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「中絶以外にも多くの権利がこれから奪われてしまうんじゃないかってことが不安でたまらない」
アメリカ国民として、音楽を奏でる者として、エンジェル・オルセンとして──

24 July 2022 | By Shino Okamura

去る6月24日、人口妊娠中絶の権利を認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を米連邦最高裁が覆したことを受け、数多くのアーティストが抗議の声を上げている。《Glastonbury Festival》ではビリー・アイリッシュ、ケンドリック・ラマーらが最高裁の判断を非難、またグリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロングに至っては米の市民権を放棄することをロンドン公演のステージ上で表明。フィービー・ブリジャーズは昨年秋に実際に中絶の手術を行ったことを告白してその権利の必要性を訴えた。判決前の5月13日には《New York Times》紙に最高裁判所の草案を批判する《Planned Parenthood》(注:女性の性と生殖に関する健康サービスを提供する非営利団体)による一面広告が掲載。そこにはビリー・アイリッシュ、フィービー・ブリジャーズらはもちろん、アリアナ・グランデ、パラモア、ミツキ、ホールジー、クレイロ、キング・プリンセスら160人のアーティストや俳優の名前が連ねられていたが、その願いも虚しく判決が下された格好となった。今後中絶容認派やバイデン政権が強く反発することが想定できるとはいえ、この判決が今後、アーティストたちの表現に大きな変化を及ぼすことになるだろうことは間違いない。

このエンジェル・オルセンもその広告に名前を連ねていた一人。昨年、シャロン・ヴァン・エッテンとコラボ曲「Like I Used To」を発表したり、ルシンダ・ウィリアムスやカレン・ダルトンといった女性アーティスト(だけではないが)の曲を頻繁にカヴァーすることで、積極的にシスターフッドの重要性を伝えてきたエンジェルは、実際に今回実現したこのインタビューでまさにこの判決に対し大いなる疑問とこれからできることを熱く語ってくれた。それは、幼少期に養子に出されたのちに懸命に生きてきたエンジェルにとって、次に崩していかねばならない障壁になるだろうこと、そして同時に、生命というものを改めて考えるまたとない機会になるだろうことも意味している。2021年の夏にカリフォルニア州トパンガキャニオンにてジョナサン・ウィルソンのプロデュースで完成されたニュー・アルバム『Big Time』は、彼女が両親を相次いで亡くしたあとに制作されたもの。エンジェルが言うところのアメリカーナの影響を強く受けた内容だが、彼女からの両親への惜別という側面と、これからも自力で生き方を選びとっていく決意のようなものを伝えるアルバムだ。シャロン・ヴァン・エッテン、ジュリアン・ベイカーとのツアー前に時間をとってくれたこの最新インタビューで、実際に2021年春に同性愛者であることをオープンにした彼女の本音をぜひ読み取ってもらえればと願う。
(インタビュー・文/岡村詩野 通訳:竹澤彩子)

Interview with Angel Olsen


──さきごろ、アメリカの連邦最高裁は、1973年に女性が人工妊娠中絶を選ぶ憲法上の権利を認めた歴史的判例の「ロー対ウェイド判決」を49年ぶりに覆し、州による中絶の禁止や制限を容認する判断を下しました。先月には『NY Times』にミュージシャンたちの連名による意見広告が大きく掲載され、あなたもそこに加わっていましたが、この判決についてどのように思っていますか?

