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「何も考えずただ純粋に楽しんで音楽を聴いてた頃の感覚に再びアクセスした」
ジュリア・ジャックリンが語る『Pre Pleasure』

24 December 2022 | By Nana Yoshizawa

ジュリア・ジャックリンというアーティストは、偶然の流れに身を任せるタフな人だ。彼女の音楽のインスピレーションは、まっさらな幼少期の頃に凝縮されている。もはや無意識に蓄積し尽くしているのかもしれない。8歳のときに父親のCDプレーヤーから再生された、セリーヌ・ディオンの「Because You Loved Me」を聴いていた記憶は、現在のソングライティングに繋がる影響をもたらした。そして、美しいと感じる音楽に浸る喜びを、感覚で捉えたのだろう。3年ぶりのアルバムとなる3作目『Pre Pleasure』は、そんな過去の喜びを表した作品であり、ジュリアの自己洞察に優れた作品でもある。

前作『Crushing』(2019年)はフォーキーなギターが中心のSSWといった印象が強かった。今作ではギターを離れ、主にローランドのキーボードを使い曲を書いたそうだ。新たにドラム・マシンを取り入れる試みは、冒頭の「Lydia Wears A Cross」から反映されている。だが、新しいことにチャレンジする好奇心とは、対照的に思える歌詞があった。彼女の実体験である、幼少期の宗教に対する恐怖や違和感が綴られた内容なのだ。もう一つ、彼女の体験として象徴的な「I Was Neon」。渦巻く骨太なギターリフの上を、クリアなヴォーカルが伸びる。どちらも感傷に傾きすぎない、鋭敏な歌詞にも注目してみてほしい。

今作の共同プロデュースは、アーケイド・ファイア、ザ・ウェザーステーションらを手掛ける、マークス・パクィンを迎えて制作された。そして『Pre Pleasure』を彩るうえで重要なストリングスのアレンジに、オーウェン・パレット(アーケイド・ファイア)を迎えている。彼女にとって、アルバム制作をするごとに新たな場所へ行き、新たなメンバーとセッションをするのは、デビュー・アルバム『Don’t Let The Kids Win』(2016年)から欠かせないことなのだろう。

USツアーを終えて、オーストラリアに戻ったばかりのジュリア。多忙な中、ZOOM越しに手を振りながら始まったこのインタビューでは、彼女の音楽遍歴や、カナダでレコーディングされた新作『Pre Pleasure』について大いに語ってくれた。
(インタビュー・文/吉澤奈々 通訳/竹澤彩子)



Interview with Julia Jacklin


──あなたはすでに10歳のときには、クラシックの歌のレッスンをはじめていたそうですね。どのようなきっかけで音楽に興味を持ち、あなた自身も始めようと思ったのでしょうか?

Julia Jacklin(以下、J):うわー、えーっと、どこから始めよう?子供の頃からお話を書くのが好きで、それとクラシックの歌のレッスンも受けてたのね。それで18歳ぐらいのときかな?高校の同級生にギターのコードを教えてもらって……17歳とか、18歳とかそのくらい?それでボンヤリと『歌を通してストーリーを伝えるのとかもありなのかも』って、本当に何も考えずにボンヤリと。ただ、それが後になって思えば大きかったんだろうなあって、友達がバンドに誘ってくれたってことで。そのとき自分はただ歌だけ担当で、友達がメインで曲を書いてて。そこから、もっと自分なりに貢献したいっていう欲が出てきたのかなあ……だから、本当に遅咲きだし、周りの人達と一緒にやっていくうちにって感じ。

──それ以前からポップやロックを聴いてたんですか?

