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Matmos: Return to Archive

2023 / Smithsonian Folkways
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過去の音は眠らない

29 November 2023 | By Shino Okamura

アメリカ合衆国国営の《スミソニアン博物館》が、《Folkways》のアーカイヴ音源を買収したのは1987年のこと。買収というと聞こえがよくないが、それは、《Folkways》を設立し、様々な地域や人種が生活の中に残してきた音源を採取してきたモージズ・アッシュの仕事を現代に継承することを意味していた。アッシュが死去した1986年の時点で既に40年という歴史を刻んでいた《Folkways》の実に2200枚ものアルバムの中には、最初期のブルーズ、ブルーグラス、フォークといったアメリカ国内の音楽財産はもちろん、ジャワ、バリ、ハイチ、西インド、ペルー、ハワイ、もちろん日本など……もう世界中の民衆の間で受け継がれてきたものも多く含まれている。こうして採取された貴重な音源は、非営利のレーベル《Smithsonian Folkways》として管理・保管されているだけではなく、現在は広く誰もがその音源を聴けるようになった。5ドルから500ドルまでの7段階から選べるドネーション・システム“Friends of Folkways”が話題になったのも記憶に新しいが、“Music of the people, by the people, for the people”というモットーにふさわしい世界一開かれたこの世界的レーベルは、《Folkways》時代を含めて75周年を迎えた今も、アッシュが誓った「たった1枚しか売れなくても絶対に廃盤にはしない」という信念に貫かれている。

もちろん、新譜を届けるレーベルとしても現役だ。8月にはキャス・マコームズが幼馴染みと制作した子供向け(と言いつつ、決してそうではないが)のアルバム『Sing and Play New Folk Songs for Children』がリリースされた。そして、このマトモスの新作も《Smithsonian Folkways》の新たなカタログとして加わることになったというわけだ。ボルティモアを拠点とするこの二人組は、《Matador》から作品を出していた90年代後半以降にビョークの作品やツアーに参加したことで一躍世界規模で知られるようになったが、近年は《Thrill Jockey》から継続して良い作品を発表し続けている。いわゆるエレクトロニカ〜ノイズ〜実験音楽の領域で評価されてきたデュオで、グリッチ・ノイズ、パルス音などを利用した先鋭的かつ洒脱、時には機能的なダンス・ミュージックにもなりうる音作りは、例えばキャリア前半の力作『A Chance To Cut Is A Chance To Cure』(2001年)あたりを今聴いても新鮮だ。そんな彼らが《Smithsonian Folkways》からの招きで新作を制作することになったというニュースには当初、相当に驚かされた。

だが、もともとマトモスは様々な音をサンプリングすることをベースにしてきたユニットだ。今回、レーベルの膨大なアーカイヴから自由にサンプリングして制作する、というコンセプトは彼らの作法にはうってつけだし、ゲイ・カップルとしてのアイデンティティを持つこのM.C.シュミットとドリュー・ダニエルの二人にとって、旧い音源の価値に新たな価値を与える再定義作業は非常に痛快だったのではないかと推察できる。しかも、彼らは自作のオリジナルの音楽は一切使用せず、サンプルのみで構成させるというアイデアをレーベルに逆提案をしたという。

そこで二人が使用したのは『Sounds of Animals』、『Sounds of Medicine』、『International Morse Code』、『End the Cigarette Habit Through Self Hypnosis』『Speech After the Removal of the Larynx』など20数枚のフィールド・レコーディング作品。その中には、イルカ、カブトムシ、電話、短波ラジオなど無数の日常の音が含まれている。例えば8曲目は「The Way Japanese Beetles Sound to a Rose」というタイトルだが、恐らく日本のカブトムシの(羽がホバリングする?)音を薔薇の花の(風で揺れる?)音に聞こえるように組み合わせて作り上げたもの。ブンブンと虫が飛ぶ音から、全く違う音の風景へとイマジンさせる作業を、彼らは過去の採取音のカット・アップで実践しているのだ。これは本当に虫の羽音なのだろうか? もしかしたら全然違う音かもしれないぞ、というシニカルな働きかけである。

こうした作業に参加しているのが、サンフランシスコを拠点とするサウンド・アーティスト、Victoria Shenのソロ・プロジェクト=Evicshenと、今年久々に来日も果たしたカリスマ的モダン・ノイズ・アーティストであるアーロン・ディロウェイという世代を異にする二人だ。Evicshenはカエルの鳴き声と幼児の会話をマッシュアップした「Why?」に関わり、ディロウェイは『Sounds of the Junkyard』の一部を利用したループを最終曲「Going to Sleep」の終盤のカオティックな場面に投じている。また、《Folkways》のカタログの中でも最も奇異な作品として知られる、アルフレッド・ウォルフスーンによる“人はどこまで高い声と低い声を出せるのか?”をテーマにした実験作『Vox Humana』での少年と女性の歌声を用いた「Lend Me Your Ears」は、治験者となった当時の二人の肉声に思いを馳せ、そこに不吉で不穏なムードとなりうる警鐘音を重ねることで人間の限界をアイロニカルに描いているようにも聞こえる。

4曲目「Music or Noise?」のタイトルさながらに、アーカイヴのサンプリングだけで、どこまでが音楽で、どこまでが雑音なのかの境界に挑んだような作品であり、どこまでが過去で、どこからが現在、もしくは未来なのか、どこからが生身の人間の能動で、どこからが機械制御の仕業なのか……そうしたあらゆるスペックに揺さぶりをかけて異なる意義へと導くアルバム。《Smithsonian Folkways》がただ歴史を継承するだけのレーベルではなく、常にプログレスしていることを立証する素晴らしい作品だ。過去の音はずっと眠ることなく生きている。(岡村詩野)


※CDは2024年1月、アナログ・レコードは2024年5月発売予定


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