「より膨大な労力を投じること」
リチャード・ラッセルは、誰もが目移りしてしまう時代に真正面から対峙する
Everything Is Recorded最新作『Temporary』インタヴュー
エヴリシング・イズ・レコーデッド(Everything Is Recorded)の最新作『Temporary』がリリースされたのが2月28日、だからこのインタヴューは、約3ヶ月ほど遅れて掲載されていることになる。通常だとあまり考えられないタイミングではあるが、それを押してこのように掲載しているのは、より多くの人にこの素晴らしい作品に触れてもらう機会を作りたかったからに他ならない。
おそらくご存知の通り、エヴリシング・イズ・レコーデッドはザ・プロディジー『The Fat of the Land』(1997年)、ディジー・ラスカル『Boy in da Corner』(2003年)、ギル・スコット・ヘロン『I’m New Here』(2010年)、アデル『21』(2011年)など数々の名作を世に放ってきたレーベル《XL Recordings》の総指揮者であるリチャード・ラッセルがプロデュースするコラボ・プロジェクトである。プロデューサーだけでなく、過去にDJ、演奏家としての顔を持っていたリチャードは、このプロジェクトで再び表舞台に立ち、『Everything Is Recorded By Richard Russell』(2018年)、『FRIDAY FOREVER』(2020年)と高い評価を得てきた。
とはいえ、この『Temporary』はこれまでの作品とは様子が違う。というのも、本作から聞こえてくるのは、クラブ・シーンやパンク・シーンで育ってきた/生きてきたリチャードにとっては大きな挑戦であったであろう、フォーキーな音色なのだ。
もちろん、そこにはリチャードの培ったコラージュという手法も存分に活かされている。それによって本作に息づくいているのは、伝統的なフォーク・ミュージックのふくよかな響きだけではない。彼は関わる人々の想い、哲学、会話、ユーモア……それらを極めて丁寧な手つきでそこに折り重ね、より立体的で深みのある、人の生の美しさを描いているのだ。だからきっと、この“一時的”と題されたレコードを2周もすれば、私たちの“一時的”な生が、“永遠”でもあることに多くのリスナーは気づくことができるだろう。一つ目の質問で、リチャードが「“受容”が重要なテーマだった」と教えてくれているように、『Temporary』は受け入れているのである。人間が一人ひとりの“一時的”な生がたくさんの過去からの声を映した存在であることを。老いも若きもその声と共に、今という歴史の先端を生きていることを。
本編に入る前にこの場を借りてお礼を。本取材のために長い間リチャードを追いかけてくださったビートインクの田中さん、法泉寺さん、とても丁寧に通訳してくださった青木さん、時期を問わず掲載を許してくれたTURNのスタッフの皆さん、ありがとうございました。我々と同じく苦難の時代に生きるリチャードの示唆に富んだ言葉をこうして届けられることが非常に嬉しく、感慨深いです。ぜひ最後までお付き合いください。
(インタヴュー・文/高久大輝 通訳/青木絵美 トップ写真/Aliyah Otchere)

Interview with Richard Russel(Everything Is Recorded)
──エヴリシング・イズ・レコーデッドとしての最新作『Temporary』は長いキャリアのあるあなたにとってどのような作品になりましたか?
Richard Russel(以下、R):今まで作ってきたものは、それぞれがある時代や期間を記録したものとなっている。従って『Temporary』は、ここ3〜4年の記録であり、世界情勢に多少の混乱があった時期に作られた作品とも言える。だが、私個人においては、より寛大になって物事を受け入れることを学んだ時期でもあった。このアルバムで“受容”(acceptance)というのは重要なテーマだった。
──今おっしゃったように『Temporary』の制作には約4年の歳月を掛けて制作されたんですよね。どのような経緯で制作を始め、アルバムとしてまとめていったのでしょうか?