J:2000年代後半で、ちょうどフォーク・リヴァイヴァルみたいなのが起きてる時期だったから、フォークを中心に聴いてたよ。マウンテン・マンとかよく一緒に歌ってたり、あとアナイス・ミッチェルとかなあ……アナイス・ミッチェルが出した『Hadestown』ってフォーク・オペラに合わせてよく一緒に歌ってたよ。

──キャリアとしては、2014年にインディーロック・バンド、“ファンタスティック・ファーニチャー”を結成、2018年にデビュー・シングル「Fuckin’ Rollin」をリリースしています。このときから、あなたの深みのあるヴォーカルは確立されていた印象を受けました。

J:もともとクラシックの声楽をやってたんで、そこで身につけた癖をほどいていくのが大変で。声楽を習ってたこと自体は自分にとって確実にプラスだけど、必ずしも自己表現に適した歌い方ではないんで。それでまったく違う種類のシンガーを参考にしてみたり、それこそフィオナ・アップルみたいな感情爆発!みたいな歌い手を聴いて、完璧であるかどうかなんて重要じゃない、それよりも感情だよなって思い返したり……あとはエディット・ピアフだよね! 何をもっていい歌い手なのかの基準が根底からひっくり返った!エディット・ピアフ自身、クラシックの素養があって、それを歌いこなせるスキルもあるんだけど、それを凌駕するほどの表現力に溢れてて。だからヴォーカルに関しては、これまで自分が声楽で身につけてきた常識を一つ一つ外していきながら、とにかく色んな人の歌を聴きながら、今のスタイルに至るっていう感じだよね、うん。そう、今だって現在進行形で摸索してるみたいな感じだしね。声ってつくづく奥が深いなあって。自分のものなんだけど完全にコントロールしきれないところとか……それでも歌っていくうちに自分の中での手応えみたいなものが実感できる瞬間が確実にあって、それが思いもがけない境地に自分を導いてくれていったりとかするからね。

──2016年にデビュー・アルバム『Don’t Let The Kids Win』をリリースして各メディアから高い評価を受けます。当時、アルバムのレコーディング費用のために工場で働いていたそうですが、取り巻くまわりの変化をどう感じましたか?

J:うーん、いまだにその変化に追いついていってんだかどうだか(笑)。実際、今言われた通りの展開になって、自分でもまわりに指摘されて『あ、そうか』って思うことはありつつも……で、そうしたちょこちょこした出来事が積み重なって、『あ、自分って今そうなんだ』とか折りに触れて実感する、みたいな。どうなんだろう?一夜にしてすべてが変化したっていうよりも徐々にっていう感じだったから……だって、あのアルバムが出る前にすでに6,7年音楽活動してたわけだから。とはいえ、ものすごくシュールだったのはたしか。それと職場の人が大喜びしてくれたのをすごく覚えてる。そのとき働いてた職場が退職者が出ると全員で『わー、おめでとう!卒業だね!』っていう雰囲気のとこだったのね(笑)、すごくいいでしょう?私の記事がオーストラリア国内の新聞に載ったのを上司が切り取って額に入れて飾ってくれたりして(笑)。良い職場だったよね。前にも色んなところでバイトしてたけど夢を追いかけてるせいでまわりから面倒臭がられたり、成功でもしようものならやっかまれたところだったけど、その職場はまわりみんなが背中を押してくれるような環境で、すごく前向きな気持ちで次のステップに移行することができた。ライヴが忙しくなるにつれて徐々にシフトの数を減らしていって、気がついたらスケジュールがライヴで埋まってて退職するしかなくなった、みたいな。でも今になって振り返ると、あまりにも目まぐるしくて何が何だかわかんなかったんだと思う……というか、正直、今になってようやく冷静になって自分の身に降りかかったことをようやく受け止められるようになったところ(笑)、みたいな気がしてる。自分が成長して賢くなったことで、あの頃に比べたら多少は大人になったわけだから。とにかく自分の人生の中でもおかしな狂った時期であったことはたしかだと思うよ。

──この2年間は、あまり音楽を演奏せず聴くことで音楽と再びつながることを試みたそうですね。とくに、セリーヌ・ディオン、ロビン、ルーサー・ヴァンドロスをよく聞いていたそうですが、これらの音楽に惹かれた理由はなぜでしょう? 

