Review

Julie Byrne: The Greater Wings

2023 / Ghostly International / Big Nothing
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喪失の永遠を抱えて、人生はなおも進んでいく

17 August 2023 | By Nami Igusa

プレスリリースやいくつものインタヴューでも語られているように、この『The Greater Wings』は、喪失のレコードだ。制作の最中であった2021年に、バーンのキャリア初期から音楽的なコラボレーターとして共に歩み続けてきたエリック・リットマンを亡くしたことが今作に深く根を下ろしている。2014年に出会った瞬間にソウルメイトと確信し、寝食を共にし、制作のためにアメリカ各地を回ったパートナーであったというリットマン。自らの半身のような存在を失った彼女は、当然ながら、多くのナンバーで “ここにはいない人” に語りかけている。気取った修辞句で飾り立てるのではなく、失くしたものに対してシンプルに、親しみや懐かしさを伴った愛情を注ぐこうした言葉は赤裸々で、ただただピュアだ。そしてそこには、悲しみ以上に、過ぎ去った瞬間を、残された記憶を、慈しむような目線を感じるのが今作の大きな特徴でもある。

波打つシンセやハープといった彼女にとって新しい要素は生前のリットマンとのアイディアだそうだが、それらを作品にまとめ上げたのは、リットマン亡き後プロデュースを引き継いだアレックス・ソマーズ(シガー・ロスやヨンシー作品の長年のコラボレーター)だ。彼の手腕による精緻かつ立体的なサウンド・ストラクチャーはこれまでバーンの音楽に対して引き合いに出されてきたアシッド・フォークに収まるものではなく、むしろ、“傷の修復” をモチーフにした、これもソマーズのプロデュース作であるジュリアナ・バーウィックの『Healing Is A Miracle』(2020年)なんかを思い起こす温かなアンビエント作品として聴けるものになっている。死をテーマにするならば、ドラマチックな悲しみを表現する方が幾分か容易いかもしれないが、こうして奥行きのある温かみを彼女が作品に宿したのはやはり、いなくなってしまった誰かの記憶を消し去らない、という強い意思なのかもしれないし、それはとてもタフな忍耐を求められる決断でもあったろう。なにより、制作を継続するにあたって、彼女自身の深い傷をソマーズをはじめとする新たなスタッフたちに開示した勇敢さにも、感嘆せざるを得ない。

今作に驚かされたのは、全編約38分通じてほぼビートがないことだ。無論、フィンガー・ピッキング・スタイルのギタリストである彼女の作品はこれまでもビートは希薄だが、今作では少し意味合いが異なって聴こえてくるようにも感じる。とりわけこれまでと違うのは、聴き手の意識を遠くへ運び去っていくようなノイズが押し寄せること。その大部分は、過去作と打って変わってアンビエント的な役割を担うようになった弦楽器の擦れるような音で作られていて、そのくすんだ音色は、彼女が思いを馳せる人と共にいた在りし日へと我々を誘うのである。それでいて、オルゴールとも錯覚しそうな生々しい響きで反復するギターのアルペジオ、深くリヴァーブのかかった慈しみ溢れる息遣いの彼女のヴォーカルは、あまりに近くに聴こえるよう処理されているからだろうか、彼女自身の内側にまだ温かく残る記憶に何度も語りかけるかのようでもある。そして、ビートという、前進する感覚を聴き手に与える要素がない時間/空間のなかで、過去と、自らの一部を失った現在を往復し続けるここには──永遠が揺蕩っている。そんなふうに感じるのだ。

喪失はよく「乗り越える」という言葉で表現されるけれど、実のところ、失ったピースを何か別のもので代替できることはないのだろう。たぶん、生きている限り永遠に。しかし愛情もまた、永遠にここにあり続けるのだということを、<永遠がどんなものであろうと>(「Moonless」)とバーンは歌い、語りかける。であるなら、そのピースが抜け落ちた部分に、変わらぬ愛情を注いで満たし続けることしか、私たちの人生にできることはないのではないだろうか。

筆者がシンガー・ソングライターに惹かれるのはひとえに、彼ら・彼女らが、ある種の痛みや、他人に言いにくいことを白日の元に晒す勇敢さを伴っているからであって、その困難さを思えばこそ彼ら・彼女らの大胆さに感嘆し、慰められもするからである。ゆえに、持論だが、優れたシンガー・ソングライターとは、心の最も深い部分をくり抜き晒し出せる表現者であるべきだと、強く思う。だから、もしも今後「優れたシンガー・ソングライターの作品」を訊かれたら、喪失を永遠に抱えたまま生きていくという勇敢さを示した、今作、ジュリー・バーンの『The Greater Wings』を確実に挙げたいと感じてならないのである。(井草七海)

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