R:同時進行していたプロセスがいくつかあったが、それが結果として一つのアルバムへと織り込まれていった。私はコラージュのように作品を作るんだよ。だから異なるいくつかのプロセスをつなぎ合わせて、アルバムを作り上げていく。そのうちの一つは、1人でスタジオに入って、レコードを使い、サンプリングをベースに音楽を作ること。それが自分の基本的な表現方法なのかもしれない。DJに近いし、ヒップホップにも由来している。ボム・スクワッドやプリンス・ポール、デ・ラ・ソウルやパブリック・エネミーのレコード、「The Adventures of Grandmaster Flash on the Wheels of Steel」、ダブル・ディー&ステンスキーの「レッスン1,2,3」──これらは私という人間を形成した、サンプリングをベースにしたコラージュ・レコードだ。それ以前から私はヴィジュアル・アートの世界では(ロバート・)ラウシェンバーグに影響を受けていたし、音声や言葉で“カットアップ”する手法を探求していたウィリアム・S・バロウズにも大きな影響を受けた。そういった世界にのめり込んでいて、ある段階ではサンプリングをベースにした音楽だけのアルバムを作ろうかと考えていたこともあった。いつか作るかもしれないけどね。
それと並行して、私のスタジオに訪れてきた人たちとの会話があった。会話はカジュアルなものから始まるが、スタジオではいつも興味深い話が繰り広げられる。深みのある話や、面白いテーマについての話など。私が一緒に仕事をするミュージシャンたちは、音楽以外の事柄に関しても深い洞察力を持っている人たちばかりなんだ。私は昔からスポークン・ワードをサンプリングするのが好きだったが、許諾を得るのが非常に難しい。とても複雑な手続きがある上、高額な費用がかかり、許諾を得るまでに時間もかかる。そのとき、あることに気づいた。私はエヴリシング・イズ・レコーデッド(すべては録音されている)という名義で活動しているにも関わらず、すべてを録音していないということに。要するにアーティストとの会話は録音していなかったんだ。それはプライバシーに関わるからという理由もあった。だが、そこでみんなの会話を録音し始めてみたらどうだろうと思った。実はこのアイデア自体、私のプロジェクト初期に試してみたことがあるんだ。ギル・スコット・ヘロンのアルバムをプロデュースしたときも、音楽をレコーディングしていないときは、我々が座っていた位置にマイクスタンドにブームを設置した。そして、ギル・スコット・ヘロンに会話を録音すると伝えておいた。その会話はアルバム『I’m New Here』の間奏として何度も使われたし、『Temporary』最後の曲「Goodbye(Hell Of A Ride)」でもギルとの会話が一部含まれている。だからある意味、これで一周したというか、原点回帰したとも言えるね。今回もアーティストの会話を録音していて、気づいたのはある特定のテーマが繰り返し浮上していたということ。それが結果としてアルバムのテーマになった。
そしてまた、別のプロセスでは、オーソドックスな作曲や楽器の録音を行うというものがあった。だがこのプロセスは、すでにあったサンプル・ベースの音楽と、スポークン・ワードの会話という基盤ができてから行われたものだった。建物に例えるなら、サンプル・ベースの音楽と、スポークンワードの会話という基盤の上に、ソングライティングやヴォーカル、インストルメンテーションという別の階を上に建てたということだ。だから主に3つのプロセスがあった。
──なるほど。『Temporary』は前作『FRIDAY FOREVER』からスタイルをシフトし、よりメロディの要素が前に出た作品になっています。実際に『Temporary』では、これまでリズム、言葉、メロディの順に作っていたところを、リズムとメロディの順序を入れ替えて制作したと伺っています。こういった変化に踏み切る際、どのようなことを意識していますか?