Angel Olsen(以下、A): 今のところ、《Planned Parenthood》(注:アメリカの女性の出産や性にまつわる啓蒙活動や支援を行うNPO団体)や中絶クリニックへの寄付を通じて必要な人達が必要なケアを受けられるように支援していく形で協力するぐらいのことしかできないんだけど。ただ今年の11月には何としても選挙に行って投票してもらわなくちゃ、ちょうどバイデンがトランプを破ったときのように。もし投票にいかなかったら、このままトランプ政権の負の遺産を抱えたまま突っ走っていくことになってしまう。 バイデンが選挙に勝利したときに、それまで積極的に活動していたはずの多くの人達が「とりあえず一件落着で、これからは良い方向に進むね」って安心して気がゆるんじゃったけど、そんなに簡単に現実うまくいくはずがないわけで(笑)。 そこから先もトランプ政権によるダメージを回復するために継続的な努力する必要があるわけで。それは私たちアメリカ人にとっての戦いじゃなくて、世界にも波及していくもので、全体として世界的なリーダーにいかに働きかけていくかってことだから。それもあって、今日とか感情が揺れっぱなしで(注:取材日はアメリカ時間で6月24日の同判決が覆った日)、もうダメだ、いったん寝ないとって感じでもうマジで耐えられないっていうか。昨日とかめちゃくちゃ調子が良くて、エネルギーに満ち満ちてて、活動的に動き回ってたのにさ。それが今朝になって……とりあえず起きてはみたものの、なんて悲しい日なんだろうって。これって一体何を意味してるんだろう、私たちはどうなっちゃうんだろう?って。それでも、こんな状況の中でもできることはあるし。今のところ自分に取れる行動としては、せめて私の言ってることに耳を傾けてやろうじゃないかって人達に対しては(笑)、私の言葉でなくて音楽でもいいけど、その人達に今何が起きてるのか確実に知ってもらうことが重要で。私がこうして学んでることをそのまま伝えていくのが一番確実に伝えられる方法だと思うから。

もちろん、私もいまだにそこは模索してる状態ではある。私だって過去には間違えることもあったし、あまりにも政治的な態度に出すぎたり、迂闊に発言して誤った情報を伝えてしまったこともあるし。こうして人前に立つ立場にいるからこそ、そこは本当に慎重にならなくちゃいけないと気をつけてはいるけど。 ただ、今回のことがきっかけで一番強く感じるのは……一番私が動揺しているのは、アメリカという国が獲得してきた自由な独立精神や、それまで法で認められたはずの権利が50年も経ってから覆されるというあり得ない事態が起こってるわけで、今回の中絶以外にも、これがきっかけとなって他にも多くの権利がこれから奪われてしまうんじゃないかってことが不安でたまらないの。だから、そう、本気で戦って11月には若い人達にぜひ投票に行ってもらわなくちゃ。寄付以外で今の自分に最大限にできることはそこだよね。

──また、つい先ごろあなたはルシンダ・ウィリアムス「Greenville」のカヴァーを公開しました(Amazon Music限定公開曲)。ルシンダはあなたにとってどういう存在なのでしょうか? 彼女はソウルフルなカントリー/フォークというスタイル現代に作り上げた第一人者ですが、彼女の作品のどういうところに最も影響を受けたと言えますか?

A:とにかくもう好きすぎて。あの佇まいっていうか……歌ってるときの雰囲気というか態度が無骨というか、一切取り繕ったりしてなくて、まんまゴロッと出しちゃってるみたいで。ああ、これってこの人が本当にリアルに感じてるまんまなんだなってことが、言葉からも態度からも滲み出てるよね。

──昨年はカレン・ダルトンのドキュメント映画『Karen Dalton: In My Own Time』にも参加され、カレンの「Something on Your Mind」もカヴァーしています。彼女もまたレジェンダリーな素晴らしい女性アーティストですが、こうした歴史的な女性アーティストの作品や活動に改めて触れることが今のあなたにどのような影響を与えていると感じますか?

A: もともと古い時代の音楽を日常的に聴いてるのもあるんだけど、パンデミックが始まったばっかりの時期に、それこそフォークだのカントリーだのアメリカーナ的な音楽を聴き込んでて、ノスタルジーもあるんだけど、あの時代に録音された音にはやっぱり何か特別なものがあるなって。ルシンダやカレンの作品に触れて……ただ自分の言葉と声だけで勝負してるみたいな、そこに自分自身も立ち返ってみたかったんだよね。

──ルシンダ・ウィリアムスには会ったことありますか?

 

A: いや、まだ会えてないんだ。

──ルシンダは現在ボニー・レイットとツアー中ですし、他にもアラニス・モリセットやキャット・パワーもここにきて一緒にツアーをしたりしています。あなた自身もまもなくシャロン・ヴァン・エッテンとジュリアン・ベイカーとのツアーが始まりますし、フィービー・ブリジャーズはクロードのようなZ世代のアーティストを積極的にフックアップもしています。こうしたシスターフッドと呼べるような現在の女性同士の連携に、あなたの存在も欠かせないですし実際に大きく関わっているわけですが、特にここ10年ほどのこうした傾向についてあなた自身どのように感じていますか?

