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Quinn Christopherson: Write Your Name In Pink

2022 / Play It Again Sam
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小さな個人の記憶が伝承されるベッドルーム・ポップ

16 October 2022 | By Tsuyoshi Kizu

プライド・マンスに「Family Gifts」と題して《ATWOOD MAGAZINE》に寄せたエッセイで、クイン・クリストファーソンは先祖から受け継いだ音楽家、ストーリーテラーとしての遺産について振り返っている。とりわけ祖母のメアリーからは「語ること」の意義と尊さを教えてもらった、と。アラスカ出身のクリストファーソンは先住民のルーツを持っており、「語ること」自体がマイノリティの歴史や文化を守ることでもあることを自然と認識していったのだろう。伝承すること、すなわちある意味でフォークロア的な価値観はクリストファーソンの音楽にはじめから内在していていたのだ。

そしてクイン・クリストファーソンのデビュー・アルバム『Write Your Name In Pink』で彼は、自分のこれまでの人生をまさに「物語っている」。パートナーへの感謝に始まり、自身のアイデンティティ、依存症の母との複雑な関係、青春期の過ち、フレンドシップ、そしてトランスジェンダー男性である彼のトランジションの経験まで。それらは非常にパーソナルなものだが、クリストファーソンはただ赤裸々に開陳するのではなく、それらのストーリーが携えた痛みや喜びを明らかに純度を保った状態で伝えたがっている。どれだけ小さな物語であっても、音楽に乗ったときにそれらは聴き手──見知らぬ他者──と深いところで共有しうるものになるのだと。

その音楽はデリケートなメロディを軸にしたベッドルーム・ポップで、どの曲も楽器ひとつで成り立つシンプルな構造であるものの、アルバムではシンセやドラムマシンを使ってアレンジメントを広げている。シンセ・ポップ風の「Bubblegum」、室内楽風のアレンジが施されたピアノ曲「Kids」、ジャジーなバラッド「Simple」、フォーキーな「Take Your Time」など幅はあるが、とくにシンセの使い方に独特の甘美さがあり、メロウな曲調もあってノスタルジーを強烈に掻き立てる。過ぎ去っていった記憶の積み重なりが、ここでは柔らかい音、頼りなくもたしかにエモーショナルな歌、幼少期の思い出を呼び起こすようなどこか懐かしいサウンドで表現されている。感覚的には初期のパフューム・ジーニアスの作風に通じるものがあるかもしれない。

クリストファーソンの名を知らしめた「Erase Me」はアルバムの最終曲となっており、そこで彼は女性から男性への移行を経て「声と力を得た」経験を語っている。世間が「男」に無意識に与えている特権を体感し、そして、それに「耐えられない」と。これは(ポップ・ミュージックの世界でほとんど語られてこなかった)トランスジェンダー男性としての体験であると同時に、彼自身の生々しい感情の吐露でもある。曲の後半、「連中がぼくを消し去ろうとするのにはうんざりだ」と彼は繰り返し叫び、そして、アルバムは小さな溜息で終わる。それは内側に抱えてきたものを吐き出したことの安堵の音である。あるいは、アルバム・タイトルの「ピンク色で名前を書く」は、トランジションを経て男性としての社会規範(「男らしさ」)が求められるようになった現在も自分のなかの女性性を捨て去りたくない気持ちを表現しているという。それが、個人的なリアルな想いとして表現され、伝えられることに意味がある。マイノリティの物語(たち)は、個々のグラデーションを示すことが重要であるからだ。

シャロン・ヴァン・エッテン、エンジェル・オルセン、ジュリアン・ベイカーの合同ツアーのサポートに抜擢されたことでも注目されたクリストファーソンだが、積極的に個人の感情そして「物語」を表現する彼女らと通じるところは確実にある。ベッドルームで生まれたごく個人的なものが、ポップすなわち大衆性に開かれるのは矛盾ではないのである。『Write Your Name In Pink』からは、そのことを信じている人間が作ったものだということがよく伝わってくる。そしてここには、痛みや悲しみ以上に身近な人びととの間に生じる慈愛を守り抜きたいという想いが溢れている。(木津毅)


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