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現在のNYを支えるビッグ・シーフが放つ《4AD》移籍第一弾作『U.F.O.F』
これは「見知らぬ友人」への投瓶通信か? 信頼と友愛のロック・ミュージックか?

26 April 2019 | By Yasuyuki Ono

《サドル・クリーク》から名門《4AD》へと移籍したビッグ・シーフによる待望の新作『U.F.O.F.』の到着だ。数多くのメディアが絶賛した前作『Capacity』(2017年)のフォーク・ロック要素を踏襲しつつ、エクスペリメンタル、ノイジーなサウンド志向が強まり、バンドのスケール感が拡張されたアルバムとなっている。

アルバム・タイトルの『U.F.O.F.』はUFOフレンドの略語……「見知らぬ友人」を意味するのだという。字義通りいつかきっと出会う「誰か」のことであり、自分の中に巣食うもう一人のコントロールできない「自分」のことでもある。本作でヴォーカルのエイドリアン・レンカーが歌うのは、投瓶通信のように「見知らぬ友人」へ届くよう祈りを込めた、信頼と友愛のメッセージだ。

今回の語り手は、ドラムスを担う、ジェームズ・クリヴチェニア。レーベル移籍への想いから、サウンド・プロダクションへの意識、そしてアルバム・コンセプトまで、私が投げかけた問いへ真摯に向き合いながら、ニューヨークを拠点とするこのバンドが、決意と迷いの中、前作より2年近くの時をかけ生み出した作品の構築図を描いてくれた。『TURN』ではリリース前にいちはやくインタビューをお届けする。アルバムの到着は5月3日、全世界同時発売だ。(取材・文/尾野泰幸 写真/Michael Buisha)

Interview with James Krivchenia

ーー新作を本当に心待ちにしていました。アンビエンス/空間的な音像、エイドリアン・レンカーのパワフルかつ、1音1音を丁寧に捉える歌声、作品全体を通じて静かに流れ、時に激しく響く美しいメロディー。どれもが素晴らしい作品だと思います。本作の大きなポイントとなるのは、あなたたちが《サドル・クリーク》から《4AD》へとレーベルを移したことだと思いますが、今回の移籍のきっかけはなんだったのでしょうか。

ジェームズ・クリヴチェニア(以下、J):ありがとう。『Masterpiece』ができたあと、ヒア・ウィ・ゴー・マジックの前座としてツアーに出たから、彼らを通じてブッキングエージェントとか音楽業界の人たちと交流を持つようになっていった。そんな中で《サドル・クリーク》が僕たちの作品を聴いて気に入ってくれて、それで契約が決まったんだ。

ーーあえて言い切ってしまえば、近年の《サドル・クリーク》はあなたたちを筆頭に、ホップ・アロング、トムバーリン、ハンド・ハビッツ、そしてステフ・チュラといった所属する女性ミュージシャンの多くが素晴らしい作品を生み出し、高い批評的評価を得ていると感じています。あなたたちににとっての《サドル・クリーク》とはどのようなレーベルでしたか。

J:ブライト・アイズがいるレーベル、というイメージだったね。中学や高校の時にそういう音楽が流行っていたから、そういったタイプの音楽に強いレーベルだという印象があった。ホップ・アロングがいたことも知っていたよ。自分たちにとって最初のレーベル契約だったから、沢山のレーベルが興味を持ってくれたけど、彼らのオファーがベストだった。僕らの音楽に真剣に取り組んでくれたんだ。

ーーでは、今回の移籍をあなたたちはどのように捉え、それは本作にどのような影響を及ぼしているのでしょうか。

J:サドル・クリークとの契約はアルバム2枚だった。だから、その後他のレーベルからまたオファーをもらうようになって、それから色々な人たちとビジネスに関して沢山話して、自分たちに一番適した環境を選ぶことにしたんだ。《4AD》の歴史は素晴らしいと思ったし、ショーに来てくれた人も自分たちの音楽にのめり込んで聴いてくれていたし、それで《4AD》を選ぶことにしたんだよ。でも、あまり新作に影響はないと思う。音楽の質や音に関しては時に今回違いを感じたことはなかったからね。

ーー前作でもその傾向があった、フィードバック、リヴァーブがかった空間的/アンビエンスなサウンドは、本作、そしてバンドのアイデンティティになっていると私は感じています。そのサウンド・プロダクションにはどのような意図/背景があるのでしょうか。あなたたちの音楽的ルーツを含めお聞きしたいです。