R:制作におけるプロセスが、自分にとってのセーフティー・ゾーンになってしまうことがある。つまり、居心地が良すぎるという状態。私にとってサンプリングという手法は重要だが、今回のアルバムではドラムのサンプリングは一切しなかった。ヒップホップのアプローチでは、ドラムは必ずサンプリングされる。ファンク・ドラムをサンプリングするのがヒップホップの基本だからだ。だが私はそうはしたくなかった。ドラムの音を、できるだけ面白い音として表現したかった。パーカッションをライヴ演奏して、さまざまな音を探したよ。「ドラムをサンプリングする」可能性を除外したおかげで、視野が開けたんだ。もっとメロディに集中できるようになったし、制作の全体的なプロセスも、より繊細な感じになったというか、男性的な印象が抑えられたと思う。別に意図したわけではないのだが、そういう印象があったという意味でね。そのおかげでレコーディングも非常に楽しめるものになった。アルバム制作中は、編集するときにその音を何度も何度も聴く必要がある。この作品は、私の以前のものに比べて、優しい響きがあった。以前の(ハードな)作品を長時間聴いていたら、耳にも身体にもキツいことがあるからね(笑)。
──これまで共に仕事をしてきたアーティストたちがスタイルを大きく変える際にしているアドバイスなどはあるんでしょうか?
R: 私がアーティストと仕事をする際に、決まった理論というのはないんだよ。最近もあるアーティストのレコード制作を手伝っていて、セッションをやる予定だった。そのセッションに向けて、マネージャーから、レコーディングに関して事前に読んでおくべき指示(理論)が書いてあるものが送られてきて、セッション・ミュージシャン全員に渡してほしいと言われた。私ならそんなことは絶対にしない。スタジオで一緒に演奏するということは会話をするということだからだ。そして会話の裏に理論は必要ない。スタジオにいるのは人間であり、その人たちのエネルギーであり、そこで何が起きるかということが重要だ。目指すべき意図などない。何も期待していないときにこそ、最高なことが起こるんだよ。音楽制作のプロセスにおいて私が大切だと思っているのは、スタジオでは子どもが遊ぶように演奏(play)していいということなんだ。それが前半の部分。次に後半の部分があって、それは大人としての役割。前半の部分では散らかしても良いが、後半では(プロデューサーとして)綺麗に整える。私は前半も後半もどちらもプロセスとして楽しめるんだ。
──『Temporary』ではイギリスのフォークを現代的に解釈したサウンドを聴くことができます。あなたは若い頃フォーク・ミュージックを聴いたことがなかったそうですが、これまでどのようにフォーク・ミュージックと触れ合ってきたのか、フォーク・ミュージックのどのような部分にあなたが惹きつけられたのか教えてください。
R:フォーク・ミュージックには幅広い定義があり、さまざまなフォーク・ミュージックが存在すると思う。ヒップホップだってフォーク・ミュージックだったし、特にレゲエはフォーク・ミュージックだった。レゲエはジャマイカのフォーク・ミュージックだったからね。だがヒップホップとレゲエにおいて面白かったのは、それらはフォーク・アーティストと同じように、自らの暮らしや生活について語っていた──つまり、暮らしについてのタイムカプセルを作っていた。だが、それと同時に新しい音楽形式を取り入れていたんだ。ヒップホップではサンプリングという新しい技術を起用し、レゲエでは80年代になると今までとは違う機材を使ったデジタル・レゲエというものが誕生した。その一方でイギリスのフォーク・ミュージックに関しては、そういった大規模なアップデートが起こらなかった。だから若い頃の私はイギリスのフォーク・ミュージックに魅力を感じなかった。あの優しい、アコースティックな音は、古臭い音楽に聴こえたから。だが年を取るに連れて、私は田舎で時間を過ごすことが増え、そういう音楽の魅力が分かるようになった。そして、フォーク・ミュージックというものは、さまざまな音楽ジャンルに変形していることに気づいた。だから自分でも、フォークと他の要素との衝突させたようなものを追求してみたいと思った。それに、ジョン・マーティンという60年〜80年代に《Island Records》からレコードを出していた人は、たしかにフォーク・アーティストだったけれど、彼の音楽には面白いプロダクションのアイデアが含まれていた。だから今回はそういう実験をやってみたいと思った。あまり目立たない感じで、デジタルのテクノロジーとフォークのテイストを合わせてみたいってね。
