Review

Beyoncé: RENAISSANCE

2022 / Parkwood Entertainment / Columbia
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ビヨンセが誘う逃避の空間、または官能性の意味について

04 September 2022 | By Tatsuki Ichikawa

人々はダンスフロアに向かう。それは降りかかる社会の抑圧のためか、あるいは耐え難いシステムの不平等のためか。人々が交わり、踊るその空間は、不寛容で息苦しい社会からの逃避の空間であると同時に、抵抗の空間でもある。我々が『RENAISSANCE』を聴いてまず思い出すことといえば、そういうことだろう。

『RENAISSANCE』は力強くも滑らかで、快活であるがダークでもある。煌びやかさを包み込むような、空虚なものがそこにはあり、だからこそ、その中で度々現れる生々しさや親密さが印象的だった。それは、まるで暗闇の中でもまだ血は通っていると、心臓の音を、その肉体の存在を、美しくも生々しく意識させるかのように。これらの印象は、何もアートワーク(真っ黒い背景の真ん中でほぼ裸体のビヨンセが馬に乗っている)からだけ得たものではない。他ならずアルバムを一周させた時に感じた、手に取れそうなほど明確な第一印象である。

各楽曲に引用される過去の作品、そのサンプリングの数々は、アルバム内におけるジャンル史的なコンテクストを膨張させている印象だが、少なくとも『Beyonce』(2013年)『Lemonade』(2016年)『Black Is King』(2020年)に連なる作品として捉えようとするならば、決して外の世界とのアクセスを怠っているわけではないものの、比較的スケールが閉じた印象を受ける。それは、本作がダンスフロアという(密閉された逃避の空間である)箱を描いている以上に、ビヨンセらしいとも言えるような、ある種の親密さを濃厚に出すことによって、閉じた空間での、それはとてつもなく近い距離感での身体の触れ合い、またはエロティックな側面を醸成していることも理由に思える。1人ではない、確かにそこに他の誰かがいる空間であり、その中で、人と人との関係性、もしくは声と声の関係性を巧妙かつ甘美に展開させる。

例えば、そのことが音楽的に表出している楽曲の一つとしては、「PLASTIC OFF THE SOFA」が挙げられるだろう。しっとりとしたバラード調の導入は、本作中でも一際ウェットな感触を携え、バック・ヴォーカルで参加しながら、ライターの1人としてもクレジットされているサブリナ・クラウディオの名前によって、彼女が今年リリースしたアルバム『Based On A Feeling』のムーディーさと官能性を一瞬思い出す人もいるだろう。パートナーとの、つまりジェイ・Zとの関係性と愛について綴ったこの曲は、ストレートなラヴソングでもあるのだが、重なるヴォーカル(声)の親密性はセックスの香りを醸してもいる。

その中で次に連なる、「VIRGO’S GROOVE」は肉体的な誘惑の歌である。休まることのないディスコ・ファンクでありながら、ビヨンセの歌唱は生々しさすらも湛え、こちらに迫ってくる。愛し合うカップルの一晩を描いた「CUFF IT」も含め、愛する人と人同士の親密な交わりが、ビヨンセの力強くも官能的な歌唱によって描かれることで、我々はこの作品が持つ触れ合いのイメージから逃れられない。この作品においての逃避の空間とはダンスフロアだけではなく、ベッドルームでもある。

この作品において、肉体の質感と親密な距離感がここまで鮮明にイメージとして聞こえるのは、まるで肉体を持たないような声(サンプリング)と対になって聞こえるからだろうか。例えば、「SUMMER RENAISSANCE」において聞こえてくる、亡霊のようなドナ・サマーの声(「I Feel Love」のサンプリング)はどうだろうか。「ENERGY」の終盤と「BREAK MY SOUL」の序盤にサンプリングされているビッグ・フリーディアのヴォーカルは、曲の流れをスムースに繋ぐように、表面上はある種機械的に使用されている。『RENAISSANCE』におけるこれらの音楽的な編集に貢献する“過去の声”は、いささか空虚な、まるで肉体を持たないものとして度々現れ、親密な空間で踊り、交わる人々のアクションを途切れさせないための音として配置されている。

ダンス・ミュージックの歴史を通して、ブラック・クィア・カルチャーに対する敬意に溢れたこの作品は、現実世界でのマイノリティの、またはパンデミック禍での交わりの抑圧への反動としても、人と人との触れ合いをポジティブに描く。人々に孤独が蔓延し、システムの不平等が表出した2020年代の世界でこそ、肉体的な交わりの美しさを、ビヨンセは強調する。例えば、アリアナ・グランデが2020年に『Positions』で、パンデミック禍における人々のセックスライフの変容を捉え、時代に則して多様な愛の形を提案していたのに対して、そこから2年後にビヨンセが放った本作の趣は、より反動的で解放的である。

絶妙なバランスでこの作品にパッケージされる、ビヨンセの官能性とエンパワメントは、彼女の作家性とも言える一方で、今の時代に求められているのかもしれない。『RENAISSANCE』は現在進行形のこの世界で快楽的な空間を実現しようとしている。そうして我々は、人と人との触れ合いの普遍性をすらも、過去への憧憬と現代への希望と共に、何度も思い出す。(市川タツキ)


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