J:このアルバムでは、特にエクスペリメンタルなことをやってみたんだ。そんな中で、自分たちの音楽が次のレベルへと持ち上がったと思う。サウンド・プロダクションに関して大切なのは、部屋の中で全員が何かを感じられている瞬間。それを感じられたら、良いものが出来ているということだから、そのまま進んでいくんだ。僕たちは、サウンドの核やメッセージの源に関してはこだわりが強い。その核となるフィーリングをまず最初に感じるということが、そこから出来上がっていくサウンドにおいても大切なことなんだ。それを感じられなかったものをオーバーダブしたことはないしね。僕たちは、すごく美しく、汚れていないサウンドを求めていたんだ。新作のエンジニアも、それを基準に選んだ。何がベストの定義かはわからなかったけど、音楽のスタイルや時代を選んで意識したものではなくて、とにかくベストなもの、自分たちが身体と頭全体で良いと感じるものを作りたかったんだ。70年代っぽいサウンド、とかではなくて、それよりも自分たちが音から感じられる質感の方を意識していたんだ。

ーー音楽的ルーツに関してはいかがですか?

J:僕たちは本当に様々な音楽を聴いてきたからな…メンバーそれぞれがそうだし、その全てが自分たちが作る音に少しずつ反映されていると思う。幅が広すぎて、ピンポイントでこれというのは本当に難しいんだ(笑)。

ーーさらにそのサウンドに、あなたたちと長年制作を共にしているプロデューサー、アンドリュー・サルロはどのように影響していますか。彼が手掛けてきた、ニック・ハキムやハンド・ハビッツの作品と、本作には通底する空間的なサウンド・プロダクションを感じました。

J:そうだね。エイドリアン(・レンカー)は、彼が作り出すコクトー・ツインズっぽい力強いサウンドに惹かれたんだと思うよ。それが僕たちが彼に求めていたものだし、彼はそれをもたらしてくれたと思う。自分たちも聴いてエンジョイ出来るサウンドに仕上げてくれたんだ。アンドリューの素晴らしいところは、自分のアイディアや意見を無理にレコードに落とし込もうとするのではなくて、バンドが何を求めているかを第一に考え、形にしようと最善を尽くしてくれるところ。彼にはすごく柔軟性があり、僕らが納得が行くサウンドに達するまで、ずっと力になってくれたんだ。

ーーシューゲイズ・ライクなギター・サウンド(「Contact」、「Jenni」)、ニューエイジ/アヴァンギャルド指向のプロダクション(「Magic Dealer」)も本作を特徴づけるサウンドだと思います。前作と比べこのように幅広いサウンドが登場したのはどのような背景があったのでしょうか。

J:今回は、さっきも話したように時間が沢山あったから、以前よりも考える時間がいっぱいあったんだ。『Capacity』とこのレコードまでに約1年半~2年の期間があったし、ずっとツアーで演奏していた。その間エイドリアンはずっと曲を書いていたし、僕たちもどんなレコードを自分たちは実際に作りたいんだろう、とか色々なことを考えていたんだ。その間に実際演奏してみて、ここはいらないな、とか、これは意外といいな、とか色々な発見もあった。その時間が、前回よりもサウンドをより幅広いものにしたんじゃないかな。

【前作『Capacity』REVIEW】ビッグ・シーフが紡ぐ、ミニマル/トランスボーダーなコミュニティとバンドの物語
http://ai132qgt0r.previewdomain.jp/wp/reviews/capacity/

ーー「Contact」で鳴り響く絶叫に象徴されるような退廃的表現や、「Magic Dealer」のノイズライクなシンセサイザーによる無機質性の表現などが、本作に存在しているとこもまた確かです。この退廃性/無機質性はいままでのあなたたちの作品には見られなかったように思います。それらは本作にとって何を象徴しているのですか。

J:シンセは、音をより力強く抽象的にするために使っているんだ。僕たちは、感情を大げさに表現するのことを恐れない。音をドラマティックにして、より感情を表現しているんだ。そういったサウンドは、このレコードの特徴の一つかもしれないね。

ーーここで作品から少し離れ視界を広げると、近年のインディー・ロックにおける、女性ヴォーカリストを擁したバンド、女性シンガーソングライターの活躍や批評的重要性が、#Me TooやTime’s Upなどを背景としつつ、高まっていることを日本に住んでいる私も感じています。その中で、あなたたちのリリックの中にも女性をエンパワーメントするものがありますし、あなたたちは実際に上記のようなムーブメントと共に語られ、見つめられてきたと思います。あなたたちはそれをどのように捉え、理解しようとしているのでしょうか。

