ステレオラブ『Instant Holograms On Metal Film』
クロス・レヴュー
15年ぶりの新作の“空欄を埋めよ…”
ステレオラブがニュー・アルバム『Instant Holograms On Metal Film』をリリースした。実に15年ぶりとなる新作である。尤も、近年、彼ら自身のレーベルである《Duophonic》と《Warp》との共同作業として、ティム・ゲイン自身の監修で過去作やコンピレーション・アルバムをリイシューしたり、活動を再開させた2019年以降はフェスやツアーにも積極的になっていた。コロナ禍であらゆる行動が制限される期間を経て届いたこの復活作は、そういう点では全く唐突ではなくゆるやかな助走があってのことだ。この最新作のブックレットには、レティシア・サディエール、ティム・ゲイン、アンディ・ラムゼイ、ジョー・ワトソン、そして近年ベーシストとして参加するザヴィ・ムニオスがメンバーとしてクレジット。シカゴ周辺のジャズ・プレイヤーなどゲスト勢も多く参加しているほか、クーパー・クレイン(ビッチン・バハス、ケイヴほか)が演奏のみならずエンジニアとしても関わっている。
そんな今回の新作『Instant Holograms On Metal Film』のリリースに際し、レーベルから穴埋めクイズのような資料が届いた。それが以下。どうやら下線に自由に言葉を入れて、文章を完成させてほしい、ということらしい。というわけで、今回は5名によるクロス・レヴューに加え、筆者それぞれがこの穴埋め問題にも挑戦した。自分ならどういうワードを入れるだろう? そんな想像をしながらぜひ読んでいただきたい。(編集部)
ステレオラブ穴埋め問題

市川タツキ
(空欄を埋めよ…)
ステレオラブ。音楽と 抽象的ながら強固に政治的な 歌詞で知られる 稀有 なグループ。彼らの楽曲は 微細 で、予測不能 で、そして エモーショナル に響き、 クラウトロック や ジャズ 、さらには セルジオ・メンデスなどに代表されるボサノヴァ の影響を感じさせる。本作は コミカルでポップ なスリーブアートワークに収められている。 ファレル・ウィリアムス や タイラー・ザ・クリエイター 、 ジャミーラ・ウッズ といったアーティストから インスパイア元 としてしばしば名前が挙がるこのバンドによる 変わらぬ美学を追求しながらも新しい感触を残す豊穣 な復帰作は、 非凡 や 実験的 と評されるバンドの真骨頂。私たちはただ、 この音の鮮やかな旅路が終わらないこと を願うばかりだ。
例えば、9曲目「Esemplastic Creeping Eruption」に耳を傾けてみると、そこには確かにステレオラブらしい鮮やかさを感じ取ることができるが、彼らの久方ぶりの完全新作にはどことなく影がチラつく。階級闘争や言論統制に対するロンドンの市井の揺らぎを捉えるようなサウンドとリリックは、再び到来したトランプ時代と、暴力がビジネスに置き換わっていく資本主義社会の行方をサバイヴするのにも相応しい鋭利な物語でもある。7分間に及ぶ3曲目「Melodie Is A Wound」のビート・スイッチや耳に鋭く突き刺さるスペイシーで不安定なシンセの2つのインストゥルメンタル、または、作中のいくつかに現れる多様な言語、声色のヴォーカルの存在、仕方は、真の意味での“多様性”が剥ぎ取られていく現在進行形の社会への警鐘にも聞こえる。その様相はカラフルでラディカル。ステレオラブの色彩感覚は健在で、新しい表情を随所に忍ばせながらも、彼らの世界観や思想が、一周して時代のムードにはまっていることを再認識させるレコードでもある。
岡村詩野
(空欄を埋めよ…)
ステレオラブ。音楽と 批評と空想の間を蠢く往還的 な歌詞で知られる 社会の欺瞞への批判をシニカルに誘導する挑発的 なグループ。彼らの楽曲は 再帰的 で、連鎖的 で、そして ニヒル に響き、 現代詩 や 造形芸術 、さらには シネマトグラフィー の影響を感じさせる。本作は 「Ste」「reo」「lab」の3つの音節が階段状に配置された幾何学的 なスリーブアートワークに収められている。 マーク・フィッシャー や ミシェル・ゴンドリー 、 ジェレミー・デラー といったアーティストから 同志 としてしばしば名前が挙がるこのバンドによる 哀しいほどに知性的 な復帰作は、 アンチ権威主義 や アンチ資本主義 と評されるバンドの真骨頂。私たちはただ、 “偏向と虚構に満ちた社会よ、失せてしまえ”という彼らのメッセージが多くの人の脳裏に刻まれる ことを願うばかりだ。
