「音を探しているって感じがしている」
井上園子、進化を楽しむシンガー・ソングライター
井上園子がどんどんと進化している。もう今の彼女に対し、「カントリー、ブルーグラスの洗礼を受けたシンガー・ソングライター」という評価だけでは圧倒的に足りない。会うたびに、ステージを見るたびに大きくなっていくその存在感は、「音楽というちょっと気まぐれな女神をすっかり味方につけた表現者」という領域にさえ届きつつある。
尤も、彼女は今も地元・茅ヶ崎に暮らし、その界隈の空気に触れ、そこで得た仲間たちを中心に自分の領域を広げているし、カントリーやブルーグラスの魅力を掘り下げることができているのも自分のホームグラウンドが明確にあるからというのは間違いないところだろう。この後のインタヴューでも話をしてくれているが、彼女は現在、長尾豪大(ギター/ModernOld)、大澤逸人(ベース)、gnkosai(ドラム/gnkosaiBAND)と共にステージに立つことも多く、スタジオにも4人で定期的に入っている。『ほころび』という2024年にリリースされ、今なおロングセラーとして話題になり続けている彼女にとってのファースト・アルバムが弾き語りによるものだったことを思うに、短期間でかなりの跳躍力を発揮していると言っていい。実際、バンド編成でのライヴではジャム・バンドさながらの長尺のインタープレイが堪能できる。少し驚く人もいるかもしれないが、昨年初めてバンドでのパフォーマンスを観た時は、グルーヴのある演奏をも手中に収めようとしていた。
しかし、今の井上園子は、もうそこからも先に進んでいる。必ずしもカントリーという文脈だけにこだわっていないのはもとより、強さとしなやかさの抑揚を効かせたヴォーカルは、やや突飛な例えのように思われるかもしれないが、ナラ・レオンやガル・コスタのようなトロピカリズモ時代の女性シンガーのよう。『ほころび』以降に公開された新曲たち……たとえば「たのしいくじびき」などのオリジナルの曲はもちろん輝きを放っているが、「常磐炭坑節」「テネシー・ワルツ」などのカヴァーも自分のボキャブラリーで解釈するようになった。「テネシー・ワルツ」はパティ・ペイジの……というより江利チエミによるヴァージョンをお手本にしているようだが、江利チエミにも負けない憂いとパンチの効いたヴォーカルは堂々としたものだった。
実は、過去に2回(2025年12月、2026年5月)放送された井上と高田漣との二人によるラジオ番組『弦とことばの交差点』(NHK-FM)に、筆者は構成で関わらせていただいたが、半年の間でここまで成長するのか、と驚くほど、一回目と二回目の共演シーンには大きな進化があった。無論、互いの持ち曲を共演したり、カヴァー曲をとりあげたりする様子はとても初々しく楽しそうだ。高田漣という大先輩にいろいろと話を聞きながら楽器を触っている横顔はとても素直で愛らしくチャーミングでもある。だが、努力・練習、その成果による研鑽が、彼女の音楽家としての強さを引き出していることが何より感動的だった。収録された自分の演奏、歌をブースでしっかり耳をそばだてて聴いて判断する……そこに頼もしさすら感じることができた。
6月に開催される《FESTIVAL FRUEZINHO 2026》に西内徹とともに初出演することも発表された(つまり、マーク・リーボウ、サム・ゲンデル&サム・ウィルクス、テリー・ライリー、岡田拓郎らと同じステージに立つわけだ)。ギターをかついで全国どこでも歌いにいくフットワークの軽さは変わらないが、見える景色はかなり変化もしてきただろう。そんな井上園子のインタヴューをお届けする。なお、このインタヴューは昨年夏に京都で行ったものだ。あくまで1年近く前の彼女の発言であること、そして今の井上園子はもう既に“この場所”にもいないということを、ご承知おきいただきたい。今日のアクション、明日の表現、明後日の飛躍は井上園子自身の手の中にずっとある。
(インタヴュー・文/岡村詩野 撮影/小澤克仁 協力:《エンゲルスガール》)
Interview with Sonoko Inoue
──2025年に入ってから相当な角度で右肩上がりの人気ですね。
井上園子(以下、I):やっぱり素直に嬉しいですよね。自分はミュージシャンなんだって自覚はできるようになってきたっていうか。活動を開始した頃は常連さんが中心だったし、お客さんとミュージシャンって立場よりも、もうみんなフラットなところにいるって感じだったけど、今はだんだん……それこそ『ほころび』を出してから。ちょっと段が上がったっていう感じもしますね。“自分なんか……”みたいに卑下して言わないようにしたら、どんどん強くなっていった気がする。ちゃんと綺麗な音、出したいなって。ただ、やってるのはなんか寂しいなって思うようになりましたね。
──綺麗な音?
