフネス、一方で優しさや包容力もまた前作以上に増している印象も受けました。前作よりブライトでポップなのに、緩やかなゆとりが感じられるアレンジも印象的です。

S:そうなんだ。サウンド的には、今回の作品がこれまでの中のベストだと思っている。色々な場所でレコーディングしたから、その場所それぞれから異なる特徴、個性を捉えることができたと思うんだ。あと、音にもっとスペースができたのと、もっと歌も入っている。今回は参加者がたくさんいるっていうのもあるしね。そのコンビネーションで、音が最高の仕上がりになったんだ。マットとアーロンも一緒に作業することに慣れてきたし、お互いに色々と学んだんだと思う。ギアやスタジオに関してとか、どのように一緒に曲を作りたいかとか、そういうことだね。その経験と知識も活かされたと思うし、『Sleep Well Beast』の時のスタジオでも作業したんだけど、前に使ったことがある場所だったから、すでに把握ができていたのも良かったな。前は、ピアノやベースとかが聴こえないとそれに罪悪感を感じていたんだ。でも今は、自分たちが好きなものを作ることに集中できるようになってきた。それが違いを生んだと思うね。自分たちの好みのサウンドはもちろんあるけど、心地よすぎでもいけない。新しいことに挑戦するのがサウンドを面白くする。今回は、皆一緒でなくても楽器それぞれがそれぞれに違う方法で表現し、それを合わせることでも曲が出来上がることがわかったんだ。

――メンバーそれぞれが独立した立ち位置から互いのパートを尊重し合い、5人でのアンサンブルを自由に構成していくようなイメージですか?

S:そうだね。皆で集まって、お互いのアイディアにリアクションを取り合い、その中から好きなものをとっていく。それは変わらないと。取るアイデアは様々。自分たちが興奮するものだね。例えば「Light Years」はすごくシンプルなピアノ曲。でも、他の曲ははもっと複雑なんだ。あと、今回はマイク・ミルズも助けてれた。彼のこれまでの作品のサントラも聴いていたから、それにも影響されたんだ。彼のサントラの中に、ドラム・ビートとヴォーカルが孤立していて、そのサウンドをその他の面白いサウンドが追う、という形の先が予想できない興味深いサウンドがあったんだ。それは、自分たちにとって新しかった。色々なことが起こる瞬間と、声とドラムだけという瞬間が共存しているなんて。そこから、サウンドの意味がわからなくてもいいんだな、と思うようになったよ(笑)。理にかなってなくてもいいんだよってね。

――では、マットの今回の歌詞については、どのような印象を持っていますか?

S:歌詞に関しては、僕はあまり知りたくない。だからマットにも聞かないんだ。内容を知る必要はないと思う。そっちの方がミステリーがあっていいと僕は思うんだよね。感情的にコネクションが持てれば、それでいい。どの音楽もそうだと思う。マットの歌詞は、詩とまではいかないけど、抽象的。だから、自分なりにコネクションを感じることができる。それでいいんだよ。それがベストだと思う。

――そのマットはLAに住んでいるそうですね。今回はニューヨーク北部のハドソン・バレーを軸に、パリ、ベルリン、ダブリンなどでも録音されたと聞いています。みなさん住んでいる場所自体がバラバラなのに、さらにレコーディング自体様々なところで行われたというのが興味深いですが、今のあなたがたにとって、明確な「一箇所」にこだわらず、複数の街に別れて暮らすこと、様々な土地で録音することはどのような意味を持っていると思いますか?

S:いやもう、面白いだけじゃなくてかなり複雑だよ(笑)。でも確かに面白い。そうやって、僕たちの音楽ファミリーがどんどん広がっているんだ。そっちの方が、ストーリーが混ざっていっていいよね。まあ、もちろん大変でもあるんだけどね(笑)。でも、そういう環境の中から新しい見方が生まれるのは素晴らしいこと。アジアだったら……そうだな日本がいいな。日本はまた戻りたいんだ。もしそれが実現できたら楽しそうだな、最高だね。いつも仕事で行ってすぐ帰ってしまうから、レコーディングで少し長く滞在して、東京以外も色々見れたらいいな。

――そうやってメンバーが世界各地に散らばり、その土地土地での目線で音楽に接することの意味は小さくないと思います。ヒップホップやR&Bなどのブラック・ミュージックが世界のポピュラー音楽のセールスを占めるようになった現在、あなたがたは正攻法なロック・バンドとして例外的に世界的成功を収めています。なぜザ・ナショナルはこうした逆風の中で、作品ごとに大胆な挑戦を繰り返し、しかも良いチャート・アクションを得ることができているのだと思いますか?