1993年のセカンド・アルバム『The Group Played Space Age Batchelor Pad Music』収録の「Avant Garade M.O.R.」は、“Now it is time to say no to the war”という歌詞に始まる。しかしながら、幻想的でオブスキュアな音像、ゆるやかに進行する曲調、レティシア・サディエールの柔らかな声ゆえに、“戦争反対と叫ぶ時が来た”という直接的なメッセージはモヤの中でそっと息を潜めているかのようだ。そして、この15年ぶりの新作に収められた「If You Remember I Forgot How To Dream Pt.1」で、彼らはまたしてもこう綴っている。“Je dis non a la guerre”。フランス語で歌われるフレーズは、“私は戦争に反対だ”。ああ、なんてこと。あの頃から30年以上が経過した今も、この世界は、優れたポップ・ミュージック・クリエイターたちに、巡礼者のごとく耐え難い矛盾を歌わせてしまっている。ステレオラブが15年ぶりにアルバムを出す契機となったのが、あるいは虚構と欺瞞に満ちた現代への大いなる警鐘を鳴らすためだったのだとしたら……なんという不幸だろうと思ってしまう。だが、喜びと幸せと充足に溢れたステレオラブなど、果たして存在するのだろうか、と考えるに、あまりに残酷ながら、闇深い人間社会にはステレオラブが常に必要なのかもしれない。素晴らしいこの復活作を、そんなジレンマを抱えながら聴いている。
Casanova.S
(空欄を埋めよ…)
ステレオラブ。音楽と 政治的な 歌詞で知られる プラスティック なグループ。彼らの楽曲は 電気的 で、幻想的 で、そして 魅惑的 に響き、 クラフトワーク や ノイ! 、さらには ループ・ミュージック の影響を感じさせる。本作は ホログラム・カードのよう なスリーブアートワークに収められている。 テーム・インパラ や ディアハンター 、 トロ・イ・モア といったアーティストから 影響元として しばしば名前が挙がるこのバンドによる 意欲的 な復帰作は、 前衛的 や 未来的 と評されるバンドの真骨頂。私たちはただ、 ステレオラブが描く未来が輝く ことを願うばかりだ。
まさか新しいアルバムを聞けるだなんて思わなかった。僕にとってのステレオラブはインディー・バンドの影響元や結成エピソードとして出てくるような存在で、半ば伝説みたいな存在だった。近ごろはしばしば伝説が現実世界に降りてくることもあるけれど、伝説は伝説のままでいて欲しいというあまのじゃくな思いを抱えてもいた。だがそんなあれこれはこのニュー・アルバムを聞いて全て吹き飛んだ。多くの曲でヴィンテージのアナログ・シンセの音が強く響いて、それがクラフトワークやノイ!の影響をより感じさせる。ギターと絡み、時に宇宙と交信する信号音のように響く柔らかなそれは懐かしく新鮮な質感を持っていて、その音は語り継がれてきたいにしえの音楽のようでも、今から20年経った後の世界の音楽のようにも聞こえてくる。これはタイムレス・メロディならぬタイムレス・サウンドなのだ。レトロ・フューチャーの未来的な懐かしさがいつの世も変わらぬ人間社会を歌ったヴォーカルと調和する。分岐した未来の違った過去、くすんだ色の脳内アナログ宇宙、ステレオラブの新しいアルバムは矛盾した時間の感覚と心躍る音の興奮を同時に伝えてくる。
高久大輝
(空欄を埋めよ…)
ステレオラブ。音楽と 英語とフランス語を混ぜ合わせた左派的 な歌詞で知られる 近年になってより評価を高める伝説的 なグループ。彼らの楽曲は エクスペリメンタル で、アヴァンギャルド で、そして ポップ に響き、 カン や サン・ラ 、さらには ビーチ・ボーイズ の影響を感じさせる。本作は シンプルで印象的 なスリーブアートワークに収められている。 レディオヘッド や ザ・ネプチューンズ 、 フライング・ロータス といったアーティストから これから生まれてくる未来のアーティストまで広範に渡って影響を及ぼした/及ぼすであろう存在 としてしばしば名前が挙がるこのバンドによる 15年ぶりのほとんど完璧 な復帰作は、 個性的 や 流動的 と評されるバンドの真骨頂。私たちはただ、 あなたがいつもより注意深くこの作品に耳を傾けてくれる ことを願うばかりだ。
