Review

Rubel: AS PALAVRAS, VOL. 1 & 2

2023 / Dorileo
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歴史に出会い、歴史になる

31 March 2023 | By Ikkei Kazama

「MPBとヒップホップの融合」というテーマについて論じるならば、これまではカエターノ・ヴェローゾを中心に置くのが定石だった。野心とフィロソフィーに満ちたこの偉大なる吟遊詩人は、ブラジルに最も早くラップを取り入れた先駆者でもあるのだ。1984年のアルバム『Velo』収録の「Língua」をもって、MPBとヒップホップは初めて対面することとなる。この後に彼がラッパーへと転身……することこそなかったものの、90年代のマンゲ・ビート(*1)や、それから発展したレニーニの代表作『O Dia Em Que Faremos Contato』(1997年)など、ライミングのみならずトラックの段階においてもMPBとヒップホップが接近していくような現象が発生した(*2)。

しかし現在、MPBとヒップホップの融合について語る上で、もう一人欠かすことのできないシンガーがいる。彼の名前はフーベル(Rubel)。その声を決して聞き逃してはならない。

リオ・デ・ジャネイロ出身、現在31歳のフーベルは、交換留学生としてアメリカのオースティンへと渡った際に収録したアルバム『Pearl』(2015年)からソロとしてのキャリアをスタートさせた。アコースティック・ギターとマンドリン、そして声。以上の要素でほぼ完結している本作からはしかし、出身地であるブラジルの音楽からの影響はあまり感じられない。むしろコード・ストロークや固いメロディーの乗せ方などから推察するに、ボン・イヴェールやフリート・フォクシーズといったアメリカのインディー・フォークからの影響が大きかったように思える。

そんな彼がクリエイティビティを炸裂させたのが次作『Casas』(2018年)だ。本作のリリース時にfacebookへ投稿されたコメントで明言されているように、『Casas』での音楽的な挑戦として「MPBとヒップホップの融合」が掲げられている。それも、カエターノが取り入れたような、オールドスクーラーたちのそれではない。彼は「Colégio」での余白をたっぷりと生かしたビート、イヴァン・リンスとマック・ミラーが共作したかのような極上のナンバー「Pinguim」、そして自身のアルバムにカエターノを招聘するなどMPBへの造形も深い人気ラッパー、エミシーダを客演に迎えたジャジーな「Mantra」など、実に多彩なアレンジを展開した。このような試みによって、その射程の広さは多くのリスナーの知るところとなる。

ここまでの彼のキャリアは、他国の意匠を取り入れた(『Pearl』)のちにそれを自国の音楽的要素と混ぜ合わせた(『Casas』)と、大つかみに把握できるであろう。だからこそ、彼の5年ぶりとなるアルバム『AS PALAVRAS, VOL. 1 & 2』が、MPBのもつ文化的な懐の深さを強調した大作になったのは、もはや必然とさえ言えるのかもしれない。

思えば、『AS PALAVRAS, VOL. 1 & 2』の発表までに何個もリリースされたものの、ついにはひとつも収録されなかったシングル群──例えばクイーカを交えたサンバを披露した「O HOMEM DA INJEÇÃO Ⅱ」やマームンヂとのデュオソング「Aposta」など──から、フーベルのあまりに広いアレンジの器用さは垣間見えていた。その守備範囲の広さは本作の客演陣たちに表れている。彼は昨年のラテン・グラミーのベストMPBアルバムを受賞したリニケルからファンキのMCであるBKやMCキャロル、フリート・フォクシーズのツアーにも台頭するSSWのチン・ベルナルデス、本国きってのスーパーグループであるバラ・デセージョ、そして遂にはミルトン・ナシメントすら客演に迎えたのだ。

静謐な質感の『Casas』との対比を感じさせるのは前半のDisk 1。歯切れのいいフォホーから幕を開け、カーニバル色満開の「Grão de Areia」では賑やかな広場のような景色が広がる。みぞおちに刺さるスルド(サンバにおけるバスドラムのような役割を果たすもの)はドープそのものだ。「ビッチ!」というストレートな題名の「PUT@RIA!」は同郷のプロデューサーであるDJ ガブリエルと二人のMCを迎え、フーベル史上類を見ないほどのアグレッシヴなマイクリレーを展開。続くインスト曲「Rubelía」ではロザリアへのオマージュを披露、ホイッスルとレゲトンの重いビートが絡み合う。チン・ベルナルデスとのデュオソング「As Palavras」での声ネタの出し入れなど、本作もヒップホップ通過後のフーベルのプロダクションは冴え渡っている。

動的なアプローチがとられたDisk 1とはうって変わり、Disk 2ではしっとりと歌を聞かせるバラード調のナンバーが並ぶ。ミルトン・ナシメントを迎えた「Lua de Garrafa」では、老成したレジェンドの声をたっぷりと味わうことができる。「Na Mão do Palhaço」や「Samba de Amanda e Té」など、70年代MPBからストレートにインスパイアを受けたような楽曲も見受けられ、ルイス・ゴンザーガのカヴァーも2曲披露している。このような、欧米のシーンを研究した後にルーツへと回帰する彼の動線は、まるで90年代のカエターノのようだ。大傑作『Livro』(1997年)までにカエターノが辿ったような道の上に、フーベルが今立っている。

レジェンドたちの動線を踏襲しながらも、あらゆる年代/場所へと自由に渡って行けるような大作。フーベルは名実ともにブラジルのシーンを背負うソングライターになったと言って差し支えないだろう。ただひとつ、この隙のないアルバムの中で唯一欠けているのは、3曲目「Não Vou Reclamar de Deus」の冒頭で〈サンバ、怠慢、フォホー、サウダーヂ、奇跡、意志、ジョアン/ここが発祥の地さ、ブラジルに勝るものはない〉(*3)と歌われる中に、フーベルの名前がないことだ。(風間一慶)

(*1)サンバを始めとしたブラジル北東部の伝統音楽にレゲエやパンク、ヒップホップを混ぜ合わせてアッパーに仕上げたムーブメントの総称。マンギ・ビートとも呼ばれる。名付け親でもあるシコ・サイエンスとナサゥン・ズンビによる1994年作『Da Lama Ao Caos』が代表作と目されている。詳しくは、シコの没後15周年に合わせて日本ブラジル中央協会の会報『ブラジル特報』 2012年3月号に掲載された、岸和田仁氏による評論を参照されたい。

(*2)「MPBとヒップホップの融合」という観点において、カエターノの功績は疑いようがない。しかしここで留意されたいのが、これがブラジル全体のヒップホップ需要史とはパラレルなものであったということだ。ハシオナイス・エミシーズやマルセロ・デー・ドイスなどから繋がる、全く別の流れがブラジルのオールドスクールなヒップホップ・シーンにはある。

(*3)該当箇所は筆者の拙訳/解釈による。


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