I:はい、こう、つまびくように弾くというか。それこそ開放弦で演奏してみたりして、ちゃんと綺麗な音を探せるようになった気はします。前は、勢いとか力任せみたいなところもちょっとあったかもしれないですね。
──それによって、曲作りのスタイルも変わりましたか。
I:最近は歌詞よりもメロディラインの方が先にどんどんできてて。音を探しているって感じがしていますね。
──「音を探している」……いい表現ですね。歌を歌うという感覚とは明らかに異なります。
I:一つにはバンドでやるようになったことも大きいです。バンドではとにかくリハをいっぱいするんですね。週に一回は最低入りたい。となると、誰かがまず音を出して、それに誰かが乗って……って感じで大体はリハの半分ぐらいがセッションみたいになる。そこで、そこで知らない音とかフレーズの運びの美しさで気持ちよくなっていって……で、「さっきのってどうやってやったんですか?」ってメンバーに聞いたりして。それを実際のライヴで使うこともあるし、曲間を埋めるためにやってみたり……ちょっとジャムっぽくなるのが楽しいですね。
──バンド編成での井上さんのステージを初めて観た時、すごく感動したんです。スタジオでのセッションの生々しさを垣間見ているようでしたし、なんといってもメンバーの一人になって楽しんでいる井上さんの表情が良かった。もはやフォーク・シンガーとかカントリー音楽という枠組みではなかったんですよね。現代的なサイケデリック・バンドのディープな演奏を目の当たりにした感じで。曲が次々に入れ替わっていったり、断片的にメドレーのようになったりする展開も刺激的でした。
I:嬉しい。メンバーみんな喜ぶと思う。
──いいメンバーですよね。
I:そうなんです。でも実は、みんな別々の現場でたまたまライヴを見て知り合って……って感じだったんです。あ、カッコいい、この人の演奏もカッコいい、みたいな。で、この人が私の曲やったら、どんなふうに捉えてくれるんだろうと思って声をかけていったんです。それまでの私は1人だけでかみ砕いて咀嚼して……繰り返し……というより、それを噛んで食べて、また吐き出して、ちょっとずつ変わっていくぐらいしかなかったけど、この人から見たら、全然違う方向があるかもしれない、その人の見え方を見てみたかったっていう人が3人だったんですよね。gnkosaiさん(ドラム)と(大澤)逸人さん(ベース)は、たまたま同じ場所でライヴしたことがあって、名前は聞いたことあるくらいだったんですけど、あとから聞いたら、逸人さんはgnkosaiさんとも昔やってたバンドのメンバーが一緒だったとか、なんか話すとみんな共通点が1つや2つあったんです。(長尾)豪大くん(ギター)は……茅ヶ崎に《フロッキーズ》っていうお店があって、私はその近くでバイトしていたんですけど、その《フロッキーズ》の店長さんが、いいライヴやってるから招待するって、初めてライヴに誘ってくれて。その時観たのが金佑龍さんのマンスリー企画の前座の、ModernOldって2人組だったんです。それが長尾さんとの出会いです。
──同世代のメンバーもいれば、年上のキャリアあるメンバーもいる。
I:全然気にしないで、いいなと思う人がこの3人だったって感じ。逸人さんはフュージョン系バンドでベースを弾いていて、私のイメージだと必要なことを淡々とやるみたいなプレイヤーだったんですけど、でも、誰よりも苦しそうに、楽しそうにやる人で、素敵な人だってすぐにわかったんですよね。逆に一番新しく出会ったgnkosaiさんは頼もしい兄貴です。場を作ってくれる。
──gnkosaiさんは加川良さんの息子さんなんですよね。
I:そう。でも、最初にスタジオで全員で合わせた時は、みんな、「今から何するんですか?」みたいな感じでしたよ(笑)。でも、とりあえずなんかやってみようよみたいな。「園子ちゃんは3人のことを気にしなくていいから、思いのままやってみて、一回合わせてみるわ」って。で、1個ずつ煮詰めてどんどん変わっていく。だから、スタジオに入るたびにみんなが、「ああ、そこ、あんな感じにしたい!」とか言い出したりしてね。そしたら私もやりたいことがどんどん出てきて。で、みんなが意見を持ち寄ってきて、「じゃあ全部やってみようよ。で、どれが正しいか、みんなで合わせてやろう!」ってことになる。それによって、自分の曲が結構一定じゃないっていうか、テンポもちょっと揺れてるみたいで、gnkosaiさんとやるようになってそれを知って、その揺らぎを統一させようってことになったり、逆にその揺らぎを最大限にもっと膨らませようってなったり。
──自分の曲に一定の揺らぎがあるっていうことに、言われて初めて気づいた。