J:うーん、自分がやってるこういう系の音楽って、日々の細かな感情の動きやディテールに気を配っていくって方向にどうしても流れがちで、その反動のせいか、とにかくビッグで大雑把でもいいから愛について歌っちゃうとか、何だったらフリつきで踊っちゃうぐらいの(笑)、バーンッって感じのノリの曲が聴きたくなって、自分でもそれを歌ってみたいっていう衝動に駆られちゃって。ただでさえこの2年間、自分の思考に四六時中つき合ってる状態にウンザリしてたこともあったし(笑)。そもそも、こういうインディー音楽とか、インディー系のミュージシャンをやってると、どうしてもシリアスになりすぎっていうか……うーん、うまく言えないけど、ともするとシリアスな方向に流れがちな気がして。だから自分についての細かいことはとりあえず脇に置いといて、とりえあえず音楽の喜びに身を任せましょうみたいなノリをすごく欲してたし、今言ったアーティストの音楽に全身に浴びることで、そうした部分での音楽の楽しさや美しさを思い出したんだよね。自分が表現すること一つ一つにいちいち意味を込めなくてもいいわけで、個人じゃなくてただ大枠で人間っていうザルの領域での生きることの喜びを歌い上げる、みたいな。いわゆるインディーだとかフォークだとかソングライター系って、必ずしも聴いてて気持ちがアガるものではないし、むしろあえてサゲにかかるみたいな(笑)、それによって一瞬だけでも人生の深遠について考えさせるみたいな、そこが魅力なんだけど。ただ今回はあえて何も考えずに能天気に愛だの喜びだのを歌っちゃうノリに惹かれたんだよね。子供の頃に好きだった音楽がまさにそっち系統だったから。そうした音楽の喜びに身を浸すことで、何も考えずにただ純粋に楽しんで音楽を聴いてた頃の感覚に再びアクセスしたみたいな。それこそ子供の頃の、まだ世間のあれこれにさらされる前の感覚を取り戻したっていうか、何がクールで何がそうじゃないかってそうした価値基準も身につける以前の感覚を思い出したんだよね。

──あなたはセリーヌ・ディオンの音楽を“ビッグなポップミュージック”と表現しています。“大きな美しい曲”という言葉は、今回のアルバムにまさにあてはまると思いました。

J:「あー、はい(笑)」

──今回、目指してたのはやはりそのへんのサウンド?

J:そうだね、自分の中でもうちょっと喜びを表現しちゃってもいいんじゃないの?って。扱ってるテーマはヘヴィかもしれないけど、せめてサウンド的には気持ちを高揚させるものにしたかったの。今回ストリングスにぐっと踏み込んでるのもそういう理由からだし。あるいはディテール的な部分に関しても、カラフルで楽し気な音をちょいちょい取り入れてみたりとかしてね

──シリアスになりすぎずに遊び心を出していく上でどのような工夫をしましたか?

J:今回キーボードとドラム・マシーン中心に曲を書いてるんだけど、それだけでもかなり通常モードから離れる手助けになったんじゃないかなあ。普通にギター音楽で、ギターを片手に曲を作り始めたら、ギターを手にしたときのいつものモードに自分の好きなコード進行にって自分の慣れてるパターンに流れがちだけど、たとえばキーボードのチャラい一音が紛れ込んだだけでも全然違ってくると思うんだよね。しかも自分の使ってたキーボードだって全然本格的なものじゃないから、そりゃ、チャラくなるって(笑)。ドラム・マシーンにしたって、そもそもの楽器の性質そのものからしてシリアスさよりは遊び心重視みたいな感じだし、それで自分もそこに引っ張られた部分があったと思う。それこそ、子供が遊びで鍵盤の前に座って指一本でポロンポロン音を出すような感覚で……うん、そう、それでシンガーソングライター系のモードから抜け出せたのかも。だから、ただ使ってる楽器を変えただけでも大きかった。それによって自分の書き方そのものが変化したと思うし、そもそもキーボードの弾き方とか、私自身全然理解できてないんで。ただ普通に鍵盤を押して『あ、この音好き』とか、そういうノリでやってたんで、それであんまりシリアスになりすぎずに自分にとって何が気持ちいい音なのかってことに乗っかっていけたのかも。自分がキーボードで素晴らしい音楽を奏でるとかハナから期待してなかったおかげで肩の力が抜けたってとこがあったのかも。

──ヴォーカルに関してはどうでしょう? 前作『Crushing』はバリエーション豊かなヴォーカルの印象でしたが、今回のアルバム『PRE PLEASURE』は静かで力強いヴォーカルが象徴的です。ソングライティングをギターから離れて、キーボードで行ったことも影響しているのでしょうか?

