Review

さとうもか: Love Buds

2021 / EMI Records
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現代的な言語感覚から放たれる“私たちの音楽”

02 June 2021 | By Dreamy Deka

2020年8月に発表した傑作アルバム『GLINTS』の時点で、いや入江陽をプロデューサーに迎えた『Merry go round』(2019)、『Lukewarm』(2018)という2枚のアルバムを出した時からすでに、さとうもかという才能は日本中から発見される準備ができていた。なので今回のメジャーデビューはもちろん喜ばしい快挙ではあるけれども、個人的には、満を持して、という思いが強い。ユーミン、aikoの系譜を引き継ぐものとしての彼女のスケールに見合ったフィールドが、ようやく用意されたという気がするのだ。だってこれだけのクオリティのアルバムを毎年一枚ずつ出してきたミュージシャン、メジャー/インディーを問わず、他になかなか見当たらないじゃないですか。

それにしても、私を含めた多くの音楽ファンが、なぜさとうもかを前述した二人のようなポップ・レジェンドの名を引き合いに出して語りたくなってしまうのか。その理由は彼女たちが100万人に愛されるポップソングの王道を歩みながらも、それまでの音楽たちとは明らかな一線を画し、それらを前時代のものとしてしまうような、非連続的な革新性を備えているという共通点があるからである。例えばティン・パン・アレーを従えたユーミンがフォーク・ミュージックに対して、aikoが圧倒的なソング・ライティング力でオーバー・プロデュースされた90年代の歌姫たちに対して、明らかな境界線を引いたように。

ではさとうもかの革新性、新しさとは何か。その一つがこの新曲「Love Buds」の歌詞に表れる、SNS時代に呼応した新しい言語感覚がもたらすリアリティ、だと思っている。“間違ってないよと/もっと強く言って/でもふたりは乾き切った花瓶にさえ気づかない”と恋人との別離の瞬間をドラマチックに切り取った後に続けられる、“5年後もこの場所で/同じ壁の柄で/たまに外食して/それでよかったのに”という生々しい生活感すら漂わせる飾りのない言葉との鮮やかな対比。あるいはカップリング曲の「Destruction」における“電話の着信/頭痛い/未来の為のすり合わせって…/合わないのに合わせる意味が見つからない”という「合う」という単語を3回繰り返して行き場のない苛立ちを表現する大胆さ。これらは音楽をファンタジーの拡大生産装置と捉えてきた伝統的な職業作家にはない感覚であり、リアルな日常生活を切り取って短いキャプションと共に投稿していくことが日常に組み込まれた世代がある音楽を“私たちの音楽”として受け入れるための最大のポイントではないだろうか(ちなみに彼女の代表曲「Lukewarm」を使用した動画はtiktokに2万本以上アップされている)。

この「Love Buds」という楽曲は恋愛の終わりを描いた歌であると同時に、人生を切り拓くことに伴う避けがたい痛みを歌った曲でもある。おそらく、この背景には長く活動してきた地元・岡山から東京に拠点を移すという彼女自身の決意も込められている。この楽曲とパーソナリティが完全には切り離せない、ある種のドキュメンタリー性もまた、彼女の音楽を唯一無二なものとし、リスナーの深い共感を呼ぶのだろう。この曲から始まるさとうもかの第二章が、コロナ禍でままならない日々を送る若者たちの青春を照らす光になることを願って止まない。(ドリーミー刑事)


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さとうもか『GLINTS』
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