この実験で重要だったのは、スティーライ・スパンのリード・ヴォーカルだったマディ・プライヤーとレコーディングするためにカンブリアまで行ったときのことだ。彼女はそのジャンルにおいて非常に重要な人物であり、彼女との会話を通じて、私は多くのことを学んだ。彼女と一緒にこのような実験をしてレコーディングできること自体が素晴らしい経験だった。ドラムマシーンを使ってレコーディングした曲はどんな感じになるか分からなかったけれど、最終的に「Ether」という曲になった。ヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグと共作した曲で、ジャック・ペニャーテも演奏で参加している。この曲の仕上がりにはとても満足しているんだ。構想自体まるで夢のようなものだったのだけど、電車に乗ってカンブリアまで旅をして、田舎の真ん中にある彼女の家に泊まるというリアルな体験になったんだよ。それは非常に美しい体験だったし、それが結果としてこのような曲になった。
──今話に挙がったアーティストのもの以外で、特に気に入っているフォークの作品はありますか?
R:アルバムの曲「Firelight」は、ニック・ドレイクの母であるモリー・ドレイクをサンプリングしているんだが、このアーティストを教えてくれたのはサマンサ・モートンだった。彼女は、BBCラジオ1の番組『Desert Island Dics』(無人島に持っていく音楽)に出演した際に、モリー・ドレイクの曲をかけたんだ。これは私にとって本当に衝撃的だった。これは彼女の生前にはリリースされていなかった音楽で、ホーム・レコーディングされたものでね。だから繊細な、儚い響きがあって、タイムカプセルみたいだと思った。ホーム・レコーディングならではの特別な質感が宿っている。このモリー・ドレイクのホーム・レコーディング集は現在入手可能になったんだが、非常にスペシャルな作品なんだ。通常のスタジオ環境ではないところでレコーディングされたから質感が違っていて、それに聴いた感じでは、おそらくテープに録音されたものだろう。この作品は今回のアルバムに大きな影響を与えた。

──『Temporary』というタイトルは、あなたのスタジオ《The Copper House》でのジャー・ウォブルとの会話からきているそうですね。ここまでも会話の録音について話していただきましたが、『Temporary』の制作中に印象に残っているスタジオでの会話をいくつか教えていただけますか?
R:彼らのようなアーティストたちは、たくさんの表現手段を持っているんだ。“アーティストには一つの表現方法しかない”という考えは間違っているし、創造性というものに対する誤解だと思う。偉大なミュージシャンが、音楽だけでしか自分を表現することができないなんてことはあり得ないんだ。誰でも複数の方法で自分を表現することができるんだよ。その表現方法の一つが会話だ。サンファは静かな人だと思われがちだが、彼の物事に対する話し方は、他の誰とも違う。彼と私が話している録音もあって、今回のアルバムにもサンプルとして少し入っているんだけど、その会話自体を1枚のアルバムにしてリリースできるくらいだよ。スポークン・ワードのアルバムとしてね。私はほとんど喋っていない、ただ聴いていた。彼との会話は非常に素晴らしいもので、彼には信じられないほどの洞察力が備わっている。
アラバスター・デプルームもまた、世界に対して深い洞察力を持っている。サマンサ・モートンはユニークな人生経験の持ち主であり、素晴らしい内面の強さがある。ジャー・ウォブルは劇的な人生を歩んできた人だが、現在の彼は、非常に進化したというか、人間として達観している。今回のアルバム制作は、彼らのあらゆる側面を受け入れ、理解するという過程が含まれていた。その中でも、会話という表現は即座に起きるものだった。誰かがスタジオに入ってきたらすぐに会話が始まったからね。先日、どこだか覚えていないが、あるフレーズを目にした。それは料理に関するもので「最高の食事は、すでに手元にある材料で作ることができる」というもの。音楽制作にも共通する考え方だと思うんだ。
──『Temporary』からはこれまで以上に楽器や声の響きの豊かさ、生々しさを感じ取ることができます。それらを録音する上で気をつけたポイントはありますか? 参考にした作品などはあったんでしょうか?