J:僕たちの場合、政治とか、そういうものに対して何かメッセージを伝えようと思ってに音楽を作るということはない。でも、エイドリアンはリアルなものを書いているから、そのリアルさの中には、彼女の周りで起こっている政治や社会のことが入っているのは自然なことだと思う。でも、彼女はそれを意識してやっているわけではないんだ。敢えてそれを取り入れようとはしていない。彼女の人生の一部として自然に出てくるだけだと思うよ。曲は、彼女のハートからくるもので出来ている。彼女の経験とリスナーの皆の経験に共通するものもあると思うし、そこでつながりを感じられる人もいるんじゃないかな。

ーー作品のコンセプトについて聞かせてください。アルバム・タイトルの『U.F.O.F.』とはどのような意味ととればよいのでしょうか。「UFOF」の曲頭に登場する「UFO Friends」という意味なのでしょうか。それとも全く別の省略語ですか?

J:意味はいくつかあるんだ。「U.F.O.F.」はUFOフレンドの略語。エイドリアンのアイディアだから彼女に聞いた方がいいと思うけど、僕たちが聞いているアイディアは、自分自身のエイリアンな部分を受け入れるということ。そんなの自分じゃないと思うけど、自分自身の一部であるもの。それは決して美しくない。でも確実に自分の中に存在する。自分の周りの世界と起こっていることの中で、それと共存していく。彼女はよくそういうことを考えてるみたいだよ。

"音楽は、僕たちにとってシリアスに事柄を語ることが出来る術なんだ…… 自分の中にあるものを解放できるし、どうにかしてそれに向き合うというのは良い挑戦でもある"

ーーアルバム・コンセプトは「未知なものに対して心を広げていくこと」ですね。それは、先ほどの質問に引き寄せれば、例えば多様なセクシュアリティを持った他者や、相互理解できない自分たちとは「違う」他者へと心を開いていこうというメッセージを多分に含んだものだと思います。あなたたちの前作『Capacity』のコンセプトが「一人一人の人間が持つ想像力の可能性を信じること」であったように、あなたたちの作品には他者への「友愛」・「信頼」が通底していると私は考えています。ここまで「他者」という存在をポジティブに描くことがあなたたちを、作品を貫いているのはなぜなのでしょうか。

J:それは、自分たちの性格だと思う。僕たちはディープに物事を掘り下げるし、ポジティブなんだ。そして、自分たちが活動出来ていることへの感謝を忘れない。それが自分たちには大切なことだし、その感謝と自覚と共に活動していくことは欠かせないことなんだ。

ーー以上でお聞きしてきたように、あなたたちの作品は、過去の作品を含め全体を通じてシリアスなものになっていると思います。エイドリアン・レンカーの丁寧に、心の奥底まで訴えかけてくるような歌声からも、そのシリアスネスを感じます。あなたたちをそこまでシリアスに音楽へと向き合わせるものは何でしょうか?

J:音楽は、僕たちにとってシリアスに事柄を語ることが出来る術なんだ。シリアスな経験とか、アイディアについて語ることが出来る。自分の中にあるものを解放できるし、どうにかしてそれに向き合うというのは良い挑戦でもある。でも、シリアスって言われるのもわかるけど、そこまでシリアスでもない(笑)どちらかといえば、シリアスじゃなくてパッションという言葉の方が適しているかもしれないな。僕たちは、ベストを尽くしているだけ。音楽に全てを捧げているんだ。もちろん、それをエンジョイもしているよ。

ーー最後に、この作品があなたたちの国で、世界でどのように聴かれることを望んでいるか聞かせてください。

J:特にこれというのはない。とにかく多くの人に楽しんでほしいだけだな。アルバム全体を通して一つの作品として楽しんでほしい。ラウドに聴いて音に溺れて聴くのも楽しいし、静かに聴いて気持ちよくなるのもあり。聴いて楽しんでくれたらとにかく嬉しいよ。それが誰であってもね。日本にも行きたいよ。2020年の初めあたりに行けたらいいな。実現しますように!

■Big Thief Official Site
https://bigthief.net/

■ビートインクHP内アーティスト情報
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=10138

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【REVIEW】
Big Thief『Capacity』〜ミニマル/トランスボーダーなコミュニティとバンドの物語
http://ai132qgt0r.previewdomain.jp/wp/reviews/capacity/

Text By Yasuyuki Ono

Photo By Michael Buisha


Big Thief

U.F.O.F

LABEL : BEAT RECORDS / 4AD
RELEASE DATE : 2019.05.03

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