Review

Stromae: Multitude

2022 / Polydor
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フォークロアと母親の記憶で辿る民衆のうた

09 April 2022 | By Masaaki Hara

ベルギー系フランドル人の母とルワンダ人の父を持つストロマエことポール・ヴァン・ハバーは、フランス語圏を超えて大ヒットとなった2013年リリースのアルバム『Racine Carrée』で成功を収めた後、沈黙を守り、音楽業界から半ば引退状態にあった。きっかけは、父の故郷のルワンダを含むアフリカ・ツアーが敢行された際に受けた抗マラリア治療薬の副作用であるとされ、以後予定されていたヨーロッパやアメリカのツアーがキャンセルになり、そのまま音楽の表舞台から消えた。

ポップスターとしての活動による過度の疲労からの回復、私生活の充実、兄たちと始めたデザインスタジオでのビリー・アイリッシュら他のアーティストのヴィデオ制作など、7年間の空白の実態は新作『Multitude』のリリースと共に明らかになったが、そうした背景のストーリーは他のレビューに譲るとして、興味深いのは新作の音楽そのものだ。ストロマエの説明によれば、『Multitude』はフォークロアをテーマとして、世界各地の伝統的な音楽や楽器が大きな構成要素となっているという。それは、幼少期に海外の旅に連れていってくれた母親の冒険心へのオマージュでもあるという。確かに、『Multitude』は従来のエレクトロ的な要素は大幅に軽減され、代わりに南米をはじめとしたフォークロアの断片と、ストリングスやコーラスから成り立っている。

この音楽のキーになっているのは、アレンジャーとしてクレジットされているアルフレド・コカとブルーノ・ルトールだろう。南米アンデス地方の弦楽器チャランゴの名手であるボリビア出身のコカは、アルバム12曲中4曲に参加し、チャランゴを演奏している。シングル・カットされた鬱病と自殺願望に触れた曲「L’Enfer」(「地獄」を意味する)の、ピアノとコーラス、ストリングス、ビート、それにジャック・ブレルを想起させるヴォーカルの重いシリアスな響きの中で、チャランゴの弦は唯一の希望であるかのように軽やかに鳴り響いている。続く「C’est Que Du Bonheur」では、クンビアのビートが呼び込まれ、チャランゴのより伸びやかな響きを聴くことができる。コカとストロマエがどうして繋がったのかは不明だが、コカは単なるゲスト・ミュージシャン以上の役割を果たしている。

一方、12曲中7曲に関わっているルトールは、フォークロアと広義のモダン・ミュージックとの間の橋渡しの役割を務めているようだ。フランス出身の作曲家/ギタリストのルトールは、80年代の即興音楽と実験的なポストパンクのシーンにコミットし、マヌ・カチェやノエル・アクショテ、ウォリー・バダロウなどさまざまなアーティストとの演奏を経て、現在は現代音楽の作曲家として活動し、国際的な現代音楽祭であるアルスムジカの音楽監督も務めている。エクトル・ザズーに捧げた『Lignes』のようにオーケストラとエレクトロニクス、声を用いた作品が一つの特徴であるが、その手法は『Multitude』でも活かされている。彼がアレンジを担当した曲はオーケストラやコーラスがフィーチャーされた曲だが、オーケストレーションを担うというより、ストロマエやロンドン在住のプロデューサーのムーン・ウィリスが手掛けたクンビアやレゲトン、バイレファンキも参照したビート・プロダクションとの関係を滑らかに、かつ大胆に繋げている。

だから、ビートに乗った上モノとしてストリングスや伝統的な楽器が使われるような展開は、『Multitude』では一切聴かれない。そして、アコースティックなサウンドとエレクトロニクスの狭間で、楽器の音は時に属性を離れた抽象的な響きを帯びる。中国の伝統的な擦弦楽器である二胡の名手でパリを拠点に活動するグォ・ガンをフィーチャーした「La Solassitude」が印象的だが、ここで歌に静かに重なっていく二胡の響きは悠久の地ではなく、孤独でもどかしい密室における感情を伝える。『Multitude』はポップ・ミュージックとしてのメロディを保持して、ラップより歌への比重が増したストロマエのリリックを際立たせてもいるが、同時に、シンプルなメロディの周辺に存在するものを大切に扱う、極めて繊細なアレンジから生まれた音楽である。それは、ストロマエがいま何を尊重しているのかを、Multitude(多数性)というタイトルと共に静かに強くアピールしている。(原雅明)


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