J:ああ、それもあるのかも、特にドラム・マシーンを使ったことで。ドラム・マシーンを使うと、メロディにどうしてもリズム的な要素が色濃く出ていくし、歌詞でも歌でもタイミングに合わせてズバッと決めなくちゃいけないし、メロディに関してもギターやフォーク・ミュージックを歌うときみたいに流暢なフローでってわけにはいかないから。それによって自分の歌い方もそうだし、歌詞や言葉の紡ぎ方が変化していった部分がものすごくあると思う。

──アルバム・ジャケットと示す「I Was Neon」を最初に書いたのは2019年で、あなたがドラムを担当していたラトルスナックというバンドのためだそうですが、あらためて今回作品が完成してどのように感じますか?

J:そう、あれは本当におかしな曲なんだよ。私の場合、曲を書いてレコーディングした時点で『はい、終了』ってなるんだけど、この曲に関しては最後の最後まで本当に苦労した!書くのにもレコーディングするのにも今までで一番手こずった曲かもしれない。というか、最初は今回の曲の中で一番楽勝じゃないかって踏んでたんだよ。曲のほうはすでに仕上がってるわけだし。ただ、あまりにも長いこと引っ張りすぎた結果、自分の中でのハードルが上がりすぎちゃって、結果、どれを最終形にしていいのかわからないみたいな。それ以外の曲に関してはそれこそ前日に書いて次の日にもうレコーディングしちゃうとか、もっと圧倒的に曲を書いてからレコーディングするまでの時間が少なかったから、自分の中で期待を膨らませてるヒマもなく。だから今でも時々思うのは……あ、いや、あのアルバムに入ってる「I Was Neon」もすごく好きだし気に入ってるんだよ。でも、いまだに『あー、もうちょっと時間があったらもっとなんとかしてたのに』って考えちゃうことがある(笑)。でも、とりあえずケリをつけなきゃなんないって思うこともあるわけじゃない?自分から手離すことで曲をちゃんと日の目に出して上げるために。“I Was Neon”は、それこそレコーディングの最終日にプロデューサーのマークスに『いい加減しないとほんとヤバいよ、どうしたいの、ねえ?』ってせっつかれながら、『いや、わっかんない‼』って悲鳴を上げながら仕上げた曲で(笑)。面白いよね、曲作りって本当に不思議。あの曲はギリギリまで粘って、最後エイヤって感じで自分の手元から送り出した曲という。

──だいぶ昔に書いた曲を再訪問して作るっていうのも感情的に色々ありそうですよね。

J:うん、そこも自分がこの曲に特別思い入れがある理由の一つでもあるんだよね。ラストスナックで私はドラム担当で友達のトムが歌ってたんだけど、自分じゃなくてトムの声を借りて歌う形だったから普通に自分で曲を書くのとはまた違った面が出てきてると思うし。そうやって色んな形で受け継がれながら、今回、いよいよ私からリスナーの手元に渡るんだと思うと本当にすごく感慨深い……自分の一部みたいな、自分にとってすごく大切な曲。何しろ人前に出すまでにこれだけ長いこと手塩にかけて大事に育ててきたんだもの。

──カナダはモントリオールでのレコーディングで環境から受ける影響はありましたか?

