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夏休み特別企画
A. G.クック
ベスト10ソングス

16 August 2024 | By Shoya Takahashi / Daiki Takaku

A.G.クックことアレクサンダー・ガイ・クックは1990年8月23日に建築家の両親の元に生まれ、ドールドスミス・カレッジに就学中、友人であるダニー・L・ハリーとDux Contentを結成するなどクリエイティヴな活動を開始。彼はその後、今は亡きソフィーとの出会いを経て、2013年には現在ハイパーポップと呼ばれている一つの音楽の潮流の基礎を形成したとされるレーベル《PC Music》を立ち上げている。主にその存在が世界的に知られるようになったのは『Vroom Vroom EP』(2016年)ミックステープ『Number 1 Angel』(2017年)以降のチャーリーxcxとのコラボレーションだろう。コンピューター・ミュージックと実験精神でポップ・ミュージックの未来を照らすその功績は現在進行形で輝きを放ち続けている。

今回TURNではソロ・ミュージシャンとしての作品、リミックス、およびビヨンセや宇多田ヒカルとの共作など多岐に及ぶ彼の仕事の中から10曲をセレクト。気ままなライム・グリーンの太陽がギラギラと照りつけるこの夏(“brat summer”)に、一度彼の仕事ぶりを振り返ってみましょう。あなたが選ぶならどんな10曲になるのかもぜひ教えてくださいね!
(文/高久大輝、髙橋翔哉)


QT「Hey QT」(2015年)

A.G.クックとソフィー、シンガーのHarriet Pittard、そして後にハイド(Hyd)として活動することになるパフォーマーのヘイデン・ダナムによる一度きりのプロジェクト、QTによる唯一の曲。甲高く、飴玉のようにスウィートなヴォーカル、トランシーなシンセ、ドロップに向けてビルドアップしていく構成……未来的に感じる要素は曲の中にわかりやすくあるし、それに当然ヴォーカリストとパフォーマーが別という建てつけの面白さも興味を惹く。というかこれは、VTuberの時代の到来を完璧に予想していたかのような、予言的ポップ・アンセムだったのでは? (高久大輝)


GFOTY「Call Him A Doctor」(2016年)

GFOTY(=Girlfriend of the Year)は、Hannah DiamondやEASYFUNと並んで初期《PC Music》を支えたシンガーの一人。EP『Call Him A Doctor』の表題曲は、bubblegum bass路線からパワー・ポップへの寄り道をした異色作を代表する楽曲(その後も彼女は何度も作風を変えている)。ピンクほか、ロックに転向したディーヴァを思わせるキャッチーな旋律とビッグな拍子がほほえましい。のちの100 gecsの出現を予見するようなディストーション・ギターはA.G.クックによるものであり、《PC Music》やクックの幅広い志向性を示すドキュメントだ。(髙橋翔哉)


Charli xcx「Unlock it (Lock It) [feat. Kim Petras and Jay Park]」(2017年)

2016年の『Vroom Vroom EP』から始まった、A.G.クックとチャーリーxcxとの蜜月。ポップネスが前面に出た『Number 1 Angel』に続いてリリースされた『Pop 2』は、多くの女性とクィアのアイコンを集めてエクストリームな音を鳴らすことで、タイトルどおり既存のポップを塗り替える野心作だった。「Unlock it」がTikTokでリバイバル・ヒットしたことは、スマートフォン再生に最適化したヴォーカル処理と鋭いシンセが2020年代のポップの前提の一つになった(=Pop 2の誕生!)との答え合わせを果たした。なおのちのハイパーポップを、サウンド面での形式に限らず、甘美なメロディーというニュアンスを以て定義づけたのは、この時期のA.G.クックおよびソフィーの仕事だった。(髙橋翔哉)


Charli xcx「forever」(2020年)

チャーリーxcxの4作目『how i’m feeling now』はパンデミック下でオンライン上でファン(エンジェルズと呼ばれる。『チャーリーズ・エンジェル』へのオマージュ)とコミュニケーションを取りながら制作されたクアランティン・アルバムであり、そのラフさと実験性は作品に鋭くアクチュアルな響きを与えている。「フォーエバー」。そう歌うチャーリーxcxの声は深く歪んで、紛れもなく“永遠などない”ことを実感していた私たちの暮らしに寄り添ってくれた。A.G.クックとボン・イヴェールとの仕事でも知られるBJバートンのプロデュースによる、デヴァイスを通した精神拡張の可能性を照らすデジタル・ラヴ・バラード。(高久大輝)


Jónsi「Exhale」(2020年)

シガー・ロスのヨンシーをA.G.クックがプロデュースすると知ったときは衝撃だった。そして先行シングル「Exhale」を聴いて二度目の衝撃。クックによるエクストリームなシンセはヨンシーのアンビエント・ポップな作風に寄り添いつつも彩り、またヨンシーは自らが確固たるものにした方法論を、クックとの絡み合いにより一段上のものに昇華させている。思えばシガー・ロス『Kveikur』もインダストリアルに寄った作風だった。その後のヨンシーとシガー・ロスの現代音楽への接近を思うと、二人のコラボが一度限りだったことはさみしくもあるが必然性がある。だがヨンシーの偉大なる通過点は、クックの助力によって通過点にとどまらない輝きを持ち続けている。(髙橋翔哉)