R:プリファブ・スプラウトというグループによる、とても素晴らしい曲がある。彼らがレコードをリリースしていた当時、興味の範囲に入っていなかったんだろう、私はそこまで彼らの音楽に興味がなかったんだけどね。彼らの「Doo-Wop In Harlem」という曲にこのような歌詞があるんだ。「If there ain’t a heaven that holds you tonight, they never sang Doo Wop in Harlem(今夜あなたを安らかに抱く天国がないなんて、ハーレムでドゥーワップが歌われたことがないのと同じだ)」と。この曲は亡くなった人に向けて書かれていて、感情が溢れている。感情は音楽に不可欠な要素だ。今回のアルバムではそれを伝えようとした。だから先も言ったように理論は関係ない。もし唯一あるとすれば、オープンな人、素直な人──表現力が豊かなアーティストたち──と一緒に仕事をするということだ。ミュージシャンにおいても、私が求めているのは、技術が優れているミュージシャンというよりは、自分の作品に対して表現力に長けていて、正直であるということ。
それに今回は、ミュージシャンたちに思いっきり演奏してもらうようにした。非常に音楽的な演奏、いわゆるソロ演奏というものを私は長らく敬遠してきた。私のミニマルな音楽的美学とは合致しないと思っていたからね。だが、今回のアルバムではその決断が簡単にできた。「彼らが自由に演奏してもいいじゃないか」と思えた。そしてどうなるか様子を見た。すると、ものすごいことが起こった。リッキー・ワシントンが「My and Me」で演奏するフルートは本当に美しい。このパートは、ロサンゼルスのホテルの一室でレコーディングしたのだが、そのときは土砂降りでね。ロサンゼルスに行って、太陽の光を浴びてこようと思ったのに、私の滞在中はずっと雨だったんだよ(笑)。だから私にはそのときの雨の音が曲から聴こえるんだ。ホテルの一室だったから防音もままならない状態だったけれど、やはりアルバムの曲から雨の音は聴けないと思う。それでも私には聴こえる。リッキー・ワシントンがソロを演奏した時、彼にも雨の音は聴こえていた。そういう、レコーディングをしたときの雰囲気や環境の状態は、アルバムにとって非常に重要だ。アーティストそれぞれとレコーディングした時の瞬間がとても印象に残っているんだ。
それは想像力の助けを借りる場合もある。例えばナリッシュド・バイ・タイムの曲(「Goodbye(Hell Of A Ride)」)。彼は本当に素晴らしいアーティストであり作曲家だ。新人アーティストというのが信じられないくらいね。私と彼はお互い、世界各国をまわっていたから、一緒にスタジオに入る時間が取れなかった。彼と一緒にやりたい曲は決まっていたから、彼に「家で録音して、私に送ってくれないか?」と頼んだんだ。もうすでに公開されている曲だった。彼に自分の曲をカヴァーしてもらいたかったんだ。でも制作過程を何段階か戻して、デモみたいにしてほしいと頼んだ。曲が発展する前、プロデュースされる前の、初期ヴァージョン、最初のヴァージョンのようにしたかった。プロダクションが無い状態にしたかった。それがプロダクションのスタート地点だった。彼は午前3時にボルチモアの実家の地下室で録音してくれた。だから、その場所とその時間はこのアルバムの大事な一部となった。
リッキー・ワシントンとノア・サイラスのレコーディングはロサンゼルスのホテルで行われた。マディ・プライヤーとのレコーディングは彼女の自宅で。他の楽曲は今、私がいるこの部屋(スタジオ)で行われた。サンファ、フローレンス、ジャー・ウォブル、メアリー・イン・ザ・ジャンクヤード、ローゼズなど──彼らとの楽曲は全てこの部屋でレコーディングされた。そういった経験もまたコラージュのように織り込まれて、すべての中心である、このスタジオで一つの作品になっていく。さまざまな場所に赴き、いろいろな経験をして、それを一つのアルバムにまとめるということも重要なプロセスだった。
既リリースだったナリッシュド・バイ・タイムの曲「Hell of a Ride」 「Goodbye(Hell Of A Ride)」──テーマについても質問させてください。『Temporary』という言葉は、魂が“一時的に”肉体に縛られている状態を指していると思いますが、このレコードからは同時に“永遠”を感じます。このようなテーマを作品を通して表現する上でどのようなことを意識しましたか?