A: そう、私的には本当に素晴らしい流れだと思ってるよ。ここに来てようやく一つになれたんだから。余計な茶々が一切入り込まないように。それまで単に女だからってことで業界の中で勝手にライバル同士みたいな構造で扱われてたりとかあったからね。それがここ5、6年ぐらいかな、女性アーティストないしは出生時の戸籍上での女性に振り分けられる人達がいい意味で音楽業界を乗っ取ってて、見ていて本当に清々しい気分だよ。何がきっかけでそうなったのかはわからないけど、でもそっちのほうが共感できるし、普通に自分の感覚に近いし。あとまあ、自分に関して言うのなら、既にそこそこの数の作品を出してるし、他のアーティストとコラボレーションしたり一緒に作品を作ったところで、今さら比較だの違和感だのを持って扱われることもないと思って。これがまだ初期の頃だったら躊躇してたと思うんだよ。相手のスタイルに自分が引きずられちゃうんじゃないかとか、自分と相手との線引きができなくなるんじゃないかって。ただ今はそれなりの作品数を作ってきたし、今までとは違う新しいことに挑戦する準備ができてるんで。それで言うとシャロンとの共作とか最高だったよ。彼女って本当に一切作ったところがないそのまんまの人で、自分が今まで仕事を通じて会った人の中でも、こんなにも優しくてオープンな心持ってる人がいるなんて!って感じだったよ。

──そうした中で、去年、あなたがシャロンと一緒にリリースした「Like I Used To」はとても素晴らしい曲でした。昨年の《Pitchfork Fes》でのあなたのステージの最後にシャロンが登場した共演パフォーマンスは私も中継で観ましたが、あの曲はどういう経緯で作られたものなのでしょうか? また、ソングライティングは二人でどのように進めて完成させたものなのでしょうか?

A: 最初、シャロンから曲が送られてきたんだけど、率直な感想として、「いや、この曲、別に私の助けなんか必要としてないでしょ?」っていう(笑)。だって、最初から曲として完璧に仕上がってたし! それでも彼女が私とぜひ一緒に歌いたいってことで、 それで何度かEメールでデモをやりとりして。私も歌詞を少し付け加えて、そこからまた彼女が歌詞を書き直してみたいな感じで、元々の土台になる曲自体は彼女のほうで作ってあったのね。 私が参加したときにはほぼほぼ完成してて、ちょっとしたサビだのコーラスを付け足すだけでよかった。それで別バージョンのサビだのパートだのを作る作業を私が手伝ったっていうだけで。それで彼女がスタジオに入って録音して、私はリモートでヴォーカル録りをして。そのあとテレビやビデオの収録を3日間とかそこいらで一気にしたっていう。そりゃまあ、大変だったけど、でも本当に楽しかったよ。そう、そうなんだよ……ちょうどその春に母親がホスピスに入院中で。それで6月にシャロンと私がテレビであの曲を披露したんだよね。それが母親が最後に見た映像のうちの一つで。だから私にはそういう意味でもすごく大切で特別な曲なんだよね……。

──ええ、今作はお母様だけではなくお父様も、相次いで亡くなった後に制作を始められたそうですね。ご両親と過ごした日々や思い出が本作にもたらしたものが多大であることが伝わってくる作品だと感じますが、一方で新たな決意のような手応えも混在した複雑な感情が静かなエネルギーとなっている美しい作品でもあります。あなた自身、今作の背後にある様々な感情を、曲を作ることによってどのようにコントロールしていったのでしょうか?

A: どうなんだろう、自分でも正直よくわからないな。あの時期、ジャパニーズ・ブレックファーストのことをよく思い出してたんだよね。彼女……ミシェル・ザウナーが母親の死について書いた本を出したでしょ(『Crying in H Mart』)。それで私も彼女に感想を伝えて……「すごく響くし、ものすごく語りづらい感情ときちんと向き合って書いてあるね」って。 そう、だから、あのアルバム作りは自分にとってはリハビリ的な作業。今回、幸いにして、自分と両親との関係をテーマにしたアルバムってわけじゃないし(笑)。それでも両親を亡くした後で、レコーディングに入らなくちゃいけない状況は、最初は精神的にものすごくキツかった。でも、実際、あの時期スタジオに通うってことで、結果的に救われたんだよね。ただ、今回インタヴューの数も1日2回までってことお願いしてて……でないとインタビューがセラピー・ルームと化して日がな1日両親との関係について話しちゃいそうだから(笑)。でもね、ほんとにね……母親にこのアルバムを聴いてもらえてたらなあって思うよ。