J:アルバムごとに場所を変えてて、ファーストはニュージーランドで録ってるし、セカンドはオーストラリアで、今回のはカナダっていう具合に。レコーディングする度に毎回新たな環境の中に身を置くってことが自分にとっては結構なポイントで……うーん、それこそ言葉にはできない脳内レベルで作用する何か、絶えず緊張感にさらされてる状態っていうの? 一枚の作品を作り上げる上で自分にはその刺激が必要なんだと思う(笑)、落ち着かなくてソワソワするぐらいのほうがちょうどいいっていうか、リラックスしすぎると脳味噌のほうもダラーってなっちゃうから(笑)。自分自身をシャキッとさせるためにも新しい環境に行って新しい人達と一緒に組んで刺激を受けることが自分にとっては必要で。しかもモントリオールが本当に美しくてクリエイティヴな雰囲気に溢れてる街で。ちょうど自分が滞在してるときが暑さからだんだん穏やかになって小雪がチラつくまでを体験することができて、自分の地元よりも四季の変化を強く実感できたのもすごくよかった。その移り変わる変化の中に身を置いてるだけでもものすごくインスピレーショナルだったし、自分の心の中ではもはや第二の故郷みたいに感じてるくらい、あの街で音楽を作れたってことが自分にとってすごく貴重な体験になったよ。

──今回のアルバムには、オーウェン・パレットやザ・ウェザーステーションのメンバーらカナダのミュージシャンが参加しています。共同プロデューサーに彼らのアルバムを手掛ける、マークス・パクィンを迎えてアルバムを制作しようと思った理由や経緯を教えてください。

J:最初のきっかけはザ・ウェザーステーションの2人(Ben Whiteley、Will Kidman)なんだよね。ザ・ウェザーステーションのメンツが過去4年間私のバンドで演奏してくれたんでツアー仲間とアルバムを一緒に作ろう!ってアイディアから始まったんだよね。だから本当に偶然というか、『よーし、次はカナダでマークス・パクィンを共同プロデューサーに迎えてレコーディングしてやろう!』とかいう感じじゃ全然なくて、ウェザーステーションのお勧めでマークスとも繋がったって感じ、ほんと友達からの情報で。というか、今回に限らず自分の場合、結構毎回そのパターンかも(笑)。

──サウンド面で、とくに焦点を置いていた部分はありますか?

J:ザラついた美しさみたいな、骨があるけど美しいみたいなイメージを思い描いてたかな。それで言うとロビンのプロダクションに今回ものすごい影響を受けてたよ。あとはスロッビング・グリッスルをよく聴いて。あのインダストリアルで触感に直に訴えかけながらもそこにチャイムだの美しいオーケストラが響いてくる感じがいいなって……いやでも、実際のところどうなんだろう?今回とにかく遊びまくった、実験しまくったって感じ。今回初めて時間的にも予算的にも余裕のある中で作ったアルバムだったから、本当にその場で適当に思いついたことをやっちゃえる環境にあって、そのたびにプロデューサーのマーカスの頭の中で危険信号が作動してただろうけど(笑)、でも本当にそれが自分のやりたかったことだったから!だって2年間も曲作りから離れてたんだもの。ただ普通に楽ませてよって気持ちだった、それで流れに任せてみたい気分だった。自分が好きと思うような、尚且つ美しいと思う音楽をただ目の前に形にして実現させてやろうっていう気持ちだったよ。

──アルバム後半の「Be Careful With Yourself」から「End of a Friendship」の華やかで儚いストリングスは、デヴィッド・ボウイの『Heros』を彷彿とさせるドラマティックさがあります。今回ストリングスをサウンドに加えたのは、どういった意図があったのでしょうか?

