Review

The Lathums: How Beautiful Life Can Be

2021 / Island / Universal Music
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あゝ幽霊のごとき美しきかな人生

03 October 2021 | By Shino Okamura

最新の全英チャートでドレイクの新作『Certifield Lover Boy』から1位を奪い取ったアルバム。おそらく、日本で端的に紹介するにはこの説明が最も興味深い導入ではないかと思う。イングランド北部ウィガンで2019年に結成された4人組、The Lathums(レイサムズ)。日本ではなぜかほとんど話題になっていないが、これは一定の英国人が絶対に喜ぶタイプのポップ・ミュージック……例えばハウスマーティンズ~ビューティフル・サウスのポール・ヒートンにも似たウィット溢れるソングライティングに支えられたビートコンボだ。しかも初登場1位を獲得したこのファースト・アルバム、プロデューサーはウィガンからほど近いリヴァプール拠点のコーラルのジェームス・スケリーだそうで、そりゃあ悪いわけないのであって。ドレイクには何の恨みもないけど(それどころか新作はとてもよかった)、作風やスタイルに何一つ新しさのないこういうバンドが唐突に出てきて鮮やかにチャートの空気を変えてしまうのはいかにも英国らしい。

新しさがないどころか、ほとんどの曲に元ネタがあるようなアルバムだ。例えば「I’ll Get by」はニルソンやそれこそビューティフル・サウスもカヴァーしたフレッド・ニールの「Everybody’s Talking」を思い出させる。「Fight On」や「I Won’t Lie」はハウスマーティンズの未発表曲と言われても誰も疑わないだろう。「The Great Escape」(大脱走!)なんてかつてはブラーもタイトルにつけた曲名の3曲目はザ・スミスの「Panic」そっくり。「I See Your Ghost」はスペシャルズやセレクター……つまり《2Tone》好きをてらいなく出しちゃったような曲だ。「I Know That Much」のギター・フレーズはファンタスティック・サムシングあたりかな……とまあ、ネタ当て大会でもできるような、少なくともパンク以降~90年代くらいまでのイギリスの音楽を聴いてきた(もしくは追いかけている)人にはそうした懐かしさと背中合わせの反応がまず口をついて出てくるに違いない。

そして、そうした反応の起点はほぼ間違いなく“UKギター・ポップとそのルーツ“という文脈の中で解決してしまうのかもしれないが、ともあれ、スカにこだわらなくなってからのマッドネス(ほら、「Our House」のあの感じ!)、ジュールズ・ホランドはもちろんクリス・ディフォードとグレン・ティルブルックを含めたスクイーズ一派(ほら、「Cool For Cats」のあの感じ!)の系譜に連なるような、どんなに不景気でもユーロやワールドカップの試合が始まったら「Three Lions」の大合唱が町中で沸き起こっちゃう、そんな典型的な(一般的な)イングランド大衆の生活に受け入れられそうな、2020年代の英国的新定番的作品の誕生と言っていい。メイン・ソングライター/ヴォーカリスト、アレックス・ムーアは16歳で音大に進学した秀才とのことだが、メガネにぽっちゃり体型の佇まいもまたひたすら庶民的だ。

しかしながら、そもそもこのコロナの時代に“人生がどれほど美しいか“なんてタイトルをつける心理の背後に、少なくとも私は作り手が痛みと希望との間で逡巡する葛藤をみる。朗々とその“人生がどれほど美しいか“が連呼されるタイトル曲の歌詞は、確かに一見するとある種のコンサバ、ノンポリ……もっと悪く言うと能天気な横顔さえ連想させてしまうだろう。だが、そこに“子供たちに知る機会を与えなきゃ“という一節がつくと、少し受け止め方が変わってはこないだろうか。EUを離脱し、経済も移民政策も先行き不透明、首相でさえ死にかけたコロナ禍にあって、それでも“あゝ美しきかな人生“などと歌うことの意味。それは、半ばやけっぱちとも思えるイギリス人特有のアイロニカルな表現がたぶんに重ねられている一方、それでも無垢にヒューマニズムの有効性を今こそ問うかなり覚悟ある姿勢の表出のように思えてならない。

30年前なら《Go!Discs》からデビューしていてもおかしくないバンドだ。ビリー・ブラッグほどストレートな社会批判、労働者目線はリリックにも活動にも現れていないし、この段階ではポール・ヒートンのような洒脱な描写力もまだ備わっていない印象があるが、このバンドの登場と全英チャート1位獲得が、英国……いやヨーロッパ全体が直面する数々の問題を、決して過激な言動によってではなく、当たり前の日常生活の観点からみなが考えるきっかけになればと願ってやまない(かつてハウスマーティンズが歌にした「Think For A Minute」がそうだったように!)。

“あなたが望むなら、私はあなたを助けるよ”というリリックに心が動かされる「I’ll Get By」のPVは、楽器を車に乗っけてメンバーが町から町へと演奏してまわる内容だが、そこには障害者、高齢者、移民、ドラァグクイーンからエルヴィス張りのロックンローラーまで様々な人々が登場する。一聴すると中道主義とも思えるポップな作風(実際、「I’ll Get By」の歌詞は、あなたは何かと何かの中間かもしれない、といった解釈もできるくだりで終わっている)は、例えば批評家、マーク・フィッシャーの存在やその思想と対極にあるもののように思われてしまうだろう。だが、7曲目「I See Your Ghost」の歌詞に触れるとおそらく気づくこともあるはずだ。曲の冒頭の一節“Our words are worth their weight in gold”がフィッシャーの『Ghost Of My Life』(『わが人生の幽霊たち』)へのこのバンドなりの共振と回答になるうるのではないか、ということに。そして、物資的な豊かさ、上っ面の人生賛歌は単なるハリボテであり、幽霊たちという名の資本主義をいたずらにぶくぶくと太らせていることへの警鐘である、ということにも。(岡村詩野)

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