──オープニング曲「All The Good Times」の冒頭のフレーズがとても痛々しく聞こえます。「I can’t say that I’m sorry when I don’t feel so wrong anymore」。あるいは中盤の「So long farewell, this is the end」というフレーズも。ただ、曲を聴き終える時には不思議と暖かな気持ちになります。

A: あの曲って自分の中では、ものすごく悲しいときとか誰かに対して怒ってたり、心が傷ついてるときって、わりと自分の中では冷静だったりするじゃない? 「あ、大丈夫です、ほんとに」とか言いながら、前にも怒ったりキレたりしたことを思い出して、徐々に「いや、大丈夫なんかじゃないし!」っていう、「マジで勘弁してっていうか耐えられないし!」的な! 「こんなん受け入れろったって無理! 冗談じゃないし!っていうか、だったら、こっちはそれを曲のネタにさせてもらうよ!」みたいな、「今さら私を止めようたって無駄だから!」みたいな(笑)! そう、だからね、自分の人生ってその連続な気がする(笑)。昔からずっとそうやって自分を落ち込ませるものと格闘しながら、何とかしてそれを言語化して乗り越えようとしてるっていうのかな。それもある意味、才能というか、自分に備わったおかしな能力でもあるけど。だって本来なら、それこそニューエイジ的な路線に走ってもいいはずなのに、そうじゃない方向に振り切れちゃうんだから(笑)。いや、でも、ブライアン・イーノ的なニューエイジなら将来的にアリかもしれない(笑)!

でも本当に、これまで一貫して自分の人生経験を元に書いてきてるはいるし。それで言うなら、今回のアルバムではそれが一番如実に現れてるのかもしれない。それまでは芝居的なフリとか楽器のアレンジで濁してたところを、今回はそのまんま出してる……って気がする。少なくとも自分なりの実感としては。とりあえず、めちゃくちゃ濃くてエモーショナルなのは確かで。しかも、そういうことやってるのは私一人だけじゃない気がして、それこそジュリアン(・ベイカー)にしろ シャロン(・ヴァン・エッテン)にしろ、ジャパニーズ・ブレックファーストにしろ、自分のまわりにいるアーティストみんな同じ気がする。インスピレーションって、どこからか勝手に降って湧いてきてはくれないからね。実際に自分がそれを生きて初めて実感として響いてくるものだから。だから、自分でも曲を歌いながら追体験とまでは言わないけど、自分自身の感情を明確化する必要があって。すべての感情を追ってるわけじゃないにしろ。それが日記レベルに終わることもあるし、曲の形になることもある。それを具体的な作品にするとき自分の気持ちとして、自分と同じように感じてる人の力になればいいなって、そうやって感じてるのは1人だけじゃないんだよって伝えることができたらって想いがどこかにあるんだよね。

──サウンド面ではどういうイメージを想定していたのでしょうか?

A: 自分でも予想外なんだけど、今回はアメリカーナなアルバムになった。「Through The Fires」とか「Go Home」とか、ピアノ主体のソウルフルな感じの曲はもともと書いてあったんだけど、ここまでそっち方向に振り切れるなんて思ってもみなかった。「Through The Fire」とか今回のアルバムの中でもかなり好きな曲なんだけど、自分の中では今回のストーリーを始める上で転機になった曲で、何だろうなあ……人生がどんどん複雑化してることに気づきながらも、それでも自分の感情を盾にして前に進んでいかなくちゃいけない、みたいな。たとえ一切何も感じられないくらい限界の状態にあるとしても。あと、人によって心を動かされるってことがどうしてもあるでしょ。私自身、自分の人生で大切な人達を失ったときに、自分自身の死についても向き合わざるを得なかった。かつては私に喜びをくれたたはずの人だとか物だとかが、もう自分にとっての喜びではなくなってしまったり。何でみんなこんなにつまんないんだろう、何て退屈なんだろうとか普通に思っちゃったり。それまで退屈なんてしたことなかったのに。自分のまわりにいる人達の時間の使い方にしろ、自分の時間の使い方にしろ、つまんないなあって感じるようになって。実際、パンデミックがあって、みんなものすごく変わったわけじゃない? 自分のまわりにいる友人グループなんかにしろ、普通に。それで自分の家族なり友人なり自分に近しい大切な人達が、社会の中でいかにそれぞれが自分の責任を果たしながらも自分以外の人達の命や健康を守るために奮闘してきた姿を見てきたわけで、誰にとっても重くて苦しい時期だったよね。だって、みんな普通に楽しんで生きていたいわけじゃない? 自分が取る選択についてあらゆる角度から検証して行動なんかしたくないわけじゃない? それがパンデミックがあったせいで、自分の日々の選択肢についていちいち考えさせらざるを得なくなったわけだから、それはすごく大きいよ。ここで人類全体として進化に向かうこともできるし、過去に逆戻りすることもできる。