I:gnkosaiさんに「なんかやりづらい」とか言われて。でも、やりづらいけど楽しいわって(笑)。私、タイミングも全部ギターでとってたから、みんな私のことを見ながらやっていこうって。そこから、もしかしたら違う方向でやってみてもいいんじゃないかなって気づいたんです。実際やってみたいとそう思ったし。
──その結果、アンサンブルがすごく洗練されていってます。「常磐炭坑節」のカヴァーもモダンな演奏で民謡とは思えない。
I:私、生まれは(神奈川県)藤沢なんですけど、小学校3年生ぐらいまで、茨城と福島郡山と北茨城の方にいたんです。その体験もあって、日本の民謡集って歌と譜面が載ってる本を読み始めたらどんどん興味が出てきて。で、昔住んでた茨城ってどんなものがあるんだろうか? って調べてみたら「常磐炭坑節」は聴いたことあった。YouTubeで探してみると、美空ひばりさんが歌ってるのが出てきて、でもそのコードがわかんないから、まずはオープン Dで合わせようと。あと、今やってる「テネシー・ワルツ」も、アメリカの民謡ですけど、江利チエミさんのカヴァーが大好きで。きっかけは小坂一也さんでしたけど。
──あれも節回しなどが印象的なカヴァーです。
I:あと、「King of Clowns」(ニール・セダカで有名)も今練習してます。
──まずはライヴでやってみる。
I:私は音源も大事だけど現場で起きていることの方がすごい大事な気がする。ライヴ・ハウスとかで完結されているもの、その場で起きている感覚ですよね。鳥肌も立つし、なんか違うなと思ったらすぐ違うって分かるし。ライヴは大事だなと本当に思います。
2025年6月30日 京都《エンゲルスガール》でのライヴの様子
──バンドでのライヴの際、どうやってきた展開を考えて変化をつけてるのですか。
I:それはもう本当に自然に。どんなタイプの曲でもちゃんとできるようなメンバーだから、チューニングとかしてる間に、gnkosaiさんが率先してリズムでグルーヴを出して、逸人さんがそこに乗って、豪大くんがそれを進めていって……ってそういう流れがすごい。こうやって自然と体が動いちゃうようなのが、ライヴでもできたらいいなって思っているんです。求められていることとはもしかしたら違うかもしれないけど、今私がやりたいのはこういう感じ。絶対に1人ではできないことなんですよね。私からメンバーにあらかじめ伝えるのは、その曲の、色と、景色だったり、人なのか動物なのか? それとも別の情景なのか、そしてそれは朝なのか昼なのか夜なのか時間帯とか。明確にここをこうしたいとかまでは言ったことないんです。逆に、これだけいいメンバーがいるのに明確な何か1本筋があると、そこに沿って歩くことが正しいみたいになっちゃう。スタートはもうバラバラで、みんなが同じ方を向けたら、それだけでいい気がするんですよ。だから、同じ方を向くために、例えば、朝の露がかかったところに若い馬が走ってて、上には年老いたカウボーイが乗ってて、そのカウボーイに気を遣うように若い馬が朝を走ってるんです……みたいな感じで伝えて言うだけ。あとはメンバーがそれを踏まえて進めてくれる。違ってもいいんですよ。メンバーによって、意外とジメっとした朝を連想する人や、カラッとした朝を感じる人がいて……ああ、みんなの朝の解釈面白い! それでどんどん私も曲に対してのイメージが変わっていく。そういう感じが楽しいんです。
──セッションで曲が完成していく。
I:そうです。そういうのは最近結構増えていました。すでに何曲かそういう曲が増えています。でも、だからみんなとやる前提で曲を考えるから、1人では演らなくなっちゃったりする曲も多いですね。逆に弾き語りでやってた曲をバンドでやったら、そっちのが楽しくて1人でやらなくなっちゃうんです。「たのしいくじびき」も、音源は1人で全部やってるんですけど、一人でやる良さもわかるし、バンドの良さもわかる曲ではあって。あの曲自体は(2025年)3月いっぱいで作ったものなんですけど、バンドでやるようになってからはやっぱりそっちの方が楽しいなって思えていますね。
<了>
京都《エンゲルスガール》で
Text By Shino Okamura
Photo By Katsuhito Ozawa
井上園子オフィシャルサイト
井上園子
『ほころび』
LABEL : P-VINE
RELEASE DATE : 2024.9.4
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井上園子
「たのしいくじびき」(8cm CDシングル)
LABEL : P-VINE
RELEASE DATE : 2025.8.20
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