Review

Terrace Martin: Pig Feet (feat. Denzel Curry, Kamasi Washington, G Perico & Daylyt)

2020 / Sounds of Crenshaw / EMPIRE
Back

少しの回顧と怒りの中に宿った未来

05 June 2020 | By Daiki Takaku

初めて原宿に行ったとき、黒人の店員に勧められて買った黒にゴールドでLAと刺繍の入ったニューエラは、後になって正規店で買ったものと比べると、サイズ感も微妙に違っているし、刺繍はほんの少し雑で、ゴールドの色味も若干くすんだ、まあ、わかりやすいパチモンだった。田舎者であることを見抜かれていいカモにされたんだ、と当時は頭に来たこと薄っすらと覚えている。そんなパチモンのニューエラが一転して、これはクールなのでは?と思えるようになったのは、ヒップホップをよく聴くようになってからのこと。“Make or Take”(生み出すか奪うかのどちらかだ)などと呼ばれるヒップホップのひとつの考え方はサンプリングという制作手法に如実に表れ、そうして他人の曲を勝手に切り貼りしてできたビートとマイク1本で完成するストリートのならず者の音楽は、間違いなく私にたくさんの勇気を与え、憧れを抱かせ、価値観を変えてみせたのだった。こういった考えの根っこのところには一方的に搾取されてきた黒人の歴史がある、ということを理解し始めたのは、もう少し時間が経ってからだ。(念のため先に断っておくと、こんな思い出話をしたのは、今起きている暴動や略奪に賛同、あるいは扇動するためではないのでどうか誤解の無いよう)

そろそろ本題に移ろう。本曲「Pig Feet」はミネソタ州で白人警察官が拘束した黒人男性の首を約9分間に渡って膝で押さえつけ圧迫死させた事件をきっかけに、再沸騰した人種差別への抗議デモ( #BlackLivesMatter )がアメリカ全土で激化するさなかにリリースされた。タイトルにあるPIGは警察を軽蔑する意図で用いられるスラングで、本曲はリリック、サウンドにおいて“Systemic Racism”=“様々な面で制度化された人種差別”と“警察官による残虐な暴力”に対しての怒りによって塗り潰されている。テラス・マーティンによって施されたであろう(ちなみに本曲には彼の他に2人がコー・プロデューサーとしてクレジットされている)冒頭の銃声やサイレンの音などのサンプリング、「彼は銃を持っていなかったのに」と悲痛に響くアディショナル・ヴォーカル。そのあとそれらを掻き消すようにスピットされるデンゼル・カリー、LAのバトルラッパー・Daylytらのラップに、吹き鳴らされるカマシ・ワシントンのサックス。それら全てが混じり合い、悲しみと憎しみ、怒りを膨らませていく。テラス・マーティンとカマシ・ワシントンがケンドリック・ラマー『To Pimp A Butterfly』に参加していることもそう(生演奏主体のプロダクションも同作を想起させる)だが、とりわけカリーに関していえば弟を警察官の催涙スプレーとスタンガンを用いた暴力によって亡くしているということも忘れてはいけないだろう。まさに彼らは件の渦中で当事者として表現しているのだ。

だがこの抗議は当事者だけのものなのだろうか。ぜひこの「Pig Feet」のために作成された2つのミュージック・ヴィデオを最後まで再生してみて欲しい。冒頭にある「THE VIDEO TO THIS SONG IS HAPPENING RIGHT OUTSIDE YOUR WINDOW」というメッセージの通り、収められているのは、あなたの部屋の窓の外にある紛れもない現状であり、音が鳴り止んだあとにエンドロールさながら画面を下から上へと流れていく無数の文字列は全て、警察官の暴力によって命を落とした黒人の名前の羅列だ。この苦しく、悲しい数分間を、この不条理を、無視することができるだろうか。少なくとも私は、この排他的な島国で、それも日本人の両親を持って、生まれてきた特権を無意識に行使しているということを自覚せずにはいられない。この抗議は決して当事者だけのものではないはずだ。

音楽をはじめ、様々なアートには激しく私たちの想像力と好奇心を刺激し、価値観すら変える力がある。TURNの昨年末の記事『TURNが選ぶ2010年代を代表する100枚のアルバム』、その最後のレビューに「音楽と未来がともにある」と書いたことを訂正するつもりはない。この曲を聴いて、このミュージック・ヴィデオを観て、湧き立つ何かこそ未来だと信じている。ヒップホップを聴くようになったあの頃、パチモンのニューエラが少しでもクールだと思えたことを、私は今のところ後悔していないし、するつもりもない。F××k tone policing. Let’s do the right thing. (高久大輝)



関連記事
【FEATURE】
映画『ブラインドスポッティング』が教えてくれる、“盲点をなくすことはできない”というスタート地点
http://turntokyo.com/features/blindspotting/

【INTERVIEW】
レガシー、それは私そのもの ~ジャミーラ・ウッズが語る新作『レガシー!レガシー!』と、誇りの在り処、アイデンティティのゆくえ
http://turntokyo.com/features/interviews-jamila-woods/

More Reviews

1 2 3 72