R:このアルバムは『Permanent』(永久・永遠)というタイトルにしてもよかったんだよ(笑)。私は日本の作家、鈴木俊隆の『禅マインド ビギナーズ・マインド』に大きな影響を受けているのだが、この本の中で彼は「逆説的でなければそれは真実ではない」と述べている。つまり、私たち人間は“一時的な”存在であるけれども、それは各自の信条やモノの見方で変わってくるということだ。私たちが肉体的には一時的な存在であることは周知の事実だ。だが、肉体を超えた何かがあると信じている人も多い。それが何かというのは、各自の信仰や、それをどういう言葉で表現するか、それがどんな形で表れるかを信じているかによる。永久的なものは存在する。それを精神・魂と呼ぶ場合もあるだろう。
また、人間がアートや音楽を作ってきた歴史を振り返ってみると、人間が洞窟などに壁画を描いていた時代から、人間はあることに気づいていたことがわかる。この気づきは人間だけにあるもので、他の生物は無いものだ。それは自分という存在よりも長く、この壁画の方がこの世に存在し続けるのではないかと想像すること。人々はそうやって昔からアートを作り続けてきた。現代という時代において、情勢が複雑になっても、携帯電話やネットに気を取られても、それでも人はアート作品を作り続けている。つまりこれは人間の本質的な欲求なんだ。人間がなぜこのような行動をするのかという科学的な理由は明らかにされていないが、一種の“遊び”(play)なのだと思う。遊ぶことというのは、子供の本質でもある。だがこの“遊び”には、この先、百年以上も存在し続けるという可能性が秘められている。そんなことを意識して音楽を作っている人はあまりいないと思うけれど、確かに考え方としては建設的ではある。また、現実として、私たちは今、昔の音楽を聴いていて、その音楽はそれを作った人々よりも長く存在し続けている。だからこれは実際に起こりうることだと証明されているんだ。
──このようなテーマを扱うとどうしても「死」という概念は近くなると思うのですが、『Temporary』は悲壮感に満ちた作品ではなく、むしろ生を肯定する力に溢れていますよね。
R:制作のプロセスが楽しかったことが反映されているのだと思う。私自身、とても楽しんで制作ができたし、関わってくれた人たちも楽しく制作ができるような環境を作り上げるように努めた。それにユーモアがたくさんあった。それはとても重要だ。アラバスター・デプルームの言葉を借りると「If you don’t let the humor in through the front door, it’ll rip your walls off(ユーモアを正面玄関から迎え入れなければ、それはお前の壁を引きはがすぞ)」ということだ。ユーモアは人生において重要な要素だし、音楽においても重要だ。ユーモアを忘れてはならない。悩んでいる人がいて、すごく苦しんで、鬱のような状態になっているときは、大抵の場合ユーモアを忘れているんだ。何か笑えることを見つけられたら、辛いことも多少は耐えられる。人間にとって、これは素晴らしい対処のメカニズムだと思う。簡単に手に入る、一番安い薬だ。それに私の個人的経験から言っても、偉大なアーティストは、作品に対しては非常に真剣に向き合っているけれど、同時にめちゃくちゃ面白い人たちばかりなんだ。経験上、私は非常に真剣なミュージシャンと言われている人たちと面識があり、コラボレーションする機会がたくさんあった。彼らはみな、信じられないくらい面白い人たちなんだよ。だから私もユーモアは大切にしていて、自分の作品にも必ずユーモアを入れるようにしている。
──『Temporary』のCDの国内盤のブックレットにも参加アーティストの星座のカードが印刷されています。こうしたパッケージからもあなたの強いこだわりを感じます。