ステレオラブらしさ、なんて呼べるものが果たしてあるのか──そう断定できるほど私たちはステレオラブを知っているのか?/それを拒むようにステレオラブの音楽は形を変え続けてきたのではないのか?──わからないが、ステレオラブの長く膨大なディスコグラフィーの中に観測できる特徴のいくつかはこの『Instant Holograms On Metal Film』を一聴するだけでも浮かび上がってくる。反復の美学、あたたかなシンセの響き、ミニマルなテクスチャーの中にじんわりと滲むジャズの影響、知的かつ懐の深い親密なフィーリング……何よりレティシア・サディエールによる、諦念をまとってなお静かに激しく燃える怒りが綴られたリリックと、孤独に虚空へと投げ出されるように淡々とそれでいて明るさを湛えたヴォーカル。ステレオラブの音楽を隈なく表現する言葉を私は知らないけれど、紛れもなくステレオラブの新作を聴いているという喜びを感じるには十分な音に、本作は満たされている。それに、例えば「Esemplastic Creeping Eruption」で繰り返される「It’s dark」という言葉の軽やかな響きは、おそらく15年後も変わらずにリスナーの胸を打つことは容易に予想できる。そう、ステレオラブの音楽はきっとこれまでも、そしてこれからも私たちの心の孤独な暗がりと共にあるのだ。
髙橋翔哉
(空欄を埋めよ…)
ステレオラブ。音楽と 安部公房ばりに示唆的 な歌詞で知られる カンファタブル なグループ。彼らの楽曲は 何時もチャーミング で、何時も愉快 で、そして それはもうたまらなくハッピー に響き、 Perrey and Kingsley や クラフトワーク 、さらには フィリップ・グラス の影響を感じさせる。本作は 坂本慎太郎ばりにシュール なスリーブアートワークに収められている。 シミアン・モバイル・ディスコ や ジェネヴィーヴ・アルターディ 、 小山田圭吾 といったアーティストから 影響元 としてしばしば名前が挙がるこのバンドによる 時代の感覚を失うよう な復帰作は、 首尾一貫 や 実家のような安心感 と評されるバンドの真骨頂。私たちはただ、 この心地よい充実感が終わるなとは言わないまでもゆっくり続く ことを願うばかりだ。
“すべてがあるべき場所にある”──レディオヘッドの言葉を借りるまでもなく、ステレオラブの音楽に触れていると、頭の中が整然さを取り戻していくような気分になる。それはクラウトロックや初期シンセポップから抽出された直角的グルーヴ、あるいはMoogsploitation的なプラスティックな未来感がもたらす作用なのかもしれない。あるいは、彼らの作品を包む工業プロダクト然としたアートワーク──たとえば実験室に置かれる「キムワイプ」のパッケージを思い出す──によって喚起されているのかもしれない。しかし最新作『Instant Holograms On Metal Film』を聴いていると、より柔らかく温かな手触りに気づく。たとえば「Immortal Hands」のピアノのイントロ、あるいは「If You Remember I Forgot How To Dream Pt.1」のバッキングに聴こえるアコースティック・ギター。もちろん本作の楽しい瞬間の多くも、マシナリーで構築的な演奏のなかに詰まっている。なのだが、ふかふかのパンのなかにじゃりっとしたザラメの感触を喜ぶように、本作の音楽は演奏者たちの手つきを感じさせるような、ささやかな曖昧さと優しさを見つめることによってこそ、ステレオラブというふしぎな音楽研究室の姿かたちに改めて出会い直させるものである。
Text By Shoya TakahashiTatsuki IchikawaCasanova.SShino OkamuraDaiki Takaku

Stereolab
『Instant Holograms On Metal Film』
LABEL : Warp / Duophonic / Beatink
RELEASE DATE : 2025.5.23
購入は以下から
BEATINK公式オンラインサイト
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