今世界中の政治まわりで色んな駆け引きが行われてて、それが私たち個人の生活にいずれ響いて来ることになる。だから今回のアルバムのタイトルはそれを象徴して訴えかけるものにしたかった。そうしたテーマについて自分なりに取り上げてみようとしてたから。私は哲学者でも何でもないし、ただ自分にとって意味のあることについて書いてるだけなんだよね。ただ、少なくとも私なりにいい人になろうと努力してるけど、それが本当に難しい(笑)! だから、今回のアルバムからそうした希望を受け取ってもらえてすごく嬉しい。それとシンボル的な、その中に象徴されているものというか……うん、私もいまだに今回のアルバムの意図について解明しようとしてる最中なんだよね。一応、作品って形になってはいるものの、自分にもわからない。論文とかと違って何かの目的や結論ありきのものじゃないから。私としてはただ今回ここにある曲を書いて、それぞれが独自のストーリーを伝えていけるような形で一つの作品にしてるってだけなんだよね。

──アメリカーナといえば、『Anthology of American Folk Music』という作品をご存じですか? ハリー・スミスが30年代などのアメリカのフォークを収集したオムニバス・アルバムなのですが、あなたにとってアメリカーナとはどういった作品、アーティストを意味していますか?

A: そのオムニバスのことは知らなかった。今度聴いてみるね。私の場合はそれこそ、カレン・ダルトンとかボブ・ディランとかシャーリー・コリンズ……とか言って彼女がUK出身だから厳密にはアメリカーナではないんだけど(笑)。でも、それこそ、おそらくみんなが連想するであろうジョニ・ミッチェルとか実はちゃんと聴いたことないんだよね。みんなから絶対聴いたほうがいいっていつも勧められるんだけど。ただ、フェアポート・コンヴェンションとかリチャード&リンダ・トンプソンとかは昔から好きで。いわゆるグルーヴの効いてるフォークっていうの?(笑)。あとは シクスト・ロドリゲスとか。昔つき合ってた人がロドリゲスのバック・ミュージシャンを務めてたのがきっかけで、ちょうど彼のドキュメンタリー映画(『シュガーマン 奇跡に愛された男』(2012年))が出る少し前に知ったんだけど、彼の歌に心底惚れちゃって。あとは何だろう……普通に大御所のニール・ヤングとかドリー・パートンとか……ニールは『On The Beach』にものすごいインスピレーションを受けてるし、あのギター・プレイがたまらなく好きで。ちなみにパンデミック期間中にはジョージ・ハリスンをよく聴いてた(笑)。ジョージに関してはとにかく歌詞だよね。そりゃまあ、ギターとかも本当に素晴らしいんだけど、ビートルズ4人の中で私の一番の推しメンはジョージだよ(笑)。

──しかしながら、あなたは去年、実際にシンセサイザーをふんだんに取り入れた80年代の楽曲のカヴァーEP『Aisles』をリリースしています。なぜ去年のあのタイミングであのようなカヴァーEPを制作したのでしょうか? 80年代の音楽、あるいはアートワークなどでチャレンジした80年代スタイルのファッションやメイクはあなたにとってどのような意味を持つものでしょうか?

