Review

Ginger Root: Nisemono

2022 / Acrophase Records
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松田聖子の「ザ・ベストテン」出演映像にインスパイアされた短編映画

27 September 2022 | By Kei Sugiyama

80年代リバイバルと語られるようになってから早20年以上が経過し、シーンの細分化、または高解像度化が進んでいる。遂には声優としても活躍する降幡愛の「CITY」など、リバイバルというよりも擬態とも言える80年代カルチャーに対する解像度の高さをまざまざと見せつける楽曲まで現れている。本稿で紹介するGinger Root『Nisemono』は、降幡愛が示したそういう80年代リバイバルへのカリフォルニアからの返答と言えるのではないだろうか。

Ginger Rootとは、マック・デマルコや星野源などと同じくYMOに魅せられたCameron Lewをフロントマンに擁するプロジェクトで、自らの楽曲をアグレッシヴ・エレベーター・ソウルと呼んでいる。そのサウンドは、モータウンなどの60〜70年代ソウルに、YMOなど日本のポップ・ソングのエッセンスを加えた、グルーヴィーでポップなサウンドと言えるだろう。特に80年代アイドルがテーマとなっている本作では、細野晴臣が手がけた松田聖子などのアイドルソングから、日本のアニメソングなどを参照点としているのではないだろうか。日本のアニメソングとは、具体的にいうと例えば『ドラゴンボール』初代エンディング・テーマ「ロマンティックあげるよ」のようなものだ。この曲はマーヴィン・ゲイ&タミー・テレル「Two Can Have A Party」を下敷きにしたような楽曲であり、Ginger Rootと参照点が共通しているからとも言えるだろう。

前作『City Slicker』でも架空の日本映画をモチーフにしてMVが作られていたが、本作ではそれをより本格的に、MVだけでなくMVの間も補完しながらYoutubeに公開されている。それは80年代を舞台にした作品ではなく、80年代に日本で撮られていた短編映画のようで、そのクオリティーの高さに私は驚かされた。80年代っぽく加工された映像はこれまで何度も見てきたが、彼らのこだわりはそこに留まらず声色まで再現しきっていた。ぜひ、オープニング・トラックの「Kimiko!」や「Loneliness」のMV冒頭の演劇部分の竹口希美子(京都のSSWであるアマイワナが演じている)の声色に注目して聴いて頂きたい。この描写は、その再現度の高さだけでなく、80年代リバイバルに声色という新たな視点を加えたと言えるだろう。

アルバム全体として楽曲で歌われている歌詞は、竹口希美子や替え玉として表舞台に上がったGinger Rootの目線から、仕事に忙殺され自分って何だろうかと見つめ直す様が描かれている。この二人が同じような境遇に立たされて逃げ出してしまうことは、この物語が描いてきたスターであることの孤独や、仕事に忙殺されてしまうスター・システムへの風刺と批判、そして逃げ出すことも自分を守るためには大事であるというメッセージとも捉えることができるだろう。

ここからはMVを通して本作のテーマを考える。まず主軸となる「Loneliness」のMVから見ていく。私が本稿で松田聖子について言及しているのは、楽曲の雰囲気だけでなくこのMVを見る限り、竹口希美子は松田聖子をモデルにしていると考えられるからだ。それを最も示しているのが、飛行機から降りてそのまま歌番組に出演するシーン。これは1980年8月14日に彼女が「ザ・ベストテン」出演に際して羽田空港で歌ったシーンのパロディだと思われる。しかしこの短編映画においてこのシーンが重要な点は、松田聖子にあるのではない。もっと重要な点は実際の出演シーンにある、彼女の後ろを歩くマネージャーが映っている点だ。

「Over the Hill」のMVでは、マネージャーの目線に切り替わるなど重要なキーマンとなる彼女だが、この出演映像から想像を膨らませて、本作の物語ができあがったのではないかと私は考えている。特に、最後の麻雀台を囲んで終わるシーンがあることで、彼女もこうしたシステムの中で忙殺された一人なんだなと彼女の見え方が一変する。それにより、忙しくて視野が狭くなってしまったマネージャーの気持ちが理解でき、自分を重ね合わせてしまう人も多いのではないだろうか。このシーンはそうした人たちに肩の力を抜いて揉み解すような解放感がある。Cameron Lew自身がミュージシャンとしてだけでなく、社会人として働いている経験が、こうした哀愁ある物語を紡いでいるのではないだろうか。ここで終わりなのか、それともあと2曲分のMVが公開されこの物語がどんな結末を迎えるのか、来日ツアー時に日本での撮影を敢行する可能性が残されているだけに、彼のYoutubeチャンネルは今後も見逃せない。(杉山慧)

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