A. G. Cook「Show Me What (with Cecile Believe)」(2020年)

A.G.クックの7枚組『7G』は、ドラムやスポークン・ワードなどサウンドの各要素にフォーカスした楽曲を7曲ずつ収めたコンピレーション的な大作である(2020年は、上述のチャーリーxcxやヨンシーのアルバムに加え、自身名義でも『7G』『Apple』の2作品を発表しており、この年に何度目かのキャリアのピークを用意した感がある)。「Show Me What」はディスク7=“A. G. Extreme Vocals”収録の楽曲であり、Cecile Believeのピッチシフト&オートチューンのかかった歌唱とバブルガムなシンセのフレーズがクックらしい。大作ゆえに取りつきにくい印象もあるが、「Silver」「2021」など隠れた人気曲もあり、自身のポップ改革の歴史を開陳した『7G』はまぎれもなくクックにとっての『Sandinista!』だった。(髙橋翔哉)


A. G. Cook「Oh Yeah」(2020年)

A.G.クックの声(音楽)をよく知る人であればなおさら驚くだろう。イントロからストレートなインディー・ロック風で、うっとりとしてしまう瞬間さえあり、どうにも落ち着かない。が、ノイジーなビートや不自然で必然的なヴォーカルのピッチシフトなど、少しずつ様子がおかしくなっていく様は“想像の斜め上を行く”という意味で期待通り。実験的スケッチの集積であった7枚組の『7G』を濃縮したようなアルバム『Apple』の冒頭を飾るにふさわしい1曲だ。《PC Music》もしくはハイパーポップのリスナーの多くが求めているであろう、シンセが暴れまわる次曲「Xxoplex」への完璧なイントロでもある。(高久大輝)


宇多田ヒカル「One Last Kiss」(2021年)

のちの藤井風プロデュースにつながるJ-POP接近の始まりとしても「One Last Kiss」はエポックな話題だった。それ以前からチャーリーxcxはJ-POPからの影響を公にしていたし、《PC Music》周辺の磁場全体からそこはかとないJ-POPへのシンパシーは感じられた。イントロのフレーズは『新世紀エヴァンゲリオン』の劇中曲と同じリズムをもっており、ピッチを変えられ上ずったり野太くなったりする宇多田の声は、国内市場でもっともアルバムが売れた「国民的」な声がネクスト・レベルに到達したことを示している。つまり本楽曲のテーマは再定義であり、そこに『エヴァ』とも宇多田とも出自を異にするA.G.クックが招かれたことは示唆的である。それまでレーベル仲間と「チーム友達」的な創作をしてきたクックが2020年代以降に一転、外部からの介入者としての仕事を増やしていったことも、クックが自身の活動をも再定義しようとする姿勢の変化と言えよう。(髙橋翔哉)


A. G. Cook「Without」(2024年)

8曲ずつ、過去、現在、未来というテーマに沿ってアレンジされた3枚組のアルバム『Britpop』。その2枚目、“現在”のパートこそ、大それたアルバム・タイトルを明確に表現している。要するに、彼が『7G』(2020年)以降取り組む、UKの曇り空に似合う、メランコリックなインディー・ロックの歴史への接続である。その上で、「Without」はソフィーへと捧げられた、ビートレスで、剥き身なヴォーカルと歪んだギターが今にも張り裂けそうな緊張感を持って迫ってくる1曲だ。DTMの歴史を更新し続ける──その出発点にはおそらくインディー・ロックへのある種の反動も強くあった──彼が、あるいはソフィーの追悼文の中で、ソフィーこそ心の中にもっとも簡単に呼び出すことのできるペルソナであると打ち明けた彼が、どのような気持ちでこの曲を書き上げたのかを想像するたびに胸が熱くなる。引用した「BIPP」のリリックはきっと彼の心の中にいるソフィーの声であり、人生を肯定してくれる良き友の声だ。(高久大輝)


Charli xcx「360」(2024年)

これまでチャーリーxcxの最もよくできたポップ・ソングは「Unlock it」だと思っていたがここにきて揺らいでいる。大胆な展開や(雑に言えば)ハイパーポップ的な爆発的サウンドに頼ることなく、客演の力も借りず、「You gon’ jump if A. G. made it」とチャーリーが煽るように、A.G.クックが小気味良い流線型のグルーヴでダンスへと誘う1曲にして、最新作『brat』がクラブ・レコードであることも象徴する素晴らしいオープニング・ナンバーだ。そして重要なのがタイトル。全方向、といった意味だろうが、果たしてそれは“すべて”を意味するのか? 「You have to be known, but at same time unknowable」。つまり、“よく知られていて、同時に謎めいていること”というMVに登場するセリフは『brat』(と同作に関する一連のプロモーション)のテーマでもあり……おっと、ここに言及し始めると文字数を大幅にオーヴァーすることになりそうなので、よかったら『brat』のレヴューでまた会いましょう:) (高久大輝)

Text By Shoya TakahashiDaiki Takaku


A. G. Cook

『Britpop』

LABEL : New Alias
RELEASE DATE : 2024.5.10
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Bandcamp / Apple Music


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