A: いや、単純に相当気持ちが塞いでたんだろうね(笑)。それで逆にこっち方向に振り切れたというか、もともとシンセ音楽が大好なこともあって。ゲイリー・ニューマンとかブライアン・イーノだとか。シンセを使って変わった音楽を作ってみたい気分だったんだよね。ちょうど友人のアダム(・マクダニエル)がようやく念願のスタジオをオープンさせたタイミングで、ホーム・スタジオみたいな感じで、自分が家から出て何かに集中する良い機会かもと思って。コロナの期間中ライヴ配信とかオンライン上でファンと交流しようとしてたけど、でもライヴで生の現場でお客さんの顔や反応を間近に実感したり直接彼らの目線から見た曲の感想を聞いたりするときの手応えとは比べものにならないし、ちっとも満たされた気持ちがしなくて。そもそも違うというか別物だし。たしかに自分もオンライン・ライヴとかやってたけど、なんかこう、おかしなこと言ってるみたいに思われるかもしれないけど、自分がやってることなのにちっとも現実感が湧かなくて(笑)。 あるいは、自分のやってることが果たして他人に届いてるのかどうかの実感がなくて。だって、こちら側には見えないんだもの。 やっぱり、自分はネット向きの人間じゃないんだって。私自身、インターネットで自分の情報を観たりしないからね。そう、ただ単純にスタジオに入って楽しい作品を作りたかった。もともとデヴィッド・ボウイの大ファンだのもあるし、あの奇抜なメイクとファッションを自分でも試してみたくなったんだ(笑)。

──ところが新作『Big Time』は、『Aisles』とは全く異なる音作りになっています。ジョナサン・ウィルソンをプロデュースに迎え、カリフォルニアのトパンガ・キャニオンにあるジョナサンのスタジオでレコーディングされています。このいきさつと流れを教えてください。

A: ジョナサンには何年も前に会ったことがあって、誰と一緒に作りたいかなって考えてるとき彼のスタジオに遊びに行って一緒にデモを聴いたりして。そのときジョナサンも作業中の作品の音源を聴かせてくれたんだけど、自分が今一緒に音楽を作ってる人達や作品を話すときの彼のポジティヴな姿にすごく心を打たれて。テープマシン・ペダルを使って色々やろうとしてるのも好感が持てたし、自分が関わってるプロジェクトに心から夢中になって愛情を持って取り組んでるのが伝わってきたんだよね。あとスタジオがまた本当に最高のロケーションだった、本当に美しくて、世間から隔離されててゴージャスで。そう、それでスタジオでジョナサンに自分の作ってきたデモを聴いてもらって、とりあえず直球ストレートな音にしたいってことを伝えたのと、時々サイケデリック的な瞬間を挟み込みつつ、みたいな。ただ基本的にはミニマルな路線でってことで。今回バックのバンドに関しても、ジョナサンお勧めってことでストリングスのアレンジ担当としてドリュー・エリクソンを呼んでくれて、ついでに友人のジェイク・ブラントンをベースにどう?って話だったんだけど、ライヴでずっとベースを弾いてもらってるエミリー(エルハジ)に担当してもらいたかったんで、ジェイクにはベースの代わりにギターかシンセを担当してもらうことになって。それでエミリーも参加して、ドリューにジェイクって体制で。最初から直感だけで繋がってるような、エゴとか一切入らず、みんな本当に愛すべき人達で。私も多くを説明する必要がなくて、思い通りにいかなくてイライラすることもなく、何だろう、とにかく素敵だった、もうすべてが魔法みたいに(笑)。

──サウンド面で参考にした他アーティストのアルバムはありましたか? 

A: そう、実際、ジョナサン用にプレイリストを作ったんだよ。最近も何かの機会にプレイしたはずで、さっきインタヴュー中に名前が挙がった人の曲も色々入ってて……ちょっと待って、今フォルダの中を探してみる。「参照曲」ってファイル名で……ダスティ・スプリングフィールド、アーサー・ラッセル、ビッグ・スター、ボニー・レイット、リー・ヘイズルウッド、カレン・ダルトン、クリス・クリストファスンあたりかな。そう、それにさっきも話したけどリチャード&リンダ・トンプソン、J.J. ケイルとか、そのあたりもね。


<了>

Text By Shino Okamura

Photo By Angela Ricciardi

Interpretation By Ayako Takezawa


Angel Olsen

Big Time

LABEL : Jagjaguwar / Big Nothing
RELEASE DATE : 2022.06.03


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