Jay Som『Anak Ko』から考える、アジアン・アメリカン女性による”私たちの音楽”としてのギター・ミュージック
90年代のオルタナ・ロックというのはある種、サウンドの荒っぽさゆえ、雄々しいイメージとは不可分であることは否定できない。いや、もちろん、ピクシーズのキム・ディールやソニック・ユースのキム・ゴードンといった、バンド内で重要な役割を担った女性は確かにいるし、彼女らが後進に与えた影響は計り知れない。だが、やはり彼女たちから鳴らされるのはあくまで無骨なロックサウンドである。ただ、ここ最近になって、そうしたオルタナ〜グランジ、また歪みギターロックの系譜でさらに遡るならばシューゲイザーまで射程距離に収めたバックボーンを持ちながらも、荒々っぽさやラウドネスを押し出すのではなく、緻密で丁寧なポップソングを紡ぐ女性のソロ・アーティストが確かな存在感の輝きを放っているように感じる。
ジェイ・ソムの2枚目となるこのニューアルバム『Anak Ko』は、今年の中ではその最右翼と言える作品だ。前作『Everybody Works』(2017年)では「One More Time, Please」のような横揺れのレイドバックしたビートと、手数を抑えた”抜きの美学”の徹底された楽曲が優れていたので、筆者なんかは特にベッドルームポップ×R&B的な新しい存在として認識していたジェイ・ソム。それもあって、ケヴィン・シールズのギターの音がするというエフェクターまで使ったという今作のシューゲイザー色の強さと前作のイメージが初めは繋がらなかった。しかしよくよく考えれば、その「One More Time, Please」もラストには歪んだギターを弾き倒すソロもあったことも思い出されることだろう。今作は、そんなかたちで前作の中にも現れていたオーヴァードライヴしたギターがフィーチャーされたサウンドがとりわけ印象的だ。もちろんそれは、本人も公言するように、シューゲイザーやドリーム・ポップからの影響であることはすぐに窺い知れる。先行で配信されていた「Superbike」で聴けるコーラスとリバーヴをたっぷりとかけ何重にも重ねたギター・サウンドだけでなく、囁くような甘い歌やキャッチーなメロディはまさにマイ・ブラッディ・ヴァレンタイン〜ライドを正統に受け継いだといった趣きだ。
だが、続く「Peace Out」での思い切り良くリズムを叩きつけるザクザクとしたギターには、どちらかといえばペイヴメントなんかを思い浮かべるところもあるように感じられる。思い返せば、ジェイ・ソムとも親しいミツキだって『Puberty 2』(2016年)までは前述のような90年代オルタナティブ・ロック的なギター・サウンドを掻き鳴らしていたわけだ。もちろん、そこから昨年の『Be the Cowboy』をもって、ギターに頼らず、より普遍性と独創性をもったポップソング・コンポーザーとして飛躍したことは説明に及ばず。その意味でいえば、ジャパニーズ・ブレックファーストも似たような軌跡を辿っていると言ってよいだろう。
今作『Anak Ko』はジェイ・ソムにとっても、その道筋の上の作品に位置付けられるはず。オルタナ的だと先に書いておきながら矛盾するようではあるが、前作に引き続き基本的にはDIYで制作したという本作は、実は前作以上にギターの鳴りを調整し、歪ませながらも柔らかく緻密に聴こえるよう丁寧に作り込んでいるように聴こえる。それだけでなく「If You Want It」のラストに聴けるミニマルなシンセのフレーズのコラージュや「Tenderness」の洒脱なコード進行なども絡めていくことで、まるで(TURNでの特集でもクラウトロックとシューゲイザー、ブラジル音楽の影響を言及した)ステレオラブのような音響的な実験性とポップさを両立させているとも言えるだろう。
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歪んだギター・サウンドを根っこに持ちながら、大仰なプロデューサーなどつけることなく、1人のソングライター〜コンポーザーとして丁寧にポップソングに仕立て上げていく彼女たち。ブラック・ガールズたちはすでに自分たちの闘いの歴史と声と歌をもっている。ビヨンセのようなロールモデルがいる。一方、それに比べてしまうと、ポップ・ミュージックという点では、まだ寄って立つものがやや乏しいアメリカの中のアジア系女性として生きる彼女たちに必要だったのは、なにかのスタイルをそのまま借りるのではなく、自分たちなりのかたちに消化したうえで1人のマイノリティの女性として思いを吐き出すことのできる、彼女たち自身の音楽だったのではないか。彼女たちが歪んだギターを掻き鳴らすところから出発しているのは、「おとなしい」というステレオタイプで見られがちなアジア系だからこその自然な叫び声の表れだったのかもしれない。ミツキがあれほどの熱狂をもって「私たちの歌を歌ってくれてありがとう」とファンに(善かれ悪しかれ)自己投影されているのも、そのためではないだろうか。
ジェイ・ソムもまた本作をもってそんな存在に一歩足を掛けることとなるに違いない。ただ、欲を言えば、そうして丁寧に作り上げたギターサウンドに、「One More Time, Please」で聴かせてくれたような絶妙に手数を抑えたリズミカルなビートを組み合わせた楽曲を1曲くらい聴きたかった気持ちも否めない。そこにこそ、彼女にしかない、ユニークさとオリジナリティが発揮できる余地があるように思うのだが…そのあたりのブレイク・スルーは、次作に期待することとしよう。まだまだこの道は拓かれ始めたばかりなのだから。(井草七海)
Photo by Lindsey Byrnes
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【REVIEW】
Mitski『Be The Cowboy』
http://turntokyo.com/reviews/be-the-cowboy/
Text By Nami Igusa