J:特にラストの“End of a Friendship”なんかそうなんだけど、アルバムの終わりを映画みたいな大団円で送り出すような展開にしたくて、それこそ壮大なオーケストラをバックにして主人公であるヒーローの姿がスクリーンの中に消えていくみたいな。前2作の終わりがフォークっぽい曲だったことに対する反動もあって、その真逆の展開を望んでたのもあったし。でも、どうやってそれを実現に導いたのかは私には謎の領域というか……これはマーカスと彼と長年一緒に仕事してきてるオーウェン・パレットのおかげで。傍目には私ががっつりオーケストラ部分にも携わってるように見えるのかもしれないけど、基本役割としてはハーモニーを歌ったってだけで、オーケストラに歌ってほしいハーモニーを鼻歌でiPhoneに録ったのをオーウェンに丸投げしただけ(笑)。それをオーウェンがプラハで録音して仕上げてくれたっていう、自分も一応ZOOM越しに録音に立ち会ったけど、たったの2テイクで無事終了みたいな(笑)。何の苦労もなしにアッサリと自分が思い描いてた音が実現する瞬間を目撃するみたいな、自分にとって初めての経験だった。これを次のアルバムで自力で再現しろって言われたら絶対無理だけど(笑)、今回に限っては『うわ、すごい、はい、OKです!』みたいなそんな感じ(笑)。

──コートニー・バーネットのツアーに参加したアーティストによる、オムニバス作品『Here And There: B-Sides、Live Tracks + Demos』にあなたも参加されています。コートニーを始め、スリーター・キニー、フェイ・ウェブスターなど女性アーティストによるフェミニズムを意識した内容と捉えましたが、あなた自身はどのような印象をお持ちですか?

J:もともと女性アーティストがまわりに多かったのもあるし、自分が好きなアーティストもほぼ女性だし、今女性アーティストが台頭してるのも、自分にとっては全然不思議じゃないし、むしろようやくまともな状態になったみたいな気がしてるよ。今なんて世界中から女性アーティストが出てきて最高の作品をバンバン出してるし。女性側からしたら昔から自分達には才能があると認めてたし、ただ十分な機会が与えられてなかったっていうだけで。それが今では女性アーティストのほうにもちゃんと平等に注目されるようになって。ただ昔から優れた女性アーティストは山ほどいたわけで、うん、そういう意味では、今の時代は女性アーティストにとってすごく生きやすい時代になってるんじゃないかなあ……コミュニティの繋がりもあるし、先輩や同世代の女性アーティストで尊敬してる人達もたくさんいるしね。今言ったコートニー・バーネットなんかまさにそうだけど、友人でもあり常にインスピレーションをくれる存在で、とくにオーストラリアの女性アーティストにとって数々の扉であり新たな可能性を開いてくれた第一人者でもあり、本当に素晴らしいことだと思うよ。

──メルボルンのバンドRVGとビョークのカバー曲「Army Of Me」をリリースしたり、カバー曲のレパートリーも豊富ですよね。これから演奏してみたいカバー曲はありますか?

J:そうだなあ、カイリー・ミノーグ!

──「I Was Neon」のMVにもカイリーの写真が登場してましたね。

J:そう、大ファンだから、いつか歌ってみたい。

──ちなみにカイリーのどの曲?

J:「Come Into My World」だろうね、一番好きな曲なんだから。

──意外でした。それとさっきのシリアスになりすぎないようにって話もちょっと意外でした。

J:うん、でも本当にそうなんだ。

──とはいえ70年代のフィーリングもありますよね?

J:それはやっぱりね、自分の子供の頃に聴いてた音楽の影響からはどうしたって逃れられないもの。それに今の時代みたいな時代だからこそ、あの時代の感触が心地よく響くってこともあるんじゃなあ……アナログテープに全部焼きつけるみたいなノリというか感触をどこかで追い求めてるところがあるような気がしてる……決して意識してやってるんじゃないとしてもね。それが今回のアルバムにもどこかのタイミングで偶然に出てきちゃってるのかもね。だって、そもそも両親が聴いてた音楽でそれが自分の人生の一部であり染みついちゃってるわけだし。

――今日はありがとうございました!明日にはまたツアー再開なんですよね?

J:そう明日からまたツアーなんだよね。

――日本に来る予定などは?

J:ぜひ日本に行きたい!今は『日本においでよ、みんな待ってるよ』っていうお誘いの声を待ってる状態(笑)。


<了>

 

Text By Nana Yoshizawa

Interpretation By Ayako Takezawa


Julia Jacklin

Pre Pleasure

LABEL : Transgressive / Big Nothing
RELEASE DATE : 2022.8.26


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