R:このアルバムの制作中、最近の人は注意力が散漫であることを意識していた。それは仕方のないことだ。楽しみにしていたアルバムが出たと、携帯電話に通知が来たとしても、すぐにまた他のことに目移りしてしまい、他の音楽を聴いたりしてしまう。私だってボン・イヴェールの新作『SABLE, fABLE』を自分が聴こうと思っていたほど聴けていないんだ。聴くための努力はするつもりだが、それがとても難しい。ボン・イヴェールの新作を聴いて、素晴らしいと思った。もっとたくさん聴いて、じっくり楽しみたいところなのだが、それがなかなかできない。このようなことは、多くの人にもよくある問題だと認識している。それに対する私の解決策・対応がこれだ──これまでより膨大な労力を投じること。つまり、自分の作品に今まで以上にこだわって、今まで以上に良い作品にして、音楽やヴィジュアルに今まで以上の愛情を注ぐんだ。
今回のアートワークは、大人数編成のチームが膨大な時間をかけて作ったものだ。アートワークには“Fun facts”(おもしろ豆知識)というものが付いていて、これはアルバムに参加しているすべての人との会話から取ったものだ。一人ひとりにインタヴューして、「あなたについての、おもしろ豆知識を教えてほしい」と頼んだ。そんな風に尋ねても「私には、おもしろ豆知識なんてありません」と言うから、うまく会話を掘り下げていかないといけない。最終的に一人ひとりについての面白い豆知識を聞き出すことができた。加えて、占星術的な視点から各自について書こうとも思っていた。だが私は占星術の専門家ではない。興味はあるのだが、特に探求もしていないから、それについて書くのはやめたんだ。でも、星座のカードに合わせて「おもしろ豆知識」を作成するのには膨大な時間を要したがとても楽しいプロセスだったよ。
アートワークのために、マハリシ(MAHARISHI)というファッション・ブランドのデザイナー、ハーディ・ブレックマンを起用した。彼にアートワーク・チームを指揮してもらったんだ。そして、アートワークの完成に近づいた時期に、作業が非常に広範囲で大変だったから、別の人に手伝ってもらったのだが、その人に現状を説明したら、「これにどれくらいの時間を費やしたの?」と聞かれた。「こんなに時間をかける人なんていないよ。頭がおかしいのか?」と。そして、「あなたは、このカード1枚に、通常のアーティストがアルバム・アートワーク全体にかける時間と同じくらいの時間をかけているんですよ」と言われたとき、「それなら我々は順調に進んでいる」と答えた。我々がいるべき地点は、まさにそこなんだ。だって、それ以外に何ができる? 人々の注意力が散漫になり、集中力が短くなってきているのは事実なんだ。でもそれが人間というものだ。テクノロジーに蝕されているところはあるが、注意力が散漫なのは人間として仕方ない。だから自分たちができるのは、今まで以上に良い作品を作ること。それが他の人にとって良い作品を作らねばという激励になることを願うだけだ。それが少しでも解決策になれば嬉しい。たとえそうならなくても、作品作りを楽しむことができればそれでいい。
<了>
Text By Daiki Takaku
Photo By Aliyah Otchere
Interpretation By Emi Aoki

Everything Is Recorded
『Temporary』
LABEL : XL Recordings / Beat Records
RELEASE DATE : 2025.02.28
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