S:わからない。何がカギなんだろう。自分自身であり続け、自分が受けてきた影響のユニーク・ヴァージョンを作ることかな。これまでに生まれてきた音楽を上手く演奏したり再現出来るのももちろん素晴らしいけど、やはり自分たちらしい作品でないと、続くのは難しい。何事もそうなんじゃないかな。才能があって、ユニークな見方ができればスタイルは関係ない。あと、人と繋がっていることが大切だとも思う。なぜか、自分たちはそれができていると思うんだ。パーソナル・ストーリーがあれば、それを何で表現するか種類は関係ない。人間はそこに繋がりを感じるからね。自分自身であり続け、自分でないものを追わないこと。言うのは簡単だけど、実は難しい。あとは、失敗を恐れないことだね。失敗はなんども起こる。失敗しても道をそれないことだな。なんか、ポスターのスローガンみたいだね(笑)。

――では、今のあなたがたが心の指針、支柱にしている存在がいるとすればそれは誰になりますか? 

S:自分を人と比べることがないから、ライバルはいないなあ。心の指針はジョニ・ミッチェル。彼女はほんと素晴らしいよ!

――へえ! 彼女のどういうところを指針にしています?

S:そりゃあ全てだよ。彼女は天才だもん。ソングライティングもパフォーマンスも素晴らしい。ハード・ライフのトップの存在だと思う。才能があって、作品や彼女自身から経験が感じられる。ミュージシャンとしても素晴らしいし、ストーリーに没頭させられるのが魅力的だと思う。ジョニは世界のクイーン。ライバルじゃなくてヒーローだな(笑)。

■The National Official Site
https://americanmary.com/

■ビートインク内アーティスト情報
https://www.beatink.com/products/list.php?transactionid=2b06b08221454132d1757fe461d92224e1a34452&mode=search&name=The+National&search.x=0&search.y=0

Text By Shino Okamura

Photo By Graham MacIndoe


The National

I Am Easy To Find

LABEL : 4AD
RELEASE DATE : 2019.05.17

■amazon商品ページはこちら


The National Japan Tour 2020

2020/03/17(火) 東京Zepp DiverCity Tokyo
2020/03/18(水) 東京Zepp DiverCity Tokyo

■公演情報はこちら


関連記事
【INTERVIEW】
「何もないところからバンドを作り上げ、 音楽でやっていけるかも……と思えるまで10年間はかかった」
スコット・デヴェンドーフ、ブレイク前夜のザ・ナショナル初期を振り返る

http://turntokyo.com/features/the-national-scott-devendorf-interview/

【INTERVIEW】
世界に誇る最強バンドであるために〜アーロン・デスナーが語るザ・ナショナルが無敵の理由
http://turntokyo.com/features/interviews-the-national/

【INTERVIEW】
「ザ・ナショナルとツアーをしてステージで歌うことが好きなんだということを実感した」
ブライス・デスナーの妻でもあるミナ・ティンドル〜 生活の中にある音楽への愛

http://turntokyo.com/features/mina-tindle-interview/

【REVIEW】
Bryce Dessner
『El Chan』

http://turntokyo.com/reviews/el-chan/

【FEATURE】
ボン・イヴェールはどこを目指すのか?〜新曲2曲にみるコミュニティ・ミュージックという理想主義
http://turntokyo.com/features/talk_about_bon_iver/

【FEATURE】
テイラー・スウィフト『folklore』が表出させる コミュニティ・ミュージックの必然
http://turntokyo.com/features/taylor-swift-folklore/

1 2 3 73