Review

蓮沼執太: unpeople

2023 / Universal Music Japan
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「非—人々」を考えざるをえない時代の「人々」に向けて

17 October 2023 | By Minoru Hatanaka

2020年4月、突如として世界中の通りから人々の姿が消え去った。賑わいを見せていた繁華街は、すっかりひとけのない、寂れた光景を顕にしていた。かつては騒々しいくらいの街頭アナウンスと人々の喧騒にあふれていた街路が、まるで人間だけが蒸発してしまったかのように、しんと静まり返っていた。

蓮沼執太の新作『unpeople』は、制作に5年をかけた、15年ぶりのインストゥルメンタルのみのソロ・アルバムだという(あまりそう感じさせないのは、オムニバス・アルバムなども多いからだろう)。タイトルに示されているのは、その5年間の多くを占めることになってしまった緊急事態における「unpeopled」な状況だったと思われる。このアルバムが、その当初から蓮沼執太フィルのような大所帯のグループではなく、パーソナルな動機と最終的には個人作業によって完成されることが決定されていたにせよ、そうした状況はそのプロセスに影響を与えたことだろう。その作業の成果は、配信シングルという形態で、蓮沼執太のソロ・プロジェクトとして、2022年9月から発表されてきた。

とは言いながらも、その間には、蓮沼執太フィルとして、緊急事態宣言中のオーチャードホールでの公演、東京2020パラリンピック開会式への出演など、以前にも増して活発な活動が行なわれていたので、従来のグループとしての活動とは別の、もうひとつの蓮沼執太の活動を、蓮沼自身が希求したものであるとも言えそうだ。あえて「unpeople」であることを選択し、きわめてパーソナルな作品集を制作する。そのような状況をインスピレーションとしたアルバムを制作する、というアイデアとしてあったのではないか。そんな多面性が、蓮沼のパーソナリティの面白いところであるが、本作と同時期に制作が行なわれていた蓮沼執太フィルのアルバム『symphil|シンフィル』、そして、そのお披露目のコンサート《ミュージック・トゥデイ》(2023年4月2日《東京オペラシティコンサートホール》)では、ゲストに小山田圭吾も登場して、本作収録曲「Selves」を演奏していたから、両者の活動は浸透しあっている部分もあるのだろう。

このアルバムでは、多くのゲスト・ミュージシャンが参加しているが、その多くは同時に演奏されたものではないか、あるいは、すでに録音された演奏に後から演奏を重ねる、擬似同期的セッションによるものである。そもそも録音を開始した当初には、たとえば「断片的な素材やスケッチのようなもの」が録音素材としてあったのみだったという。蓮沼は、本作について「純粋に自分のための音楽」と言っている。それは自分のための音楽制作であり、自分の作品に自分の好きな、関心のあるゲストに参加してもらう、それをすべて自身の判断で自在に行なうことができる、ということでもある。ソロ・アルバムとは、そうした、きわめてパーソナルな指向性を打ち出すものでもある。そのための枠組みとして、最終的にはエディットによって作曲されることが設定されたのだろう。

性質的には、蓮沼執太フィルの音楽とは、制作方法からして異なる。蓮沼執太フィルが、メンバーや楽器を前提に作曲されているのかはわからないが、少なくともこのソロでの、ジェフ・パーカー、小山田圭吾、灰野敬二、グレッグ・フォックス、コムアイ、新垣睦美、石塚周太、音無史哉といった多様なゲスト・ミュージシャンたちは、まぎれもなくその個性を前景化したかたちで存在している。しかも、それが演奏家だけではなく、最初期のサンプリング機能を持ったデジタル・シンセサイザーである、フェアライトCMIを使った楽曲についても、とても個性的で特徴的な音質を持つその楽器の存在を際立たせているのは興味深い。

コロナ禍での私たちの音楽環境は一変した。人々が集まる場所から音楽が消え、それは、それぞれの個人の空間に持ち帰られた。そして、距離を隔てた場所から送信される音楽を楽しみ、音楽は観衆のいないコンサート会場や、個人のスタジオや自室からも届けられた。演奏家同士が離れた場所からオンラインでセッションを行ない、データを交換しながらセッションを行なった。そうした手法は、特にコロナ禍にはじまったというわけではなかったが、その間の蓮沼の極個人的な音楽家としての生活も重ね合わせられることで、どこか、この時代の作品としての性質を持ち始める。蓮沼の言う「人が写ってないけど、人がいた気配は残っている」というコンセプトにもとづく、オンラインで発表された作品のジャケットは、蓮沼自身の「unpeopled」な環境、心理での制作が表象されている。それは、蓮沼の近年の関心事とも言える、人の存在を前提としない世界、本来、音楽は聴衆を必要としていたのだろうか、という問いとも関連するだろう。

なにか危機的なことがあると、音楽はまず置いておかれる。街から音楽が消えてしまう。人々が音楽を忘れてしまう。かつて経験してわかったことは、私たちが日常的に音楽をすることを必要とし、また、聴くことを必要としているということだ。もちろんそのまったく反対でもありえてしまえるわけだが、だからこそ「unpeople」という状況における音楽が、その意味を持ち始めることになるだろう。(畠中実)

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